第146話背中

 




 突然真横から殴られたヴォルフは地面に転がるもすぐ体勢を立て直して状況を把握する。

 そんな彼の目は大きく見開かれ、動揺を隠せないでいた。


「おいおい嘘だろ。何でテメェが立ってやがる…………キング!!!」


 自分を殴った人物の名を叫ぶ。

 ――そう、晃の窮地を救い、ヴォルフを殴ったのは死んだ筈のキングだった。


「グハハハ……ヴォルフ、お前のそんな間抜け面、初めて見たぜぇ」

「テメェ……」


 胸には大きな風穴が空き。心臓の音は確実に止まっていた。死んだ。誰がどう見てもキングは死んでいた。

 なのに何故だ。何故キングは生きている。生きて立っているのだ。


 キングの復活に、困惑の波紋は戦場一帯に広がった。


「キング様ッ!!」

「キング様ァァァァアア!!」

「ああ……やっぱりアンタはそうでなくちゃ……そうでなくっちゃなぁ!」

「お前等ァア!我等が獣王は死んでいない!!」

「「ォォォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」」


 獣人達は歓喜に包まれ、


「そんな……何でアレで生きてんだよ」

「奴は不死身なのか……?」

「クソッ!バケモンが!!」

「巫山戯るな……巫山戯るなよッ」


 帝国兵士は慄いていた。


 そして。

 混沌とする戦場で、キングは叫び声を上げる。



「聞けェェェェエエエエエエエエエ!!!」



 その叫び声は、大きく太ましく。

 アキラが放った叫びよりも、多くの者を魅きつける。


「“オレ様から最後の命令だ”!!そこでぶっ倒れている人間を連れて撤退しろ!!殿しんがりはオレ様がしてやる!!」


 倒れている晃を指差し、キングは続けて、


「いいか、絶対にその人間を――アキラを死なすんじゃねえぞ!!もし死なせたら、あの世でドツいてやるからなァア!」


 冗談を含めた獣王の言葉に、獣人達はすぐさま反論する。


「そんな……キング様、オレ達もまだ戦えます!!」

「そうだ、オレ達はとっくに死ぬ覚悟は出来ている!!どうせ死ぬならアンタの隣で死んでやる!!」

「キング様を残して逃れる訳ないじゃないですかぁあ!!」


 献身的な部下……いや仲間の声に、キングは心の中で、嬉しいねぇ……と呟くと、再び大きく息を吸い込んで、


「お前等ァァアア!!こんなガサツでいい加減なオレ様に今まで着いてきてくれて、ありがとよぉおおおお!!」

「……」

「……キング様」

「お前等の想いは全部オレ様が背負う。だからオレ様の最後の命令を聞いてくれねえか!!」

「……ッ」

「ぐっ……く」

「ハァ……ハァ……行けェェェェエエエエエエエエエ!!」


 最後の叫びに反応した獣人達は涙を押し殺しながら撤退準備を始める。その誰もが、倒れている晃を守るように囲っていた。


「アキラ!!」

「人間!!」

「お前等……」


 セスとシュナイダーが一早く駆けつけ、倒れている晃を二人で起こす。幹部の二人に続いて、他の獣人も次々と晃に力を貸していく。


「俺の背に乗れ、今のアンタ等じゃ逃げるのは無理だろ」

「すまない、頼む」


 サイ獣人の申し出に、セスとシュナイダーは晃を乗せ、セスも乗る。いや、彼女も乗った。


「アキラ様!!」

「マリア……」

「酷い怪我……今治療しますから」


 マリアも犀獣人の背に乗り、精霊魔術による治療を開始する。突然のエルフの出現にセスは驚くが、シュナイダーの大丈夫だという視線で察し、頷くと。


「行ってくれ」

「おう、振り落とされるんじゃねえぞ!」


 犀獣人の背に揺られながら、アキラはキングの背中を見つめる。

 大きい。なんて大きな背中なのだろうか。あの背中を見るだけで、力が湧いてくる。どこまでも着いていきたくなる。キングの背中には、言いようのない力が宿っていた。

 そんな彼に、ベルゼブブがこう告げた。


『目に焼き付けておけ。アレが、王の背中だ』

(……ああ)


 こうして、一人の人間の命を守る為、獣王軍団の撤退戦が始まった。






「キング、死人のテメェが生き返ってまであのガキを逃す理由がどこにある。そこまでガキが重要なのか」

「ゼェ……ゼェ……ハッ、アキラの価値についてはお前がよく分かってんじゃねえのか、ええヴォルフ?アキラは、アイツは……“王”になる男だ」

「……テメェがそこまで認めるのか。なら尚更あのガキは逃がさられねぇな」


 キングと対峙するヴォルフは、自軍の兵達に向けて号令を上げた。


「全軍に告ぐ!!あの人間を、絶対生かして返すな!!獣人諸共、粉砕しろ!!」

「「ぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」」


 ヴォルフの号令に帝国兵士の指揮が高まり、撤退する獣人達に追撃を仕掛けてゆく。

 が――この男が簡単に横を通らせる訳が無かった。


王脚アシ!!」

「「――ッ!!?」」


 キングが高く上げた脚を振り下ろすと、大きな地震と地割れが起きた。兵士達はまともに立っていられなかったり、地割れに飲み込まれてゆく。

 一度の攻撃で帝国軍の勢いを殺したキングに、ヴォルフは驚愕の表情を浮かべて問いかけた。


「テメェ……そんな死に体でまだそんな力が出せるのか」

「ガハハ……獣の底力を舐めんじゃねえよ。ヴォルフ、延長戦といこうじゃねえか。ここを通りたきゃオレ様を殺してみせろ」


 口角を上げながら楽しそうに言う獣王に、ヴォルフは冷や汗を浮かべながら絶叫する。


「一度倒れりゃもう立ち上がれねぇ!!数で攻めて打ち崩せ!!」

「「ぉぉおおお!!」」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る