第151話クソッたれ

 





 食べても問題ない野生の魔物がいる場所をセスに教えて貰い、俺達は獣王軍団の拠点から少し離れた森にやって来た。


「付き添いなら私とマリアで十分だ。何故お前達までいる」

「君は馬鹿なのか?ヘロヘロの身体な影山をボクが行かせるととでも思ったのかい?先に言っとくけど、これから先ボクは影山から片時も離れないからそこんとこよろしくね」

「アキラが心配というのも勿論ありすけど、わたくし達が基地に居てもやる事もありませんし」

「言っておきますけど、貴女達がアキラ様にした無礼を許してませんからね」


 距離が空いた所に、セス、佐倉、麗華、マリアが俺の見張り役として付いてきている。

 会話は聞こえないが、何やら不穏な空気が漂っている。全員真顔で喋っていてめちゃくちゃ怖いし、いつでも喧嘩に発展しそうな雰囲気だ。


 ……うん。

 あいつ等の事は取り敢えず無視しておこう。


「じゃあ、変わるぜ」

『アア』


 ベルゼブブに身体の主導権を明け渡す。

 グツグツと煮るような熱さが身体を駆け巡り、人間が化物に変貌。

 漆黒のフォルムを身に纏い、手足には凶悪な爪が伸びる。


「フゥー、久しぶりの感覚だ」

(あれ、なんか小さくねぇか?)


 視覚に違和感を覚える。

 ベルゼブブ化すると身長は2メートル超になるので目線が高くなるのだが、今は普段の俺の目線と変わらない。

 それと筋肉もゴリゴリになる筈なのだが、怪腕は弱々しい細腕であり、全身はスマートというかヒョロくなっていた。


 疑問を抱いていると、ベルゼブブが面白くなさ気な声色で大きな口を開いた。


「力を使い過ぎたからナ。オレ様だって、こンなヒョロくてダセー身体は不本意だぜ」


 そう言えば、エルフの里で目覚めてからずっとベルゼブブに力を借りていたっけ。それに今まで一度も身体を交換して野生の肉を喰っていなかったから、このサイズなのも仕方ないのかもしれない。


「何だ……あの禍々しい姿は……」


 セスがベルゼブブになった俺を見て驚愕している。ああ……まだセスにはベルゼブブの事を紹介していなかったな。

 にしては、初めて見る筈のマリアは全然驚いていないけど。


「あれ、君達はベルゼブブ君を知らないのかい?」

「シオリはアレを知っているのか?」

「勿論だとも。まぁ知りたいなら本人に教えて貰いなよ。ボクの口から言う話でもないし」

「久しぶりのベルゼブブ様……スマートな身体も素敵ですわぁ」

「アレが……アキラ様に眠る魔王……」


 さて。

 じゃあベルゼブブ、好き勝手に食事を楽しんでくれや。


「ヒハハ、お前に言われるまでもねぇ。こっちは腹ペコなンだよ」


 大きな口から涎を垂らすベルゼブブは、目についた兎に飛び掛かる。襲われた兎は瞬時に反応して逃げようとするも、魔王の右手に捕まった。


「イタダキマス」


 ベルゼブブは口を限界まで開き、暴れる兎を丸呑みする。


 モグモグ、ガキガキ、グシャグシャ。

 肉を咀嚼し、骨を砕き、血で飲み干す。

 生命の力が全身に染み渡っていく感覚が気持ち良く、また久々に喰らった生きた肉は格別に美味い。


「フゥー、生き返るってのは正にこの事だな。サテ、腹が膨れるまで喰らい尽くしてやるか」


 兎を始めに、ベルゼブブは壮大な食事を開始した。


 這い寄る大蛇の首を鷲掴み、牙を向ける大蛇よりも更に大きく口を開け、バクンと顔を咀嚼する。ラーメンを啜るかの如く胴体を尻尾の先までズルズル啜っていく。


「足りねぇ」


 次に狙いを定めたのは毛が銀色のゴリラだった。

 敵意を向けられたゴリラはドラミングをし、ベルゼブブに猛進。ベルゼブブは真正面から迎え撃つ――事はせず紙一重で横に回避し、ゴリラの背面に組み付く。

 身動きを封じ込めたまま、魔王はゴリラの首筋を喰らい取った。

 暴れるも直ぐに力尽き絶命して倒れ伏すゴリラの肉を、余すことなく食していく。


「肉だけじゃ物足りーな」


 そう呟いたベルゼブブは木の上に乗り、ただの葉っぱをムシャムシャと口の中に入れていく。それだけでは足りないのか、突然木の幹に豪快に齧り付いた。

 口直しに満足したのか、ベルゼブブはその後も凶暴な魔物や自然物を次々と食べていく。暴食を冠するに相応しい食べっぷり。


 1時間ほどでこの辺りの一帯の生物を喰らい尽くしたベルゼブブの肉体は、すっかりいつも通りの巨体に。いや、更に大きくなって三メートル程になってしまった。


「ゴチソウサマデシタ」


 長い舌で口の周りを舐め取ると、ベルゼブブは豪快な食事を終えたのだった。


「キングスネイク、シルバーコング、海竜……他にも多くの凶悪な魔物をあれほど容易く倒してしまうとは……何という強さだ」

「見てるこっちがお腹一杯になってしまったよ」

「よく食べるベルゼブブ様も素敵でしたわぁ」

「凄まじい光景でしたね……」


 ベルゼブブの圧倒的な強さに驚愕し脱帽する一同。

 その考えは俺も一緒だ。

 ベルゼブブは強い。

 羨ましいぐらいに。

 他者をものともせず、圧倒的な暴力で押し潰す。そんな力が俺にあればと、何度羨んだ事か。


「久しぶりに喰ったな。十分だ、変わるぜアキラ」

『ああ』


 シューと身体から煙りが上り、ベルゼブブの肉体が溶けていく。闇の衣がドロドロと剥がれ落ち、俺の姿が露わになった。


「……」


 両手を強く握り締める。

 傷は治り、体力も回復し、全て元通り。いや、以前よりも力が増している気がする。身体の中心から、力が溢れてくる。

 今ならビートを圧倒して、あの銀髪のおっさんとも少しは戦り合えるだろう。


「それじゃ遅ぇんだよ!!!」


 ドンッと、近くにあった大岩にいかりを叩き付けた。


 今じゃねえ。

 今強くなっても何もかも遅いんだよ。あの日あの時に強くならなきゃ、意味がねぇんだよ!!

 意味がねぇんだよ!!


「くそ……クソ……クソったれッ……クソぉぉおおおおおおおおおお!!!」


 絶叫を放つ。

 その絶叫を皮切りに、俺は心の中に溜まっていた何かを吐き出していく。


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