第155話新獣王

 




『で、今どんな気分だ?』

「………………………………死にたい」


 目の前で意地悪そうな笑みを浮かべるベルゼブブに、俺は赤くなった顔を両手で覆い隠しながらぶっちゃけた。


 だって……だってねぇ。

 あれだけの醜態を晒して普通でいられる訳ないないし……。

 恥ずかしくてお外に出られない。


『ヒハハ、だが少しは胸の中の靄が晴れたンじゃねーのか』

「……まぁな」


 森の中で泣き尽くした後、俺は基地に戻ってきてセスが用意してくれ部屋にいた。

 四人には少し一人にしてくれと頼んでいるから、今は俺とベルゼブブだけだ。


『ヒハハ、まぁオレ様としては最高に面白ぇショーだったがな』

「だろうな」


 俺が恨めし気に半眼で睨むと、ベルゼブブは続けてこう言った。


『で、“答え”は出たのか?』

「ああ」


 頷き、即答する。

 俺の中にあった迷いは消えた。


 あの時……今まで溜まっていた負の感情を全部吐き出して、頭も心もスッキリした。

 マリアと麗華と佐倉の三人に励まされ、肯定してくれて、勇気を貰い、奮い立たせくれた。

 子供のように大泣きする俺をずっと抱き締めてくれたんだ。


『イイ顔だ。やっとお前らしくなったな』

「そりゃどうも」

『そう言えば、まだアキラの質問に答えてなかったな。“どうすればいい?”だったか。もう自分自身で答えは決まってるだろうが、一応言っておいてやる』


 そう言って、ベルゼブブは真剣な表情を作ると、


『アキラの好きなようにすればイイ。アキラのやりたいようにやればイイ。ここまできて、テメェの決めた道に文句を付ける気はねえし、不満だからって喰ったりしねぇよ。テメェが死ぬまで付き合ってやる』

「……ベルゼブブ」


 まさかベルゼブブにこんな風に言って貰えるとは思ってもみなかった。

 何だろう……すげー嬉しい。

 さっき涙を出し尽くしておいてよかった。

 じゃなきゃ、こいつの目の前でカッコ悪い姿を晒す所だった。


『さて、これからどうする?』

「やる事をやる、それだけだ」




 ◇




 獣王軍団基地内にある大広場。

 目の前には、この基地にいる全ての獣人が集まっていた。

 先の戦で傷を負った戦士達は身体の至る所に包帯を巻いている。その姿が痛々しく、視界に入るだけで心苦しくなってしまう。

 しかし彼等の瞳に翳りはなく、強い眼差しで俺を見ていた。


 何故、彼等が一同に集まっているのか。

 それは俺がセスに頼んだからだ。獣人達と話しがしたいので全員集めてくれと。

 怪我で碌に動けない人に申し訳ないけど、全員の意思を確認したかった。


 俺が“獣王”の看板を背負ってもよいのかどうかを。


 固唾を飲んで待つ彼等へ、俺は静かに口を開いた。


「俺の名前は影山 晃。晃と呼んでくれ。突然だが、獣王軍団が幹部の一人、『脚』のセスから“獣王”になって欲しいと頼まれた。悩みに悩んだ結果、俺は獣王になる決意を固めた。けど、一つ条件がある」


 そこで一拍間を置くと、俺は獣人達を見渡しながら、


獣人達このの中に一人でも俺が獣王になるのに不満があった場合、俺はやらない。セスから事前にお前達は賛成だと聞いているが、自分の目と耳で直接確かめたい。だから嘘偽り無く応えて欲しい。この中で、俺が獣王に成るのに反対な奴はいるか?」


 そう問えば、彼等は手を挙げる事も口を開く事さえしなかった。

 まるで、沈黙こそが自分達の意思表示だと言わんばかりに。


 だから俺は、反応を窺う為目の前にいる鷹の獣人に質問する。



「お前はどうだ、確か幹部の一人だったよな。『爪』のシュナイダーだったか、順当にいけば次の王に就くのはお前の筈だろ。俺なんかに王の座を奪われていいのか?」

「私は王の器ではない、それは自分がよく分かっている。そしてアキラこそ我らが新しい王に相応しいと、私は本気でそう思っている」


 幹部のシュナイダーは曇りない眼で俺を見詰める。彼からは嘘偽りを全く感じられない。本気で俺が獣王になっていいと思っている顔だ。


 ならばと、今度はシュナイダーの更に奥にいる犬獣人を指差し問いかける。


「そこのアンタはどう思ってんだ。人間の俺なんかがお前達の頭で良いと、本当に思ってんのか」

「種族なんか関係ないよ。獣人だって細かく分ければ数え切れないほどの種族がいるさ。だから人間がボク等の王になったって、何も問題はないのさ」


 彼の話しは一理ある。

 確かにそう言われてみればそうだな。こっちから見て獣人と一括りに纏めているけれど、彼等からしたら犬と狼は違う種族だし、勿論鳥や魚はまるっきり違う。そう考えれば、人間だって猿と変わらないのもしれない。


 じゃあ、と俺はさらに奥にいる蜥蜴獣人に問いかける。


「そこのアンタはどうなんだ。こんなポッと出の、どこの馬の骨とも知らねー野郎に付いていけるのか?」

「オマエは赤鬼ローザ神槍ビートに勝った。そしてあの神狼ヴォルフと一対一で闘った。だからオマエは、ここにいる誰よりも強い。獣人オレタチは弱肉強食、強い奴に従うのが道理だ」


 成る程……俺があの二人を倒した事はここにいる全員把握しているのか。

 今思い出してみればあの二人ってバカ強かったよな。ナントカ隊の隊長とか名乗ってたし。

 それに、獣王の次に位置する幹部のセスでもビートに全く力が及ばなかったのだから、俺がビートを倒した結果を考慮すると、この中で一番強いって思われても仕方ないだろう。


 最後に、と。

 俺は全ての獣人を見渡しながら問いかける。



「俺はお前等と何の関係もない。仲間でもなければ縁もゆかりも無い只の人間だ。そんな人間の後ろに付いて、不満はないのか」


 全員に向けて尋ねると、この前の戦場で俺を乗せて逃げてくれた、その身を包帯に包まれた犀獣人の男が口を開いた。


「あの時俺たちゃ死んだ。大将キングがヴォルフにやられた時、俺たちゃ戦士として一度死んだんだ。けどよ、そんな俺達を生き返らしてくれたのが、アンタだ……アキラ。アンタの叫び声で俺達は立ち上がる事が出来た、もう一度戦う事が出来たんだ」


 そこで彼は一旦間を空けて、大きく息を吸うと叫び声を上げた。


「ここにいる中で、アンタが王になるのに不満がある奴は誰一人として居やしねぇ!!そうだろテメェ等!?」

「そうだ!!アンタは俺達獣人の為に戦ってくれた!!」

「キング様が倒れて……目の前が真っ暗になって、もう終わったと思った。でもそんな時……アンタの声でもう一度顔を上げる事が出来た、もう一度立ち上がる事が出来たんだ!!」

「アナタがウチ達を鼓舞する為に叫んだ時、アナタがたった一人でヴォルフと対峙した時の背中を見た時、この人に付いていきたいって、この人の力になりたいって思ったんだよ!!」


 犀獣人の叫びから、他の獣人達も次々と叫び声を上げる。

 熱く、気持ちが入った叫びを。

 その叫びを聞いて、俺の心も徐々に熱くなっていくのが分かった。


「俺達は!!」

「アタイ達は!!」

「「アキラに付いていく!!どうか、俺達の王になってくれ!!」」


 …………。


 これで覚悟は決まった。


 俺は彼等に向けて、こう告げる。





「お前等の気持ちは伝わった。俺は今日、今から獣王になる。キングのおっさんよりは頼りねぇが、精一杯やるつもりだ。よろしく頼む」


 頭を軽く下げた後、俺は再び口を開いた。


「早速で悪いんだが、お前等に命令がある。“死ぬな”」

「「…………」」

「俺は弱い人間だ。誰かを失えば心が挫けそうになる。キングのおっさんのように、お前等の命を丸ごと背負うなんて出来ない。だから頼む、死なないでくれ。惨めでもいい、無様でも構わない、這いつくばってでも生きる事を諦めないでくれ」


 そう伝えれば、彼等は覚悟を宿した表情で、


「新しい獣王の命令とあらば、従うしかないな」

「ああ、戦士としての誇りなんて二の次だ。俺達は生きて勝てばいいんだ」

「やってやりますよ!!なぁテメェ等!!?」

「「ォォォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!」」


 獣の雄叫びが空に舞い上がる。

 昂る獣人達を眺めながら、俺も一緒に叫び声を上げる。


「俺に付いて来い」

「「ォォォォォォォォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!」」




 俺は今日、獣王に成った。

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