第156話中々良い演説だったな

 




「中々良い演説だったな」

「なっ……アンタはッ!?」


 獣人達を解散させ、俺も部屋に戻ろとした所で待ち構えるように立っていた女性に声を掛けられる。その女性に見覚えがあった俺は、酷く狼狽した。

 何故なら彼女は、魔族を束ねる王――魔王アルスレイアその人だったからだ。


 煌めく真紅の長髪。強い力を宿した黄金の瞳。前頭部に生えた漆黒の二本角。絶世の美女と謳われてもいいくらいの端正な顔。スタイルの良い体躯はビキニアーマーのような服装に身を包み、その上から黒衣を羽織っている。


 外見のインパクトもさることながら、彼女の突出すべき所はその身から溢れる強者のオーラだ。

 特別何かする訳でもなく、ただそこに居るだけで畏怖してしまう存在。絶対強者。


 そんな魔王アルスレイアが、どうしてこんな場所にいるのだろうか。


「アンタ……どうしてここに……」

「獣王が戦死したと聞いたのでな。キングに……いやオジ様に別れの挨拶をしようと。あの方には大分世話になった」

「……そうか」

「そしたら、何やら外で騒いでいるのではないか。城内には誰もおらんし、覗いてみれば面白い事をやっている。いやはや、まさかこんな事になってるとは、流石の私でも驚いたぞ」


 可笑しそうに微笑を浮かべる魔王。

 そりゃそうだろうなと、俺も苦笑いを浮かべる。


「確か……アキラと言ったか。リミを助けてくれた、暴食に選ばれた【共存】スキル者の人間」

「よく覚えてたな」

「同じ【共存】スキル者の顔くらい覚えるさ。よしアキラ、着いて来い」

「どこに?」

「上だ。少し話をしよう」



 ◇



 俺とアルスレイアは基地の屋上に訪れた。

 彼女が、俺が獣王に成るまでの経緯をを聞きいたいと言うのでエルフの森に飛ばされてた所から帝国との闘いまでを掻い摘んで説明する。

 話し終えると、魔王は背中を逸らしてカッカッカと盛大に笑い声を上げた。


「『怠惰』と戦い、なし崩しに帝国と戦争か。この短期間で濃密な時間を過ごしておるの。いくら【共存】スキル者に試練が降り掛かると言っても限度があるわ。よく生きて来られたな」

「まぁ……なんとかな」


 ギリギリだった。

 小さくか細い綱を渡ってきた。何処か一つでも足を踏み外していたら、いつ死んでもおかしくなかった。我ながら思い起こしてみると、よく生きていられたなと感心してしまうくらいに。


「あの時は小鳥同然だった小童が、この短期間でよくぞここまで成長したものだ。力が上がっているのもそうだが、面構えが格段に変わった。獣人達と話しているお前は、王者の風格を纏っていた。いや……こうして対面しているだけでも感じられる。アキラが、王に相応しい存在だと。一年も満たぬ内にコレとは、人間の成長速度というものはやはり侮れんな」


 ……これは褒められているのだろうか。どちらかというと呆れられている気がするんだけど。


「王の風格とかは自分じゃよく分からねーけど、力が上がったのは確かだ。それだけの死線を潜り抜けてきたんだからな」

「そうか……」


 アルスレイアはそう呟くと、俺の目を真っ直ぐ捉えながら口を開く。


「アキラ、改めて礼を言う。エルフの民、獣王軍団への協力。お前が居なかったらエルフも獣人も多くの命を落としていただろう。我が同胞の窮地を救って頂き誠に感謝する」

「俺もマリアに命を救われた。その借りを返しただけだよ」

「そうかもしれない。だが、それだけの借りでお前は多くの魔族を救った。その事実は確かだ、だろ?」

「まぁな……」


 何だろう、魔王にここまで本気で感謝を伝えられると何だか照れ臭いな。

 誤魔化すようにガシガシと頭を掻いていると、アルスレイアは続けて、


「今一度問う。アキラよ、本気で獣王として戦うのか?我にとっては有り難い話しだ、今の魔王軍は猫の手も借りたい程だからな。しかし獣王になれば、魔族こちら側につけば同胞にんげんと殺し合う事になるのだぞ。お前にその覚悟はあるのか?」



 殺す覚悟か……。

 エルフの里に襲来したローザ率いる帝国軍と戦い、俺は何千という人の命を奪った。戦っている最中は無我夢中で全く気にしなかったが、最後に戦場を見渡し、凄惨な光景を目にした時。


 この地獄絵図は俺が作り出したのか、と後悔した。どうしようも無く胸糞が悪くなった。


 誰だって人を殺すのが平気な奴なんて居ない。もし居るとすれば、そいつはもう心が壊れている狂人だ。

 けれど、この世界はそんな悠長な事も言ってられない。こちらが殺したくなくても、戦いたくなくても、向こうから勝手に刃を振るってくる。命を奪いにやって来る。


 こっちだって生きたい。黙って殺されてやる道理は無い。

 だからこちらも殺すしかない。出来れば殺したくないけれど、向かってくるなら殺す。


 きっと人道的な考えでは無いんだろうけど。

 俺はもう、そう割り切った。

 殺す覚悟なら、既に己の中にある。


 だからこう告げるのだ。


「その答えはもう、済んでいる」

「フッ……そうか、愚問だったな」

「俺からもいいか?」

「ウム、よかろう」

「そもそも魔族と人間は何故戦争をしている?この戦争は、どうすれば終結するんだ?」


 そう問いかければ、魔王はフッ……と憂いを帯びた苦笑い浮かべる。


「また難しい質問をしてくれる。少し長くなるが、それでもよいか?」

「勿論」

「では話そう。魔族と人間の争いは遥か昔から行われてきた。理由としては然程難しくない、何処にでもある種族の違いによるものだ。外見の違い、言葉の違い、文化の違い。特に魔族は外見に統一性が無く、人間からしたら凶悪な生物に見えるだろう。したがって、自分達と全く異なる生物と相対した時、争いが始まるのは必然だ。最初は小さな火種に過ぎなかった。しかし火種は消えなければ徐々に燃え上がるもの。争いは加速し、怒りと憎しみは増え続け、最早取り返しのつかない所にまで行き着いてしまった」


 ……人間だって一緒だ。

 まだ紛争が行われている場所もあるが、世界から戦争は消えて平和になった。

 だが、それはここ数十年の話。百年前以降の過去の歴史は戦争によって血塗られている。


 日本という小さな島国の中でも何千年と争いが続けられ、やっと終息を迎えたと思ったら今度は外国だ。

 終わりが見えない戦い。どちらかが白旗を上げない限り、尊い命は次々と失われていく。


 見た目がほぼ変わらない人間同士でさえそうなのだから、魔族はもっと酷い状況なのだろう。


「魔族と魔物の外見が似ているのも災いだった。知性の無い魔物は人間を襲う。すると人間は、魔族を見れば人間を襲う存在だと認識されてしまう。なれば、魔族は殺すものという考えに至るのも分からなくない」


 それは確かにな……と納得してしまう。

 アウローラ王国のダンジョンで、俺は多くのモンスターを殺した。

 もしあのモンスター達が本当は魔族だと言われても判断はつかないだろう。


「だからと言って全て人間に非がある訳ではない。魔族にも残虐な奴は山ほどいる。か弱く矮小な人間をただの餌だと舌舐めずる奴もいれば、暇潰しの為の玩具に程度にしか思っていない非道な奴等もいる。が、それは人間とて同じであろう?奴等は魔族を殺して金を稼ぎ、リミがされたように魔族を捕らえて奴隷にする。我等からすれば到底許されざる悪虐非道な行いだ」


 ……そうだな。

 人間の中には人とも思えないようなクズやゲス野郎が多くいる。

 どうしてそんな事をするのかと頭の中を疑うが、そういう奴等にとってはそれが常識なのだろう。


「どちらが悪いという話しではないのだ。過去は過去、過ぎた話しにいつまでも縛られるのは時間の無駄でしかない。重要なのは、これから先の未来をどうしなければいけないのか、という事だ」



「これからの未来……」

「そうだ。人間と魔族、いがみ合い憎しみ合う。誰かが命を落とす日々。魔族に家族を殺されて悲しむ人間、人間に友を殺されて怒る狂う魔族。その負の連鎖を断ち切ろうとしたのが先代魔王……我が父であるバロムだ」

「あんたの親父が……」

「ああ。代々の魔王は人間に対し敵対的な考えだった。人間は滅するべき仇敵だ、そう受け継がれてきたから仕方ない面もある。だがそれに初めて異を唱えたのが父だった」



『人間と戦うのってダルくない?』



 ……………………。

 急にギャグ漫画みたいな魔王出てきたな。


「バロムは人間との争いに否定的だった。無駄に散りゆく命を惜しみ、戦争を止めようと動き出す。勿論他の魔族は反対した。今までの怨みを忘れたのか、先祖の怒りを忘れたのかと父を糾弾し魔王の座から引き摺り落とそうとした。だが、そうはならなかった」

「……何でだ」

「父が歴代最強の魔王だったからだ」



『何か文句あるなら俺に勝ってから言いな』



「バロムはどの魔族よりも力があり、疾く、硬く、そして強かった。魔族は弱肉強食の世界、強い者には従うのがルール。よってバロムに反感する者は自ずと居なくなった」


 それからアルスレイアの親父は改革を始めたそうだ。

 今までは其々好き勝手に戦っていた魔族を『魔王軍』として一つに纏める。

 四つの軍団を作り、その頂点に四天王を据え、組織としての戦争を成り立たせた。


 何故そうしなければならなかったのか。

 元々人間と魔族は圧倒的な身体能力の差で魔族側が有利だった。

 しかし人間は成長速度が早く、強くなるすべを身に付け、さらに作戦を組織で行う事で戦いが有利になった。これに対応するには魔族も一つに纏める必要性があったそうだ。


「人間と魔族の力関係は初めて拮抗した。これでようやく対等な関係となり、父は人間に和平を持ち掛けた」

「和平……」


 魔王バロムは各国の人間の王に言ったそうだ。

 命が勿体ない、これ以上戦うのはよそう。無駄な血を流す必要はない筈だ。憎しみを忘れろとは言わない。けれどもし命を大切にする気持ちがあるのなら、もう無駄な争いはやめようじゃないか。


 魔王は言った。長い年月を掛けて何度も何度も根気に言い続けた。

 すると人間の王の中にも、魔王に賛同する人達が現れ始める。その数は徐々に増えていき、ようやく魔王の悲願が叶うと思われたが、大きな障害が立ちはだかってしまう。


 その障害というのが、大国であるアウローラ王国と帝国だった。


『和平だと?何を馬鹿な事を言っている。貴様等化物を信頼出来る筈がなかろう』


『和平?フンッ……面白い冗談だ。私が求めるのは唯一つ、貴様等魔族の根絶だ』


 アウローラ王国の王と帝国の帝王は魔王の和平を一笑に付した。

 こうして、魔王が尽力した人間と魔族の和平への道は閉ざされてしまったのだ。


「それでも父はニ国の王に説得し続けたが、ついぞ大願を成し得る前に命尽きてしまった」

「……殺されたのか?」

「寿命だ。最強の魔王も自然の摂理には勝てん。だが、父の理想は我が引き継いだ」

「じゃあ、アンタも和平を?」

「勿論だ。父が死に、新たに我が魔王の座に着いた今でも人間達に和平交渉をしている。しかしそれは……不可能になってしまった」

「不可能?どうしてそう言い切れる?」


 父の意思を引き継いだアンタがどうして諦めてしまうんだ。

 そういう意味も含めて問いかけると、魔王は顔を顰めてこう告げたのだった。


「アウローラ王国現王ユーロッド・アウローラ。そして帝国現帝王ガリウス三世が我等と同じ七つの大罪スキルに選ばれた【共存】スキル者だからだ」


 あの優しそうな雰囲気を醸し出し、柔和な笑みを浮かべる初老の王様と帝王が俺と同じ【共存】スキル者だって?


 その情報に驚愕した。驚愕したが、それが何故和平が不可能になってしまうのかが分からない。

 彼女の口から理由が語られるのを待っていると、魔王は申し訳無さそうに、


「その話を説明すると更に長くなる。すまんが我も多忙でな、また次の機会にしよう」

「お、おう」

「争いの始まりはそんな所だ。そしてこの長き戦いを終結するには、誰かが勝つしかあるまい」

「それまでずっと……戦い続けるのか」

「そうだ」


 人間と魔族の争いの理由。

 争いの終結。

 その二つを聞いて、俺は自分なりの考えを伝える。


「先に言っておく。なし崩しにアンタの下に付く事にはなったが、俺は自分から攻める戦いはしない。守る戦い、降り掛かる戦火を振り払う事しかしない。それでいいか?」

「構わん。お前程の強者がオジ様の代わりに獣王として戦ってくれるだけでも十分過ぎる」


 それを聞けて良かった。

 もし積極的に戦いに出ろと命令されたら、俺は魔王こいつと戦う事になっていたかもしれない。

 俺は戦う。しかし絶対にこちらから攻め込む事はしない。大切な人達を守るために戦う。それがこの戦争に対する、俺の信念だ。


「しかしお前も分かっていると思うが、我等【共存】スキル者には容赦なく試練が襲い掛かってくる。これは諜報部が手に入れた新たな情報だが、生き残った獣王軍団を殲滅する為に帝国が傭兵団を派遣した。その傭兵団の名は『夜明けの団』というらしい」


 それからアルスレイアは俺の顔を見て、ニヤリと悪戯な顔を浮かべてこう続けた。




「どうやらその傭兵団は、アウローラ王国から逃げ出した異世界の人間……アキラの同胞だそうだぞ」

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