第152話独白

 




「何で俺は死んじまったんだ!」



「どうして訳分かねんねぇ世界に来てんだよ!」



「私達を救う為に化物と戦えって?そんな事をよく平然と子供に言えるな、自分達の事情を死んだ子供に押し付けてんじゃねえよ!」



「何で俺だけ訳分かんねぇスキルなんだよ。【共存】ってなんだよ、他の奴は強くてまともなのにどうして俺だけ何の力も無いスキルなんだ、おかしいだろ!?」



「試練って何だよ。どうして俺だけキツい事ばっかなんだよ。痛いんだよ!痛くて痛くて、身体中喰われて、痛くてしょうがねぇんだよ!!」



「どうして俺がクラスメイトを殺さなきゃならない。殺させるんじゃねえよ!!」



「嫉妬の魔女って何だよ、何で得体の知れない化物に好かれるんだよ。せめて他の奴を巻き込むんじゃねえよ!!」



「何だよ悪意って。テメェの都合をこっちに押し付けてんじゃねえよ。話を聞けよ、問答無用に襲ってくんじゃねえよ、馬鹿だろ!!」



「どうして委員長が死ななきゃいけなかった。どうして俺が生きてんだよ。俺が死ねば良かったのに!!!」



「何だよ王って、勝手に人を王扱いしてんじゃねえよ。俺はマリアを助けただけだ、それなのにどいつもこうも王様王様と言いやがって!お前等人間嫌ってただろーが!!」



「獣人もそうだ、どうして会った事もない奴のために死ねる。頼んでねーんだよ、人の身より自分の事を大事にしろよ!!」



「何だよ王って!!俺がお前等の王になってどうする!?人を巻き込むんじゃねえよ!!」



「どいつもこいつも王だ王だと。俺は少し前までただの高校生だったんだぞ?何の力も無いガキなんだぞ?そんな俺が、誰かを率いて導く事なんか出来る訳がねぇ。そんくらい分かれよ。背負えねえよ。お前等の命なんか、背負える訳ねーだろーがッ」



「クソったれ」



「クソったれ、クソったれ、クソったれクソったれクソったれ!!」



「クソったれぇぇぇぇええええええ!!!」



「そもそも俺は!」



「俺は……」



「戦いが嫌いなんだよ。どうして人が人を殺さなきゃならねえんだ。今までだって殺したくて殺してる訳じゃない、生きる為に仕方なくやってるんだ!!」



「俺は……」



「俺はもう……戦えない」






 はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……。

 腹の中に溜まっていた、心の中に潜んでいた鬱憤を、不満を全部ぶちまけた。


 ぶちまけた事で沸騰していた頭が少しずつ冷めていき、落ち着きを取り戻す。

 拳が傷付いていた。

 知らず知らずの内に地面を何度も殴っていたらしい。大きなクレーターが出来ていて、俺はその底にいた。


「力を使わず……ただ殴っただけでこんなに地面を凹ませるのか……ハハッ」



 これじゃ、正真正銘の化物じゃないか。



「化物なんかじゃありません」

「……」

「アキラさんは化物なんかじゃありません」

「……マリア」


 背中を暖かいもので包まれる。

 小さく丸まった俺を、マリアがそっと背後から抱き締めた。

 あったかい。凄くあったかい。

 けどその暖かさが、彼女の優しさが、俺の弱さを締め付ける。


「ワタシはアキラさんに救われました。アキラさんはワタシ達エルフを救ってくれました。アキラさんは多くの獣人達を救いました。アキラさんが言う、化物の力で。けど、化物なのは力であってアキラさんが化物な訳ではありません。もしアキラさんが自分を化物だと思うなら、言い続けるなら、ワタシはアキラさんの側でずっと言い続けます。アキラさんは人間です。優しい心を持った人間です」


 人間か。優しい人間か。

 優しい人間は、人間を殺したりなんかしない。


「救う為に沢山人を殺した。数え切れないほど殺したんだ」

「それは仕方なかったからです。守る為に戦ったから」

「そうだ、守る為に戦った。けど俺は、何も守れなかった。俺が弱いから。戦えば、また誰かを死なせてしまう。だからもう……俺は、戦わない……戦えない」

「なら、戦わなきゃいいんです。アキラさんが戦いたくないのなら、戦わなくていいんです。ワタシがずっと、側にいますから」


 マリアの優しい声が心を揺らす。

 そうか。俺はもう戦わなくていいんだ。

 誰かを殺さなくても、俺の為に誰かを死なせる事もないんだ。


 なら俺は、もう――



「立ちなさい」



 突然胸ぐらを掴まれ強引に立たされる。

 俺の眼前には、眉間に皺を寄せた麗華がいた。


「情けないですわね。晃のこんな姿初めて見ましたわ。まるで、出会った頃のわたくしみたい」

「……そうだったか?」

「ええ。絶望して、何も出来ずに駄々を捏ねる子供。晃、貴方はわたくしにこう言いましたわね。戦えと、立って自分で戦えと」

「ああ、言ったな」

「ならここで、腑抜けた貴方にこう言いますわ。晃、立ちなさい。立って戦いなさい」

「ハッ……嫌だと言ったら?」

「張り倒しますわ」


 いやいやいや。

 麗華にそんな事されたら冗談じゃなくて死んじゃうから。

 俺を見つめる麗華の眼光はナイフのように鋭い。その刺すような瞳に写る俺は、酷い顔をしていた。まるで死人みたいだった。


「励ますのとか面倒ですから単刀直入に述べますけど」


 おい、少しは励ましてくれよ。


「どうせ晃は戦いますわよ。だって貴方は、他人を放っておけない超が付いたお人好しですから。獣人達が再び襲われたとして、晃が黙っていられる訳がありませんもの。あの時わたくしに手を差し伸べたみたいに、きっと貴方は何かを守る為に力を使います。だって晃は、そういう人ですもの」

「…………なら放っておいてくれ。勝手に立つんだろ?それまで黙っててくれよ」

「嫌ですわ」


 はっ?

 何が嫌なんだよ。分かった風な口を聞いておいて。


「放っておける訳ないないですわ」

「……は?」

「晃が困っていたら悩みを聞きますわ。晃が助けてと言ったら絶対に助けますわ。晃が立てないと言うなら何がなんでも立たせますわ。だってわたくしは晃の仲間ですから。わたくしの全てを賭して、晃のチカラになりますわ」

「何で……何でそこまで……」

「決まってるじゃないですか。晃が好きだからですわ」

「…………麗華、お前」


 麗華が放った言葉に驚いていると、空からふわりと佐倉が降りてくる。近くに来た彼女は、頬を膨らませながら麗華を睨んだ。


「おいおいおい、話が違うじゃないか。マリアが飛び出した時にボクが行こうとしたら手で制してきて空気読めよ的な視線を送ってきたのに、麗華が飛び出すのはおかしいんじゃないのかい?しかもドサクサに紛れて告白までしてるし」

「も、申し訳ありませんわ。つい身体が勝手に……」


 佐倉は文句を垂れながら麗華を押し退けると、真剣な表情で俺を見上げた。


「影山」

「佐倉……」


 長い息を吐くと、彼女は自身の想いを口にする。


「影山、ボクは何があっても君の隣に居続ける。何があってもだ。君が戦場に赴くと言うならば、ボクも喜んで付いていこう。君が家に引き籠ると言うならば、ボクは喜んで君の世話をしよう。君が死にたいと願うなら、ボクは喜んで一緒に死のう。先に言っておく、ボクはもう影山から離れないし、君を離さない」

「…………」

「それともう一つ」


 そう言うと佐倉は両手を俺の頬に添えて、背伸びをしながら優しく唇を交わしてきた。

 驚きに目を見開いていると、顔を離した佐倉は、慈愛に満ち溢れた表情で、


「影山晃、ボクは君が好きだ。地球とこの世界の二つを含め、世界中の誰よりも君を愛している」

「さ……く……ぅ……ぁぁ」


 何だ、何だこれ。

 涙が勝手に溢れてくる。頬と顎を伝り、ポトポトと地面を濡らしていく。

 止まらない。全然止まってくれない。

 こんな情け無い姿誰にも見せたくない筈なのに、どうしても涙が止まらなかった。


「うっ……ぐ!!」


 膝が折れ、崩れ落ちる俺を佐倉が抱き止める。子供をあやすように、優しく頭を撫でてくれた。


「頑張ったね、影山。辛かったね。大丈夫、大丈夫だから。君にはボクがいる、ボク等がついてる」

「ぁぁぁああああああ!!」

「存分に泣けばいい。君の涙は、悲しみは、怒りは、ボク等が全部受け止めるから」

「ぅぁぁぁぁ!!」

「影山」




 ――愛してるよ。








「うぅ……ぁぁぁぁぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああッッッ!!!」








 ◇



 影山晃は強い人間だ。

 戦闘力もさる事ながら、心が誰よりも強い。

 銀狼騎士団一番隊隊長ビートとの戦いで肩を並べて戦い、力響く言葉で気持ちを奮い立たせて貰ったセスだからこそ、晃の心の強さは常人ではないと感じられた。

 どうしてそんなに強く生きられるんだと羨望すらした。彼が打ち崩れる事なんて、きっと有り得ないと思っていた。


(私は愚かだった。アキラとて、一人の人間なんだ)


 晃が泣いていた。

 セスの目の前で、まるで母親に駄々を捏ねる幼子のように大声を上げ、泣いていた。

 我慢して我慢して我慢して、自分の中に強く封じ込めていた何かが決壊し、全てを吐き出さないと心が壊れてしまう。そこまで晃は追い詰められていたのだ。


(あの三人は、凄いな)


 涙を流す晃に寄り添う、三人の女性。

 詩織、麗華、マリアは、それぞれの想いと言葉で晃の壊れかけていた心を救った。実際、三人の言葉を聞いた晃は救われたような表情を浮かべていた。

 その事実は、三人が晃との深い絆が結び付いているという証拠に他ならない。


「私も……なれるだろうか」


 ポツリと呟く。

 彼女達のように、晃を支える事が自分に出来るだろうか。いや、支えなければ駄目だ。支えたいと願った。


 晃が新たな王になれば、セスが全身全霊を持って彼を支えなければならない。もし王にならないとしても、助けて貰った恩を返す為にも、出来る限りのサポートはする。


「晃、私はここで誓うぞ。もっと強くなってお前を支える。あの三人に負けないくらい、晃の信用を得てやる」


 獣王の『脚』であるセスは、心の中で決意したのだった。

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