第164話やっと出てきやがったな
晃がそう言うと、彼の背中から悍ましい化物の上半身が姿を表した。
「――ひっ」
“それ”を目撃した刹那、秋津の口から引き攣った声が漏れた。
赤い蝿の目、裂けた大口には鋭い牙が不揃いに生え、細長い舌は意思があるかのように蠢いている。ドス黒い肌色に、筋肉がはち切れんばかりの体躯。正真正銘の化物を前に、秋津は心臓を鷲掴みされているような錯覚に陥った。
「ヒハハハ!おいおいアキラ、あンだけイキってたのにオレ様を見ただけでビビっちまったぞ。コイツ面白過ぎる!!」
「そう笑ってやるな。誰でも初対面でお前の顔を見たらビビるわ」
『お前はビビらなかったけどな』
「こいつの名前はベルゼブブ。七つの大罪、暴食の魔王だ。俺からスキルを奪えばこいつに
死ぬ覚悟があるなら奪ってみろ。
そう晃が煽ると、秋津は未だに動揺を収める事が出来ないでいた。
「七つの大罪……暴食の魔王……それってレヴィアタンと一緒……じゃあ影山君も僕と同じ選ばれた人間なのか?」
「ブツブツと何を喋ってやがる。やるならさっさとやれよ。ああでも、お前にタダでくれてやるなんてしねーから、そのつもりでいてくれよ」
「か、影山君さぁ……さっきから調子に乗りすぎなんだよ。選ばれたのは僕だって同じなんだからイキんないでくれないかなぁ!!」
徐々に音量を上げながら叫ぶ秋津が晃へ突進。身体を浮かせながら、滑るような動きで迫る。
「“ストップ"!!」
相馬から奪った【時魔術】で晃の動きを一瞬封じ込めた。その隙に、鈍く輝く右腕で心臓を穿んと貫手を放つ。
「スキルテイカー!!」
黒い指先が晃の心臓に触れる――事は無かった。背中から先端が人間の両手の形をした二本の触手を生やし、秋津の両肩を押さえ進みを止めたのだ。
「
「クッッッッソッが……」
「よくそれで生き残れてきたなぁ。逆に関心しちまうわ。よっぽど強い敵と出会わなかったみたいだな、羨ましい……くもないか」
「ごはっ!?」
話しをしている間にも晃は黒スライムを足先から伸ばし、地面から突き上げて秋津の腹を殴打しながらかち上げた。胃液を溢しながら空を舞う秋津に、晃は間髪入れず追い討ちをかける。
「
背中から弩弓の形をした触手を四本作り、黒糸で地面に落ちている岩石を装填。弧を描きながら引き絞り一斉に発射すると、岩石は螺旋回転をしながら秋津に襲い掛かる。
秋津は間一髪【瞬間移動】で躱し晃の背後に現れると、右腕を光輝かせ必殺の技を繰り出した。
「スキルテイ――」
「ハリセンボン」
「ぃ――ギャアアアアアァアアアア!!」
「フェイントを入れろフェイントを」
「おっごっ!!」
五指が届く前に、晃が背中から生やした多数の針が秋津の身体を貫く。呆れた風に助言しながら、蜂の巣にされ絶叫する秋津の横っ面へ回し蹴りをかます。秋津の身体は縦回転しながら吹っ飛ぶと、激突し壁面にめり込んだ。
「ぁが……ハッハァ……ハァ……オカシイ……オカシイよね、どうして僕がこんな不様な目に合ってるんだよ。痛い思いをしなきゃならないんだよ」
「……」
「何だよその目はッ……憐れんだ目で僕を見るな!僕はこの世界の主人公だぞ!神から選ばれた力で無双するんだ!!異世界転生してチートスキルを貰って、ネット小説の主人公になったんだ。チーレムして、いずれは王になるんだ!!お前如きが見下していい相手じゃないんだよ!!」
幽鬼のような貌で叫ぶ秋津を見下しながら、晃は淡々とした声音で話す。
「小説だ主人公だと、お前はまだそんな阿呆な事言ってんのか。あーだからか、自分が非道な行いをしても全く自覚がなく、罪悪感も芽生えないのは」
やっと違和感が拭えた。
秋津が仲間を容易く切り捨てた事。魔族達を自分の玩具や経験値としか見ていない事。彼は未だに、この世界をゲームやアニメといった物語の中だと思っているのだ。
晃もこの世界に転生され、ダンジョンに入ってゴブリンと対峙した時はゲームの中に居るみたいだと錯覚した。しかしゴブリンの群れに四肢を喰い千切られる最中、この世界は
が、秋津は未だにこの世界を
だから諸々の価値観がぶっ飛んでいるのだ。
「ウルサイウルサイウルサイ!!僕は主人公なんだ、最強なんだ、何をしても許されるんだ!!」
「ソウヨ、貴方は何をしても許されるの」
「――ッ」
不意に、秋津の背後に妖艶な魔女が忽然と現れた。
先が尖った大きな帽子を被り、露出度が高い黒服を見に纏う、新緑の長髪を靡かせる魔女。
目に入るだけで背中が粟立つような不気味さを醸し出す魔女は、背後から秋津にしだれかかり耳打ちをしている。
そんな怪し気な魔女の姿に、晃は見覚えがあった。佐倉詩織と市場に買い物に出掛けた際、佐倉の肩がぶつかってしまった女性。
その時のやりとりが強烈だった為、記憶に深く残っている。
そして晃は、魔女の正体を既に知っていた。
「やっと出てきやがったな……嫉妬の魔王――レヴィアタン」
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