第150話新たな王に

 




「ふあぁぁ……ああ影山、目覚めたのかい?」

「んーー。あら晃、もうお体は大丈夫ですの?」

「佐倉さん、麗華さん、今すぐ説明して欲しい。一体何がどうなってこんな状況になったの?俺…………ヤッたの?」


 ゆっくりと起き上がる二人に説明を求めると、彼女達はニヤリと小悪魔的な微笑みを浮かべ、唇を俺の耳に寄せると小声で、


「教えて欲しいのかい?」

「わたくし達と、どんな事をしたか」

「ッッッ!!」


 鼓膜が妖艶な声色に犯される。

 エロい、エロ過ぎるよ!!

 お前等いつの間にこんなエロくなったんだ!けしからんぞ!!


「よくまぁ私の前でイチャつけるな」


 セスが恐い。

 空気を変える為、誤魔化すように話しを変えた。


「……とりあえず、今から質問していくから茶化さず教えてくれるか。まず、どうして俺達全裸で寝てるの?」


 やっぱりこれが一番大事だよね。俺の精神的に。

 単刀直入に問いかけると、二人はそれぞれこう答えてくれた。


「中々目をさまさない影山を心配して、ボク達が交代で様子を見ているんだ。それでボクの番の時に君が酷くうなされていてね、無理に起こす事も出来ないからせめて側にいてあげようと君を抱き締めていたんだ」

「何で裸になった?」

「“身を寄せ合う”という言葉があるだろう。影山を落ち着かせる為にも、直接肌と肌を合わせた方が効果が出ると判断したからさ。因みに影山が裸なのは、元からだよ」


 ああ、そう。

 で、麗華は?


「わたくしの番になって部屋に来てみたら詩織が全裸で気持ち良さそうに晃の隣で寝ていて羨ましかったので、わたくしも同じようにしました」


 素直だなぁ。

 何で全裸になろうと思ったのかは全然理解出来ないけど。


「あれから何日経った?戦争はどうなった」

「それについては私から伝えよう」


 聞くと、セスが俺の質問に全て答えてくれた。


 まず、俺がどれだけ気を失っていたかというと、丸二日は目を覚さなかったらしい。その時の俺の面倒を、佐倉と麗華とセスとマリアが順番で見てくれていたそうだ。

 凄く助かったし嬉しいけど、久しぶりに再開した佐倉と麗華に助けられっぱなしってのは申し訳ねぇな。


 獣王軍団と銀狼騎士団との大戦は、獣王軍団が大敗。

 キングのおっさんと幹部の一人が死亡。その他にも多くの犠牲者が出てしまった。

 生存者は俺を連れて撤退し、今は最終防衛拠点で養生中。


 正直、佐倉と麗華が現れなかったら全滅していたそうだ。追撃してきた帝国兵士は佐倉と麗華が殆ど返り討ちにしたらしい。マジでこの二人、どんだけ強くてなってんだよ……。


 佐倉と麗華の獅子奮迅にドン引いていると、セスが目を伏せながら続けて、


「獣王軍団は壊滅。戦傷だけではなく、キング様という大きな柱を失った獣人達は今心に大きな穴が空いている。私もそうだ。何をどうすればいいか何も考え付かない」


 だが――とセスは顔を上げて俺を見つめた。


「私達には希望がある」

「希望……?」

「ああ……そうだ。私達獣人の希望は、お前だよ……アキラ」

「…………俺?」


 俺が……獣人達の希望?

 何でだ、何で俺なんだ?


 突飛な事を言われて激しく困惑していると、セスは語るように口を開いた。


「キング様が何故、人間であるアキラを獣人達わたしたちが命を懸けて守れと命令したのか、その意図が最初は分からなかった。だが……今になって漸く気付いたのだ。キング様はアキラに託したのだと」

「託すって……何を……」

「未来を」

「……待て、待ってくれ……」


 セスの言いたい事が何となく理解出来てしまった俺は、その続きを話さないでくれと訴える。しかし彼女は俺の願いを無視し、聞きたく無い話しを続けた。


「キング様を失った私達には今、王がいない。だからアキラ……」


 言うな。その先は言わないでくれ。

 心の中で必死に願うも、セスは深く頭を下げてこう告げた。


「頼む、私達の新たな王になってくれ」

「……」


 セスの言葉に、俺は口を開く事が出来なかった。脳が考える事を拒否したんだ。


 それから何分経っただろう。

 誰も何も発さず、気まずい沈黙だけがこの場を支配した。


 俺は深く息を吐き出し、右手で顔を覆うと、囁くような声音で問いかける。


「何で……俺なんだ……」

「……私達の為に戦ってくれた事。絶望に立たされていた私達の心に、火を灯してくれた事。何より、キング様がアキラを認めた」

「……俺は人間だぞ、獣人でもない俺がテメェ等の王になれって可笑しいだろ!?大体、おっさんはそんな事考えて無かったかもしれないだろ。それに俺を王にって考えはセスだけだろ、他の獣人が認める訳がねぇ!」

「アキラを王にするのは、獣人わたしたちの総意だ」

「…………」


 真っ直ぐ強い眼差しで放たれたその言葉に、俺は何も返す事が出来なかった。

 拳を固く握り締め、俺は情けない声色でセスに頼む。


「セス……悪いが答えは出せない」

「アキラ……私達にはお前が必よ――」

「セス君、ちょっと図々しんじゃないのか」


 俺達の会話に入り込み、佐倉が刺すような鋭い言葉を飛ばす。


「影山に助けて貰っておいて、まだ強請ねだるっていうのかい?しかも君達の王にだって?それは虫が良すぎる話しだよ」

「それは百も承知だ。だが私達が再び立ち上がるには、アキラの力がッ」

「くどいですわよ。貴女の感情は理解出来る所もあります。けれど、そんな重大な決断を今話し、さあやってくれと言われても無理ですわよ。せめて、晃に考える時間を与えるべきですわ」

「……そうだな、レイカの言う通りだ。すまないアキラ、私が悪かった。また来る」


 佐倉と麗華に諭され、セスは俺に謝ると部屋から出ていく。彼女の白い耳と尻尾は、見るからに垂れ下がっていた。


「詩織、晃も無事に目を覚ました事ですし、わたくし達も一度出ましょう」

「何故だい?ボクはこれから影山とイチャつく予定なのだんだけど。勿論大人的な意味で」

「ハァ……貴女って本当に見境ないですわよね。いいから行きますわよ」

「おいこら、離せ!ボクは影山と……おい分かったからせめて服は着させろ!!」


 騒がしくしながら、麗華は佐倉は引き連れて部屋を出て行った。

 多分麗華は俺に気を使ってくれたのだろう。本当……出来る女だよ。


 女性達が出て行き、この部屋にいるのは俺一人だけ。


 いや、違うか。


 もう一人いた。


「ベルゼブブ、いるか」

『アア、いるぜ』


 俺の呼びかけにベルゼブブが応える。

 胸の辺りから細い線が伸びて、その先には醜く悍しい蝿の顔があった。


『よォアキラ、浮かない顔してやがるな』


 暴食の魔王ベルゼブブ。


 意志のあるスキル、七つの大罪スキルの一つであり、【共存】スキル者に宿る寄生中のような存在。

 いつも腹を空かしていて、口を開けば何か喰わせろと五月蝿く言ってくるワガママな居候。


 初めはただ邪魔なだけだった。

 自分の中にもう一人の人格がいるというのに違和感があり、ひたすらに気持ち悪かった。

 挙句に人の心を勝手に読んで茶化してくきて、プライバシーなんかあったもんじゃない。

 勝手に俺の身体を乗っ取るし、魔物を生で骨ごと食べるし、最悪でしかなかった。


 だけど、いつの間にかベルゼブブがいるのが当たり前になっていた。互いに憎まれ口を叩きながらも、共存生活が当たり前になっていったんだ。


 いつからか、とはハッキリ分からない。

 けど、きっと。

 数々の死闘を乗り越えて、互いを少しずつ認め合っていったんだと思う。


 今の俺達の関係は、身体を貸す宿主と寄生する寄生虫ではない。

 信頼し合い、認め合った、唯一無二の“相棒”。

 少なくとも俺は、ベルゼブブの事をそう思ってる。


 だからこそ俺は、今、ベルゼブブにこう問いかけた。


「ベルゼブブ……俺はどうしたらいいんだ?」


 ベルゼブブに言われた浮かない顔を両手で覆い隠しながら返答を待つ。

 少しの間があった後、その大きな口を開いた。


『アキラがそンな悩みを吐くのは珍しいじゃねえか』

「珍しくも何ともねぇよ。今までだって何度もあるだろ」

『つまンねぇ弱音はな。けどテメェは、悩む事はしなかった。自分がしたい事をし、自分が正しいと思った事を即座に行動してきた。その結果の良し悪しは関係ねぇがな。この世界に来た後でも、来る前でも変わらねぇ。それはテメェがそういう人間だからだ』

「…………」

『アキラと出会った時から気付いていた事をハッキリ言っておいてやる。テメェは頭のネジが狂った、人間の中ではイカれてる糞野郎だぜ』


 ……はっ、最初から思ってたのかよ。

 全然自覚が無ぇけど、ベルゼブブがそう言うんからそうかもしれねぇな。


 胸中でそんな風に感じていたら、ベルゼブブが長い舌を出しながらニヤリと醜悪に笑った。


『が、そンなアキラがオレ様好みでもあったンだぜ』

「……あん?」

『ツマラねぇ普通の人間だったら、オレ様はテメェを喰ってただろうな。だが、アキラはどこかぶっ壊れていて、人間にしては面白い奴だと思ったからここまで来た』

「それは……褒められてるのか貶されてるのか今一ピンとこねーな」

『褒めてもねーし、貶してもねー、事実を言ったまでだ。いいかアキラ、オレ様好みのイカれたテメェが珍しく悩んでるのは自分の事じゃ無いからだ。テメェに背負うもンが出来ちまったからだヨ』


 ……背負う、もの。


『どうしたらいい?だったか。テメェの質問に答えてやる前に、一つだけやる事がある』

「……何だよ」

『流石に腹減った。身体を貸しやがれ』




 ……おい、引っ張っといて結局それかよ。

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