第162話どうせすぐ殺すんだし

 





「“スロー”」

(ん……身体が動かねぇ。いや、遅くなってるのか)


 【時魔術】スキルの相馬が魔言を呟くと同時に晃の身体動作が遅延してしまう。ならばと触手を出そうと試みたが、どうやら能力的な物まで効果が及んでいるみたいだ。


 隙が生まれた晃に、【炎術師】の火村と【風術師】の南雲が畳み掛ける。彼等は右手と左手に巨大な炎と風の玉を出現させると、合成させながら撃ち放った。


颶風ぐふう――!」

「――炎舞!」


 火炎と豪風が重なり、炎と竜巻となって身動きが取れない晃へと降り注いだ。轟音が鳴り響き、爆煙が巻き起こる。

 晃の気配を探り、【双剣士】の加藤がダメ押しとばかりに接近し双剣を振り翳した――。


 相馬が敵の動きを止め、火村と南雲が特大技で沈め加藤がトドメを刺す。A組四人の必勝パターン。この必勝パターンで倒せない敵は今まで存在しなかった。だから今回もこれで終わりだろう。その一部始終を眺めていた秋津含め、誰もがそう確信していた。


「――もう終わりか?」

「――なっ……!!?」


 身体に異常が見当たらない晃に、相対する加藤が驚愕する。火炎の竜巻を直撃しても無事でいて、加藤の双剣を黒刃かたてで受け止めている。

 衝撃の事実に動揺する加藤の横っ面に回し蹴りを浴びせた。


「ぐぁ!!」

「加藤!?」

「どうした、何があった?」


 突然土煙の中からぶっ飛んできた加藤に火村と南雲が慌てて駆け寄る。二人で加藤に肩を貸して立ち上がらせていると、煙が晴れていく中で無傷の晃が悠然と歩いてきた。


「まさか……俺達の必勝パターンが破られるなんて」

「呆けてる場合じゃない、来るぞ!」


 気を引き締めろと火村が叫んだ瞬間、彼の胸に細い糸が付着する。その刹那、離れていた筈の晃がいつの間にか目前に現れる。


「――は?」

「ナイ――」

「“ストップ”!!」


 思考がショートし呆然とする火村の首を右手に纏った黒刃で斬り落とそうとした瞬間、晃の身体が一瞬だけ止まってしまう。その間に思考を回復させた三人はすぐ様その場から離脱した。


 もし状況を把握していた相馬が能力によって晃を止めていなければ火村は確実に殺られていただろう。だが彼の対象の時間を一時的に止める『ストップ』は時間を遅くさせる『スロー』と違って効果時間が短い。

 なので晃はすぐにでも動いてしまえるだろう。


「一々身体を止められるのはじれってえな」

『オレ様もアレはウザェ。早く殺っちまえ』



 二度身体の自由を奪われて苛立つ。ベルゼブブも頭の中で舌打ちを鳴らし、珍しく晃に愚痴を漏らした。


「蜘蛛糸」


 晃は自身の身体から四方八方に極細で強度の高い黒い糸を放つ。糸の伸縮による高速移動を行い、不規則な移動を繰り返しながら徐々に相馬へと近づいた。


(アイツの能力は恐らく対象の時間を遅くしたり止めたり、自分の時間を早くできる力だろう。そして能力の使用条件は視界に映った対象の認識、加えてキーとなる詠唱。ならこの速さで動く俺を止める事は出来るのか?)


 相馬の能力に二度掛かった晃はあの四人の中で一番厄介だと判断し、一番に倒さなければならないと行動する。彼の能力を瞬時に分析し解決策を編み出していた晃の予想は敵中し、相馬は不規則に素早く移動する晃に能力を掛けられず歯噛みした。


「クソ!速すぎる!」

「駄目だ、このままでは相馬にも当ててしまう!」


 火村と南雲が狙われている相馬を助ける為に迎撃を仕掛けるも、晃の移動速度に追い付かず不発に終わってしまう。ならばと広範囲の攻撃を仕掛けようにも、既に晃は相馬のすぐ近くまで接近しているので撃てば巻き添えを与えてしまう可能性があった。


「舐めるなよ!!“ワイドスロー”!!」


 晃の姿を捉え切れない相馬は、自身を中心とした半径三メートルの範囲に遅延魔術を施した。力の消費は激しいが、これで晃は蟻地獄に掛かった蟻同然。範囲に入ってきて動きが遅くなった所で、全力で注いだ停止魔術を喰らわせればこちらの勝利だ。


 そう思い描いていた相馬だったが、一向に晃の姿は見当たらない。

 何故?と疑問を抱いた刹那、離れた場所にいる加藤の胸から黒い刃が生えた。


「……ごはっ」


 胸を背後から刺された加藤は吐血を漏らし、刃が旋回しながら引き抜かれると同時に絶命した。

 力無く倒れる彼の背後には、右腕に黒い刃を纏った晃の姿があった。


「か、加藤……」

「何でアイツがあんな所にいるんだよ……!?」

「はぁ……はぁ……クソ、最初からこれが狙いだったのかっ」


 火村と南雲が混乱している最中、肩で息をする相馬だけは晃の意図に気付く。

 相馬の想像している通り晃の狙いは最初から“相馬以外”の三人だった。不規則な動きをしながら距離を詰めることで、狙いは相馬であると四人に誤認させる。


 自分が狙われると分かれば相馬は何らかの手段で防衛してくると思われたので、晃は彼が能力を発動する気配を察知してすぐに後退し、隙だらけの加藤の背後に周り気付かれる前にその命を絶った。


 要は、晃は釣りをしたのだ。適当に餌をぶら下げ、掛かった所で引き上げる。まさかこんな簡単に事が済むとは思わなかったが、それは当然の帰結でもあった。


 以前晃を個人的な理由で襲った2年E組の遠藤達もそうであったが、異世界に転生した高校生はモンスターと戦ってばかりで対人経験が圧倒的に少ない。相馬達は王国を出て多少は盗賊等と戦っているかもしれないが、それはスキルの能力を大いに振るった一方的な虐殺でしかない為、晃のように対人と死闘を繰り広げた事がないのだ。

 だから簡単な陽動にも引っかかるし、少しのイレギュラーで動きが遅くなってしまい後手に回ってしまう。


『おいアキラ、オレ様はあのクソ野郎を先に殺せと言ったンだけどナァ?』

「順番なんて別にいいだろ、どうせすぐ殺すんだし」


 自分の言う通りにしなかった宿主に、ベルゼブブが若干拗ねた様子を見せる。晃は短いため息を溢しながら、残っている三人を視界に捉えた。


「「うっ……」」


 研ぎ澄まされた殺意を向けられ脅える三人。

 仲間の加藤が殺された事で初めて明確に死を実感し、このままでは次に死ぬのは己の番だと怖気付く。

 だが多少なりともこの世界を生き抜いてきただけあってか、戦意喪失とまではならず抵抗する意思を見せる。


「僕が全力で奴の動きを止める。だから二人も死ぬ気で攻撃してくれ」

「出来るのか?」

「やるしかないだろ。だけどこれでしくじったら終わりだ。頼むよ」

「任せろっ」


 次の一撃に全てを賭ける。覚悟を目に宿した三人を意外と感じたのか、晃も反応を示した。


(覚悟を決めたか。九頭原の取り巻きと違ってこいつ等はまだマシだったみたいだな。ふぅ……集中だ)


 覚悟を決めた人間は何をしてくるか分からない。余裕ぶっていると万が一にも殺られかねないと、晃も警戒レベルを一段階上げた。


「“オールストップ”!!」


 吠える相馬は全エネルギーを注ぎ込み火村と南雲以外の対象全てに停止魔術を行使した。これならば如何に晃が速く移動しようとも関係ない。相馬の予想通り停止魔術はアキラに掛かった。


「「颶風炎波!!」」


 訪れた最大の好機に火村と南雲が再び合成技を放つ。先程の颶風炎舞は広範囲攻撃だったが、今度はエネルギーを一点に注いだ高熱線ビームだ。

 人型には当てにくい攻撃方法だが、相馬が動きを止めた今ならば確実にヒットする。


 これで晃を仕留める――結果にはならなかった。


「ふん!!」

「馬鹿な!?僕のスキルが破られただと!?」


 時間停止の能力を受けた晃は、全身に力を込めて抗い単純な膂力のみで相馬の時魔術を打ち破った。

 確かに相馬の時間停止は強力だ。だがその能力も“力”である以上、それを上回る力を加えれば振り解けないことは無い。全範囲に時間を封じ込めてくるであろうと予め先読みしていた晃は、力を溜め込んでおいて掛かった瞬間に解き放ち時間停止を脱したのだ。


蠅王ベルゼ拳撃フィスト


 唸りを上げて迫り来る熱線に対し、晃は右腕に怪腕を顕現させ眼前に突き出した。熱線と巨大な掌が衝突し、眩い閃光が迸る。


「行け!」

「行けぇぇええ!」


 熱線は掌を貫こうと勢いを増すが、黒い巨手は不動のままビクともしない。やがて二人のエネルギーが底を尽き、プシュン……と燃え尽きた火の如く虚空に消えてしまった。


「はぁ……はぁっ……そんな……」

「スキルを解放した俺達の全力が……片手一本で止められたッ」

「くそぉぉお!!」


 残酷な結果に絶望する火村と南雲と相馬。全てを出し尽くしてしまった彼等には抵抗する余力は無く死を待つ未来しかない。


「なぁ秋津!見てないで助けてくれ!」

「頼むよ!お前なら影山に勝てるだろ!?」


 だから三人は、未だ動きを見せないリーダーの秋津に懇願する。

 仲間に救いを求められた秋津は「う〜ん」と首を捻りながら冷めた眼差しを送った。


「君達には失望したよ。有望だったから折角スカウトしたのに影山君一人にやられちゃってさ、これじゃあ九頭原達と同じじゃないか」

「待て……待ってくれ、俺達はこれまでお前に尽くしたつもりだ。なのにお前は俺達を見捨てるのか!?」

「勘違いしないでくれるかな。スキル解放を教えたのも含め君達を強くさせたのは僕だし、これまで十分楽しんだでしょ?」

「なっ……」


 秋津の口から出た無慈悲な言葉を聞いた三人は嫌でも悟ってしまう。自分達は用済みになり、殺されてしまうと。

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