第160話言ったよな。次はやるって
「はえ……?い――ぎゃあああああああああああああ!?俺の、俺の腕がぁぁあああああああああ!!?」
斬られた断面から鮮血が溢れるのを目にし、自分の腕を斬られたんだと認識した途端に激痛が襲いのたうち回る。
悲鳴を上げている取り巻きの一人を心配する者は誰もおらず、全員が突如現れた謎の人物に注目する。
「テメェ……誰だよ」
「ああ……お前等だったのか。同郷の奴ってのは」
「そのムカつく声に顔……お前、影山か」
謎の人物の正体にいち早く気付いたのは九頭原だった。暫くして会わない間に大分雰囲気は変わってはいるが、九頭原は直ぐに影山晃だと見抜く。
他の取り巻きも九頭原の発言で晃と分かり動揺するが、晃と関わりの無いA組の男子は誰それ?と首を傾げていた。
「うわっマジだ、影山じゃん。生きてたんだ」
「影山って誰よ」
「ほら、アレだよ。全員強いスキル貰ってんのに一人だけ使えないスキルだった奴」
「あーそう言われてみれば居たなーそんな奴」
(えっ、本当に影山君?よくあんな外れスキルで生き残れたなぁ。もしかして実はレアスキルだったりしたのか、それとも覚醒したとか?)
アウローラ王国に転生された時、生徒全員が神から与えられた強力なスキルを有していた。だがそんな中でも戦いに役立たないスキルは少なからず存在し、中でも晃の【共存】スキルはアウローラ王国ですら認知されていない外れスキルと云われていた。
ババを引いた生徒がいるという噂が少しの間広かったが直ぐに忘れられたので、晃の事を知る者は特進クラスであるA組の生徒は殆ど居ないだろう。
利用価値の無い最低レベルの外れスキル。
使えない不遇スキルを与えられてまだこの世界で生きていられるとすれば、実は強力なスキルであったか覚醒したかのニパターンだとオタク知識のある秋津は考えていた。
(確か影山君のスキルって【共存】だっけ……。よく分からないけど、強いならついでに奪っちゃおっかな)
『夜明けの団』の者達が会話をしている最中、晃は抱えていたエルフのマリアを下ろして命令を与えていた。
「無理はしなくていい、生きてる人達を治療してやってくれ」
「分かりました。アキラ様も、ご無理の無いように」
「ああ」
晃から離れると、マリアは早速傷付いた獣人の手当てを行いに向かう。その光景を眺めていた『夜明けの団』のメンバーは、珍しく美しいエルフを目にして驚いていた。
「ヒュー、エルフじゃん。マジやばくね?超美人じゃん」
「影山ちゃーん、自分だけ美味しい思いしないで俺等にも恵んでくれよ〜。あっ、やっぱいいわ、ぶんどるから」
「「ギャハハハハハ!!」」
好き勝手口にする同郷の者共に、晃は鋭い眼光を向けながら問いかける。
「外で大勢倒れてる獣人を殺ったのはお前等か?」
「ああ?そうだけど、それがどーかしたのか?」
「獣人がお前等に何かしたのか?」
「別になんもされてねーよ。ただ暇潰しに殺そーぜってなっただけ。まぁ、雑魚過ぎて全然つまんなかったけどな」
「だから今度はこいつ等で遊ぶべってなったのよ。お前もやってみる?意外と楽しーぜ、生き物ぶっ殺すの」
「…………」
晃は疑問を抱く。
目の前にいる生徒達は、本当に自分と同じ人間なのだろうかと。
平和な国、日本。そこで生まれ、小さい頃から道徳を学んできた筈の生徒達が、何の疑問も持たず殺しを楽しんでいる。
到底納得出来るものでは無かった。
(遠藤もそうだったけど、大きな力を持つと倫理観がぶっ壊れるのか。そう思うと、俺は【共存】スキルで良かったのかもしれないな)
以前晃は同じ2年E組の遠藤隆司に命を狙われた。その理由が単に晃が気に食わないという事から、強大過ぎる力を持ってしまうと人格も変わってしまうのかもしれないと考える。
もし自分も強いスキルを手にしていたら、目の前にいる屑共と同じ立場になっていたかもしれない。そう考えると、【共存】という外れスキルも悪くはないなと感じた。
「もう話しは終わりにしろ。俺はこいつの顔を見ると胸糞が悪くなるんだよ。さっさとぶっ殺しちまえ」
「奇遇だな九頭原。俺もお前の顔を久々に見て吐き気がしてきたわ」
「……前言撤回だ。テメェ等手出しすんな。このクソ野郎は俺がぶっ殺す」
晃が煽り返すと、九頭原の額に血管が浮き出る。取り巻き達はブチ切れた様子の九頭原にビビり、彼の側からすかさず離れた。
「うーわ、雅人ガチギレじゃん」
「影山死んだな」
「おい!テメェ等何シカトしてんだよ!?早く俺の腕直してくれよ!!」
「あー忘れてた、メンゴメンゴ」
取り巻き達が茶番を繰り広げている間に、九頭原は長剣を肩に掛けつつ晃に歩きながら接近する。
無防備。隙だらけ。
わざとかってくらいの弱者の立ち振る舞いに晃が攻撃していいのか若干困惑していると、長剣の間合いまで近付いた九頭原が罵声を浴びせながら斬りかかった。
「死ねや影山ぁあ!!」
「フィーラー」
「――おごぁッッッッッ!!?」
背中から一本だけ触手を放ち、九頭原の身体を正面から殴打する。予想外の反撃に彼は対応出来ず、まともに喰らって吹っ飛ばされた。
「がは……ごほ……ちっ、舐めた真似しやがって」
「先に言っておくぞ九頭原。俺はお前等全員許すつもりは無い。死んでから後悔する前に全力で掛かってこい」
長剣を支えにして立ち上がる九頭原に晃が死刑宣告を告げると、彼の額に浮き出ている筋が数を増した。
「殺すッ……テメェは絶対殺す」
静かに呟く九頭原は足裏に力を溜め込んで強く地面を蹴り上げた。
バゴンッと地面を抉り、その踏み込みで晃との距離を一瞬で詰める。長剣を上段に構えて、今度は本気の斬撃を放った。
「ラァァァ!!」
「……」
上から降ってくる鋭く疾い一撃を、晃は完璧に見切って身体に触れるスレスレで躱す。次いで、背中から生やしてる触手で九頭原の横っ腹を薙ぎ払った。
「なっ――ごぁ!!」
触手の殴打を喰らって唾を吐き飛ばしながら地面を転げ回るも直ぐに体勢を整えて晃に突撃する。
「オラ!ラァァァ!!」
だが九頭原がどれだけ攻撃を仕掛けようと切っ先が晃に触れる事は無かった。晃は九頭原の斬撃を危な気なく全て躱している。その上、触手でゴミでも払うかのよう九頭原を吹っ飛ばしていた。
「おいおい嘘だろぉ。雅人の攻撃全然当たってねぇじゃん……」
「影山……強くねーか?」
「ってかあの黒い蛸足みたいの何なんだよ。卑怯だろ」
「あの九頭原が……」
視界に飛び込んでくる信じられない光景に九頭原の取り巻き達やA組の生徒達が酷く狼狽える。
九頭原雅人は彼等にとって絶対的存在であり、誰もが認める暴君だ。誰も彼には喧嘩で勝てないし、命令されたら何だって言う事を聞く。歯向かうなんて以ての外だ。それは現実世界だけではなく、この異世界に転生されても力関係は変わらなかった。
九頭原のスキルは【暴君】。
彼の人格を象徴しているスキルで、強さも勿論折り紙付きだ。他者を圧倒するパワー、スピード、そして能力。
どれをとっても他の生徒よりレベルが高い。純粋なスキルの能力が上なのは神崎優人とそのハーレム達ぐらいだろう。
そして九頭原は、この世界で【暴君】スキルを遺憾無く発揮していた。
絶対的強者。
弱者を踏み躙る側の人間。
「はぁ……はぁ……クソッ何で当たんねぇ」
その九頭原が外れスキルを引いた筈の最弱である晃に子供扱いされている。目を疑う光景に、他の者は開いた口が塞がらなかった。
攻撃して躱され、触手で殴られては立ち上がってまた攻撃。
単調な攻防を数度繰り返した後、晃は既に息を切らしている九頭原をゴミ虫を見つめる目で射抜くと呆れた風に言葉を吐き出した。
「それで本気か……?だったらお前――“弱いな”」
「――ッ!!?……影山テメェ……その顔だ。その顔が気に入らねぇんだよ、調子こいてんじゃねえぞ!!“その苛つく顔を地面に付けやがれ”!!」
予想以上の弱さに呆れた晃が本心を口にすると、怒りを爆発させた九頭原が“威圧”を発動させた。
威圧は【暴君】スキルに備わった特殊能力であり、己より弱い者を強制的に怯ませる、又は従わせる効果がある。
この能力は麗華の【支配者】スキルに備わっている“威光”と酷似しているが、崇敬や畏怖といった正の感情である威光と違って威圧は恐怖や畏れといった負の感情に働きかけている。
(でたー、雅人の威圧)
(これ嫌いなんだよなぁ、冷や汗かいちゃうし)
直接言われている訳でも無いのに脅えて身体を竦ませる取り巻き達。自分は強者であると思い込んでいる秋津でさえ、九頭原の威圧には多少なりとも反応してしまう。直接能力の影響を浴びせられている晃は九頭原の命令通り額を地面に擦り付けることだろう。
だが彼等の想像図の通りには一ミリ足りたともならなかった。
「あぁ、麗華のスキルみないなやつか。お前も出来るんだな。まぁ、麗華とは比べるまでもない程お粗末なモンだが」
「何で……俺の言う事が効かねーんだよ。どうなってやがる」
頭を垂れる訳でもなく普通に話している晃に驚愕する。能力が効いてる様子が全く感じられない。
それはそうだ。
アースドラゴン。
黒騎士デュラン。
ベヒモス。
魔王アルスレイア。
獣王キング。
晃は幾度と無く格上の存在と相対してきた。彼等が放つ重厚な
だがそうなる度に、晃は己に打ち克ちプレッシャーを跳ね除けてきたのだ。
彼等に比べれば、九頭原のスキルは街中にいるチンピラの陳腐な脅しに過ぎなかった。
「そんなもんでいいなら俺にも出来るぞ」
そう言うと晃は一度瞼を閉じる。
今まで死闘を繰り広げてきた強者をイメージして、ギンッ!と目を開けた瞬間に力を解放した。
「――ッ!!?」
「ひっ」
「……な、何だこれ……」
「ふ、震えが……止まらねぇよ」
「なんて勇ましい力だ……」
「ああ……神々しくも暖かい」
晃が放った“王気”に当てられた九頭原達は心臓を鷲掴みされるような恐怖に襲われる。一方、晃の背中を見つめている獣人達の心には熱い灯火が宿った。
敵には恐怖と畏れを、仲間には勇気を与えて戦意を高揚させる、正しく王の力。
しかもこの力は【共存】スキルやベルゼブブの力ではなく、アルスレイアやキングと同じく純粋に晃個人の力によるものだ。
『ヒハハ!アキラの奴、王気を使いこなしてやがる』
これが王気であると晃はまだ認識していないようだが、ベルゼブブは彼の成長を大いに喜んだ。
「何で……影山が威圧を使えんだよ」
「あれ、これヤバくね?」
「おいテメェ等ビビってんじゃねえぞ!!全員でアイツを殺る!行くぞ!!」
「はぁ、こうなったらやるしかねーな」
「皆んなでやれば余裕っしょ」
(あーあ、この展開は九頭原君死んだな)
晃の王気に戦意を失われつつあった取り巻き達だったが、九頭原の一声で復活する。そのやり取りを後方で眺めていた秋津は、他人事のように内心で毒づく。
「らぁああ!!」
「喰らっちまいな!!」
「潰れろ!!」
「はぁあああ!!」
「水竜弾!!」
九頭原が斬撃波を、大久保が【武器創造】スキルで作った小型大砲を、石川が【重力魔術(中)】スキルによる重力魔術を、【重戦士】スキルの福田は盾から光線を、【水魔術(上)】の水野は大きな水竜を一斉に撃ち放った。
「……」
前方左右から迫る攻撃を前に臆する事なく、晃は右手を翳して黒スライムを纏い巨大な狼の顔を出現させる。
そして――、
「ウルフェンバイト」
九頭原達が繰り出した一斉攻撃を全て喰らい尽くし吸収した。
「おい……俺達の攻撃が全く通用してねーぞ」
「うわー、これ無理っぽい」
「どうすんだよ雅人、勝てそうにもねーぞ」
「くっ……ぐっ、クソが……影山ぁぁああ!!」
自分達の攻撃が効かなかった。その事実に動揺しながら【重戦士】スキル者である大柄な体躯の福田がリーダーの九頭原に尋ねる。
が、九頭原は答える事が出来ず歯を食いしばって晃を般若の面で睨め付けた。
「スキルを解放する。お前等は少し離れてろ」
「マジか」
「お、おう……無理すんなよ」
九頭原の提案に取り巻き達は言う通りに後ろに下がった。九頭原はこの中で唯一スキル解放を会得しているが、まだ不安定な上に解放後は理性も若干失われてしまので巻き込まれてしまう可能性がある。
仲間が十分に離れたのを確認した九頭原は内なる力を解き放ち、スキルを解放した。
「スキル解放――モード【Tyrant】!!」
刹那、彼の姿が豹変する。
元々大きな身体が更に肥大化して筋肉も増加し、銀の鎧は黒く禍々しい造形に変化。顔は骸骨の仮面に覆われていた。
「ウォォオオオオオオオオオ!!!」
「お前も壁を越えたのか……ただ、その様子じゃ扱いきれてないようだな」
「ウルセェエ!!」
スキルを解放した九頭原が吠声を上げながら晃に接近し、顔面を狙い右拳のストレートを放つ。晃は頭を身体を逸らして避けたが、強い風圧によって身体が宙に浮いてしまう。
空中では回避が不可能だと判断した九頭原はすぐ様追撃を仕掛けた。
「タイラントブロー!!」
大きくなった右拳に闇色のエネルギーを纏い、一気に振り抜く。晃は黒スライムを盾として展開し身を守るが、衝撃に耐えられず吹っ飛ばされてしまう。が、黒糸を地面に付着して何事もなく着地した。
「よっしゃ、いけるぜ雅人!」
「っぱ雅人のスキル解放はすげぇな!!」
実質ダメージは皆無なのだが、押せ押せな雰囲気を目にして騒ぎ出す取り巻き達。九頭原も頭の中では「やれる」と手応えを感じていた。
残念ながらそう感じているのは、彼等だけだったが。
「パワーもスピードも上がった、けどそれだけだな」
どちらも銀狼騎士団の三番隊隊長ローザや一番隊長ビートよりも遥かに劣っている。闘神覚醒していない素の状態よりもやや下かもしれない。
「攻撃は更に単調になってるしな。壁を越えた割にはショボいんじゃないのか」
「カ……ゲ……ヤ……マァァァアァァァアアアアアアアッ!!」
「一々喚くなよ、魔物じゃねーんだからさ」
その瞬間、九頭原の身体が掻き消える。
怒りが頂点に達した九頭原は晃に肉薄し、怒涛のラッシュを繰り出す。
「オラァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァアアアアアアア!!!」
触れたモノを木っ端微塵にするであろう威力の拳撃と脚撃の連打。並の戦士ならば一撃で地に付していただろう。
だが晃は九頭原の連撃を全て見切り、今度は風圧で吹っ飛ばされないように黒スライムを地面に固定しつつ最小限の動きで躱し続けていた。
(何で……何で俺の攻撃が当たらねぇんだ!?何で当たらねぇんだよおおお!?)
「九頭原、俺は前に言ったよな。“次はやるって”」
「――ッ!?」
『こっちの都合を押し付ける訳だから、一発は我慢してやる。ただ、これ以上は違う』
『…………ッ』
『お前がやるってんなら俺もやる、いいよな?』
不意に、秋津の件で晃と言い争った場面が脳裏を過った。
言った、確かに
そして九頭原は、晃にもう一発殴る事はしなかった。
いや、しなかったのではない。“出来なかったのだ”。
本来の彼ならば晃が口にした挑発など無視して構わず殴り飛ばしていた。けどそれが出来なかったのは、晃の目に宿る狂気に脅えてしまったから。本能が近付くなと負けを認めたから。
九頭原はあの時、尻尾を巻いて逃げたのだ。
「フザケンナヨ……俺がテメェ如きにビビってる訳ねぇだろーがよぉおおお!!!」
認められず、認めたくなくて、九頭原は晃に渾身の拳打を放つ。その拳を、晃は左手で真正面から受け止めた。
ズンと、僅かに晃の足が地面へ埋まった。
全力の一撃を受け止められてしまい頭の中が真っ白になって放心してしまう九頭原に、晃は右拳を弓引く。
「九頭原、先に言っておくと俺もお前が嫌いだ。というより、気に食わねえ」
「……ナ……」
「一発だ、歯ぁ食い縛れ」
引き絞った拳が撃ち出される。
九頭原は身体を数えるのが難しいほど回転しながら壁に激突し、瓦礫に埋もれてしまったのだった。
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