第165話待ってたぜこの時を

 




 ◇




「やっと出てきやがったな……嫉妬の魔王――レヴィアタン」

「あらあら、うふふ。嬉しいわぁ、ワタシの事を覚えていてくれたのねぇ」


 秋津の後ろで魔女の口が弧を描く。


 ああ、覚えているとも。忘れたくても忘れられる訳がねぇ。こっちはこの日を待ち侘びていたんだからな。テメェのその面を殴り飛ばせる日をな。


「テメェが遠藤達をけしかけ、俺に殺させやがった。あの落とし前はキッチリ付けさせてもらうぞ」

「あらあら、何の事かしらぁ?」


 明後日の方向を見てすっとぼける魔女。

 白々しい、テメェの仕業だって事は分かってんだよ。

 俺が怒りを沸き立てながら睨めつけると、嫉妬の魔女は何故か全身を身震いさせながら恍惚とした表情を浮かべる。


「ぁあ、いいわぁ。貴方の殺気立ったその眼差しを浴びるだけでイッてしまいそう」

「あれ……レヴィアタンは影山君の事を知っていたのかい?」

「ええそうよ。彼はね、ワタシのお気に入りの一人なのよ」

「へぇ、そうだったんだ。それは“嫉妬”しちゃうなぁ」

「いいの、いいのよ。嫉妬すれば嫉妬するほど、シュンタはもっと強くなれるから。その力で、彼の全てを奪ってみなさい」


 レヴィアタンの細い十指が秋津の身体に絡みつく。顎を撫で、胸をまさぐり、鼓膜に吐息を吹きかける。その光景はまるで毒を盛る魔女に見えた。

 俺が眉根を寄せて嫌悪感を抱いていたその時、突然ぶわっと風が吹き荒れ空から二人の少女が舞い降りる。


「影山!」

「晃!」


 俺の名前を呼んだのは佐倉と麗華。

 地面に降り立った二人は跨っていた杖から降りると、心配気な様子で尋ねてくる。


「一人で行くことないじゃないか」

「そうですわ、心配しましたのよ」

「悪いな、二人を起こしたくなかったんだよ。それに……俺一人で決着をつけたかった」


 申し訳なく思いながらそう告げると、彼女達は「全くもう」と言いた気な顔でため息をつき、周りを見渡して状況を把握する。横たわっている同郷の亡骸、それと秋津にレヴィアタン。その惨状を目にし、佐倉が強張った声音で口を開いた。


「死んでいるのは……同級生かな」

「そうみたいですわね、あそこに倒れてる人は同じクラスの相馬さんですわ。で……あの人達は一体誰でしょうか。特に後ろの婦人は得体の知れない不気味さが窺えますわ」

「あれは……ッ!」


 流石麗華だな、秋津よりも先にレヴィアタンのヤバさに一目で気付いたか。佐倉は魔女を見て珍しく狼狽している。“やはり”奴の事を知っていたか。


「あの女は七つの大罪スキルの一つ、嫉妬の魔王レヴィアタン。ベルゼブブと同じ物だと思えばいい」

「ベルゼブブ様と……ではコートの男も晃と同じ【共存】スキル者ですの?」

「どうだかな、本人は【強奪者】って言ってたぜ」

「んん??どういう事ですの?晃から聞いた話しでは確か大罪スキルは【共存】スキル者でないと寄生出来ないのではなかったかしら」


 麗華が首を捻っていると、秋津が佐倉を指差し驚愕していた。


「ど、どうして佐倉さんが此処に?何で影山君の側にいるんだ?もしかして、彼のハーレムに……ぅう、嫌だ、そんな訳ない。そんな筈がない!」

「その声、もしかして秋津か。そうか……君だったのか」

「そうだよ佐倉さん!僕だよ、秋津駿太だよ!やっぱり僕等は運命の赤い糸で繋がれていたんだ!」


 気持ち悪いこと言い出したな。


「気持ち悪いとことを言わないでくれるか。ボクの糸はもう結ばれている」

「えっそれって……」

「勿論、ここにいる影山とだ」

「ッッッッ!!?」


 いやいや佐倉さん、こっちまで小っ恥ずかしいからそういうこと真顔で言わないでくれるかな。


「そんな……嘘だ、嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ!!僕は認めない、絶対に認めないぞ!佐倉さんは僕のだ……僕のだゾ!!」

「可哀想なシュンタ……なら奪えばいいのよ、アナタにはその力があるのだから」

「奪う……ハハッ、そうだ奪えばいいんだ。今までだってそうしてきたじゃないか。待っててね佐倉さん、今ソイツから君を助けるから。ヒヒ、ハハハ」


 嫉妬の魔女がそそのかすと、秋津は不気味な嗤い声を漏らした。すると奴の右顔がブクブクと泡立ち、醜い化物に豹変していく。

 その異様な変化に見覚えがあった俺は、手遅れになる前に刃を振るい秋津の首を撥ねた。


触手刃フィーラーナイフ

「――ほえ?あれ……何で僕の身体……が……」


 秋津の顔が飛び散り、地面に転がる。

 顔の無い自分の身体を目撃して驚愕する秋津は、朽ち果てるように灰となって消滅した。

 自分の手駒を一瞬で失った魔女は僅かな間目を見開かせたが、口元を袖で隠し余裕を取り戻し様子で口を開く。


「……あらあら、自分の女を取られてしまいそうで頭にきたのかしら。愛されてるはねぇ、嫉妬しちゃうわぁ」

「お前今、俺の目の前で遠藤のように秋津を化物にしようとしただろう」

「……」


 図星を突かれて言葉を失う魔女。

 遠藤達に襲われた時、戦っている最中に遠藤は化物に姿を変え、自分の手で友人を殺めてしまった。それは決してアイツの本意じゃなかっただろう。


『影……山……』

『何だ』

『謝って、済む話じゃ、ねえが……』

『……』

『悪……かっ……』


 最後に俺に謝ろうとしたが叶わず、醜い化物のまま死んでしまった。レヴィアタンはそのむごい事を秋津にもしようとしやがった。また俺に化物を殺させようとしやがった。


「巫山戯るなよ、人間を自分テメェの玩具にしやがって。何度もお前の思い通りにさせる訳ねーだろーが」


 そう言い放つと、レヴィアタンは「ふ〜ん」と面白くなさ気に首を傾けて、


「随分とイキがいいのね。けど、その顔が絶望に歪むのが見れると思うと唆るわぁ」


 魔女が邪悪に微笑えんだ刹那、その姿が忽然と消える。と思ったら、背後にいる佐倉の様子がおかしい。


「うふふ、フフフフ!!アハハハハハ!!』

「と、突然どうしましたの!?いえ……貴女詩織じゃありませんわねッ」


 突然魔女のように気味悪く嗤いだした佐倉に異変を感じた麗華がすぐにその場から離れる。

 流石麗華だな、瞬時に佐倉じゃないと気付いたか。


「驚いたかしら、驚いたかしら!?自分の愛する人が、憎むべき存在に入れ替わってしまったのよ!!』

「……」

「あぁ、最っ高な気分よ。この日をどれだけ待ち侘びた事かしら。貴方の絶望する顔を想ってずっとずっと夢見て――って、何よその顔は。解せないわねぇ、何で驚かないのかしらぁ……』


 佐倉の顔で上機嫌に喋るレヴィアタン。

 ワクワクしながら覗いた俺の顔が自分の想像した表情と違い、怪訝そうに尋ねてくる。

 俺は奴の質問に答えず、触手を放って佐倉の首と両手足を拘束した。


「……グッ』

「晃、一体何をしようとしてますの!?」


 防ぐ間もなく身体の自由を封じられ苦しそうに呻く魔女。突然佐倉を拘束して驚く麗華。

 二転三転と状況が転がる中、“自分の思い通りに事を進められた”俺は右手で顔を隠しながら嗤った。


「くくく、くははははは、ははははははははははははははッ!!」

「あ、晃まで可笑しくなってしまいましたわ。一体何がどうなってますの……」


 すまない麗華、これが笑わずにはいられないんだ。


「おいレヴィアタン、お前さっきこの日を待ち侘びたって言ってたな。それはこっちの台詞なんだよ、俺がどれだけこの時を待ち望んだと思う。佐倉の中からテメェを引っ剥がすこの時をなあ!」

「ぅ……嘘……まさか貴方、ワタシがこの女の意識にいるって知っていたの!?』


「ああ、知ってたさ」


「ええ!?知っていましたの!?」

「そんな素振りは一度も……一体いつから……』

「王国のダンジョン四十階層階層主との最後、突然現れた佐倉が奴のトドメを刺した後に教えて貰ったんだよ。なぁベルゼブブ」

『アア』

「……ベルゼブブッ』


 佐倉が汚水の如く濁った目で、俺の首から生えたベルゼブブの顔を睨む。暴食の魔王は大きく裂けた口を開き、愉しそうに喋り出した。


『よぉアバズレ、久しぶりじゃねーか。相変わらず趣味悪ぃことしてるみたいだな』

「久しぶりねぇ。まさか貴方が宿主に協力的なのは誤算だったわ。よっぽどその子が気に入ったのねぇ』

『一度目の時にしくじっちまったからな。その借りを返しただけだ』


 そう。


 ダンジョン四十階層の階層主を倒し、帰還する間際にベルゼブブは俺に忠告してくれた。


『おいアキラ、後で文句言われたくねぇから今伝えておくぜ。あの女、エンドウって奴と同じようにレヴィアタンの手が掛かってやがる』


『はっ?……何だいきなり、意味わかんねーぞ。それマジの話しなのか?』


『アア、マジだ。あの女からクッセー魔女の臭いが漂ってやがる。急に力を得たのも、レヴィアタンの影響もあるだろーぜ』


『……そうか。お前はつまらねー冗談は言わねーもんな。事前に教えくれだけでも助かる。クソったれ、今度は佐倉に手ぇ出しやがって……あの糞野郎絶対に許さねぇ』


『まぁ待てアキラ、助けてぇ気持ちも分からなくねぇが、今はその時じゃねえ』


『何馬鹿な事言ってやがる。手遅れになる前にやるに決まってんだろ』


『やってもイイけどよ、今のテメェじゃどうにもなンねーぜ。余計に事態を悪化させるだけだ』


『ッ……じゃあどうしろってんだよ。このまま指を加えて黙ってろってか!』


『機を待て。テメェが魔王の力をもっと使い熟るようになるまで、そしてあのアバズレが我慢出来ずに自分から顔を出すまでな』


『……分かった。絶対にあの女を佐倉の中から引き摺り出してやる』


 ベルゼブブと相談し、佐倉の件は一旦保留になった。俺は更に強くなり、魔王の力の扱いも上手くなった。

 そして今、やっと獲物を釣ることが出来たんだ。


「待ったぜこの時を、やっとテメェをぶち殺せる」


 拳を強く握り締めながら言い放てば、レヴィアタンはそれがどうしたと言わんばかりに言い返してくる。


「ワタシの存在に気付いていた事は褒めてあげる。それと、そこまで長い時間ワタシの事を想いに想ってくれていたのも凄く素敵。でも残念ね、ワタシはいつでも彼女の魂の中に戻ることが出来るのよ』

「やれるもんならやってみればいい」

「……エッ!?出来ない、何故!?ワタシの意思が捕まってる!!貴方、一体ワタシに何をしたの!?』


 慌てふためく滑稽な魔女を見て、俺は饒舌に説明を始めた。


「暴食の魔王の力でお前の意思に喰いついた。こっちから強引に引っ張ればお前にバレて失敗されるから今までは出来なかったがな。自分から出て来てくれて有難よ。もう逃げる事は出来ねーぞ。全て喰い尽くしてやる」

「ふ、フフフ……参ったわ、完敗よ。まさか貴方がここまで強くなってるとは思わなかった。人間の成長速度を見誤ったワタシのミス。でもねぇ坊や、ワタシを望んだのは彼女自身なのよ。それを取り上げてもいいのかしらぁ?』

「問題ねぇよ。佐倉はもう自分の壁を超えている。お前の力を借りずともあいつは強いさ」

「そうかしら、まぁいいわ。それともう一つ、ワタシの意思はこの世界に沢山根付いている。今この子にいるワタシを食べても、ワタシが消える事はないわよ』

「それも問題ない。いずれお前の本体もぶち殺す。それで終わりの話しだ」


 話しは終わりだ。俺は暴食の魔王の力を使い、レヴィアタンの意思を喰らっていく。


「ふふふ、また逢いましょうアキラ。次こそ貴方の絶望する顔を見せて貰うわ』

「消えろクソ野郎」


 捨て台詞を吐くレヴィアタンの意思を全て喰らい尽くす。身体の内に潜んでいた魔王が消えた事で意識を失ってふらっと倒れそうになる佐倉を抱き止めていると、彼女の髪が銀髪から黒に戻っていく。最終的には、銀髪がまばらにある黒髪になってしまった。


「よく分からない間に終わってしまいましたけど、もういいので?」

「ああ、終わったよ」

「何も力になれなくて、申し訳ないですわ……」

「そんな事ないさ。麗華にはいつも助けて貰ってるよ」


 しょんぼりする麗華に、俺は笑顔を向けてそう言ったのだった。

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