第145話男なら身体でぶつかって来やがれ

 




『アキラ、今回ばかりはオレ様も力を貸してやる。と言っても、オレ様も全然喰ってねーから大した力は出ねーから期待はすンな』

「それでも助かる。正直俺じゃ、あのおっさんに1分も持たねぇ」


 ベルゼブブの提案に乗る晃。

 彼の右顔が蝿の形に変わり、肉体の右側部分も黒く染まり化物へと変貌する。

 その異形な姿に対面するヴォルフは面食らうも、納得がいったように肯いた。


「そうか……“お前もそうだったのか”。ならばやはりお前は生かしてはおけん」

(来るぞッ)

「ぉぉおおおおお!!』


 ヴォルフの姿が掻き消える。

 瞬きした時にはもう目の前にいて、右腕を引き絞っていた。


「ハッ!」


 顔面への強打。

 当たったら木っ端微塵確実のそれを、ベルゼブブが無理矢理頭を捻って躱すと、晃は右拳をヴォルフの左頬に打ち込んだ。


 クリーンヒット。

 した筈なのだが、ヴォルフはピクリともその場から動かなかった。


(効いてねぇぞおい!)

「本当のパンチを教えてやる」


 再びヴォルフが拳打を放った。

 速く鋭く、今度は避ける事は不可能。咄嗟にベルゼブブが甲羅シェルを纏わせて防御したが、衝突直後に破壊されてぶっ飛ばされてしまった。


「ぶッ』


 身体がくの字になって吹っ飛ばされる晃。何度も地面を転がった後に起き上がると、ガハガハと咳き込んだ。


(危なかった、ベルゼブブが防御してくれなかったら腹に穴が開いちまってたぜ)

『距離が出来たのはラッキーだ。オレ様が触手で動きを制限してやる。アキラはチャンスを狙え』

(了解)


 作戦を練ると同時に、ベルゼブブは右半身から10本の触手を放つ。速く不規則に迫ってくる触手を、ヴォルフは右手の甲で難なく全て弾き返した。


(……おいベルゼブブ、動きを制限してくれるんじゃ無かったのかよ)

『……あの糞野郎、まだ体力を残してやがる』

「こんなモンでオレを殺れると思ったのか。男なら身体でぶつかって来やがれ」


 ドンッと神狼は力強く地を蹴った。

 あっという間に晃との距離を詰めたヴォルフは、鋭い拳を放つ。

 その拳打を紙一重で躱すと、ベルゼブブの右拳がヴォルフの左脇腹へ炸裂。衝撃に一瞬目を見開くも、神狼は正面蹴りを繰り出した。


「ごフッ』


 まともに喰らった晃は再び吹っ飛ばされ背中から倒れる。

 尋常じゃない威力。一瞬で意識を刈り取られそうになった。

 それでも彼は身体に鞭を打って立ち上がる。


「ぺッ……化物かよ』

『アキラ、小細工は無しだ。もう猶予も無い、次の一撃に全てをかけろ」

「簡単に言ってくれんじゃねーの。けどまぁ、そうだな、踏ん張れるのも後一回ぐらいだ。なら、気張っていこうか』


 覚悟を決めた。そういう目だ。

 ヴォルフはニヤリと口角を上げると、腰を低く構える。


「いくぞ」



 ――来るッ!!



「狼拳!!」


 仕掛けたのはヴォルフ。

 低い体勢から、狩りを行う狼の如く地面を這うように突進。右手は獲物を捕らえる顎を象っていた。


「ナイフ!!』


 対する晃とベルゼブブは、右腕に刃を纏って重心を右側に傾ける。

 リーチの差。加え、腕を失ったヴォルフから見て左側から、首筋を狙った斬り上げ。

 晃が考え得る最善の一撃を繰り出した。


 眼前に迫り来る刃に、ヴォルフが取った行動は――。


「ァァガァア!!」

(――なッ!?』


 晃とベルゼブブは驚愕した。

 二人が放った渾身の斬撃は、ヴォルフの歯によって受け止められてしまう。

 この土壇場でソレを選択し行える胆力。

 恐れを知らぬ狼に晃が喫驚すると、ヴォルフは渾身の一打を放った。


「ハッ!」

「――ごはっ!!」


 胸に打撃を喰らった晃は糸も容易くぶっ飛ばされる。何度も地面に叩きつけられ、ようやく止まっても、彼の身体はピクリとも動かなかった。


(あ……やべぇ。身体に力が入らねぇ)

『悪ィアキラ、オレ様もガス欠だ』


 大の字で倒れ、大空を見上げる晃は胸中で呟く。どれだけ肉体を動かそうとしても、全く反応しない。いつもの気合いで何とかしようとしても、身体は応えてくれなかった。


 それは力を使い果たしたベルゼブブも同様。

 晃の窮地を気紛れで何度も救ってきた暴食の魔王も、今回ばかりはそういかなかった。

 彼は魔界に飛ばされてから瀕死の晃が死なないように自身のエネルギーを補給し続け、その上生きた魔物を一度も喰らっていない。

 その状態で戦争に発展してからも晃に力を貸して来たが、もう魔王の力を出す事も出来ないでいた。


 “二人”が敗北をしたのは、これが初めてかもしれない。

 そしてその敗北は、死を意味していた。


(あの野郎……咄嗟に身体を曲げて威力を殺しやがった。どんな神経してんだ)


 ヴォルフもまた、晃の戦闘本能に驚いていた。

 撃ち出した全力の貫手。本来ならば晃の胸を突き破り即死に追い込んでいただろう。だが彼は咄嗟に身体をくの字に曲げて、若干だが威力を殺している。


「でもまぁ……これで終わりだ」


 晃は倒れたまま。あの消耗具合だと立ち上がる事は不可能だろう。確実にトドメを刺してやる。

 倒れている晃に歩み寄り、ヴォルフは貫手を放――、


「フンッッ!!」

「ぐぉぉ!?」





 ――つ前に、大きな拳がヴォルフを殴り飛ばした。



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