第143話お前の仕業か

 




「そんな……馬鹿な!キング様が死ぬ筈がない!!」

「こんな、こんな事って……」


 両軍大将による壮絶な闘いの一部始終観ていた獣王軍団幹部のシュナイダーと、エルフのマリアは、キングの敗北という結果を受け止め切れず呆然となる。


 否――戦意喪失したのは二人だけではない。二人の闘いの様子を、目の前の敵と闘いながら窺っていた魔族の獣人達も、闘いを止めて倒れ伏すキングを見やって言葉を失ってしまった。


「そんな……嘘だ……」

「キング様が負ける訳がない……負ける訳がないんだッ……」

「キング様が負けた……て事は」

「オレ達が……」

「ワタシ達が……」

「「敗けた」」


 獣人達の心にポッカリと穴が空く。

 カランカランと、次々にその手に握っていた武器が落ちてゆく。彼等の身体は嘘のように力が抜け落ちてしまった。




「やった……やったぞ!」

「団長が獣王を倒したんだ!!」

「俺達の勝ちだ!」

獣人やつらはもう戦う気力が残っちゃいない!!このまま攻め上げぞ!!」


「「ぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっっ!!!」」


 打ち拉がれる獣人達とは対照的に、帝国の兵士はヴォルフの勝利に歓喜し、剣を掲げ勝鬨を上げた。

 彼等は獣人てきを一匹残らず根絶やしにするまで闘いを止めないだろう。


 それが戦争だ。戦争というものだった。


 戦意喪失している獣人達へと、帝国兵が蹂躙を開始する――その時。


蝿王ベルゼフィスト!!」


 空から怪腕が放たれた。


「くっ」

「ぉぉおおお!!」


 影山晃が放った巨大な拳を、ヴォルフは残っている右腕で受け止めようとする。しかし意外に重く、耐え切れず吹っ飛ばされてしまう。

 が、流石は神狼と言った所か。無様に背中を着ける事なく、両足で地面に着地した。


 そして、突然現れた黒髪の人間に銀の瞳を向けつつ、何者であるかを問うた。


「おいクソガキ、テメェは誰だ」

「晃だ」

「アキラ……?」


 恐らく名前だろう。

 だがヴォルフには、獣王軍団にアキラという名の人間がいる事も、ましてやヴォルフを吹っ飛すほどの実力者がいる事も把握していなかった。

 疑問を抱いて怪訝な表情を浮かべていると、倒れ伏すキングに一人の獣人が駆け寄る。


「キング様!そんな……キング様ァァ!!」


 キングの身体を抱き締め、慟哭している獣人は獣王軍団幹部の一人、『王脚アシ』のセスであった。

 彼女の出現に、ヴォルフが初めて困惑の表情を見せる。


「何故アシがここにいる。お前はビートの相手をしていた筈だ。おい待て、まさかビートが負けたのか?」


 いや、そんな筈は無いと神狼は即座に否定する。彼が知っている情報では、セスは原獣隔世すらしていない幹部の中でも最弱だ。仮に闘いの中で進化を遂げ、原獣隔世を経たとしても、闘神招来したビートには敵わない。

 そう断言出来るほど、ヴォルフはビートの実力を買っている。


 けれど、この場にビートがおらずセスがいるというのは隠しようがない事実だ。ビートがセスを生かしたまま逃す筈がない。という事は、ビートはやはり敗北を喫したのだろう。

 ならば、セスが原獣隔世した意外にビートが敗れる原因がある筈だ。


 そこまで考えて、ヴォルフの脳裏に納得のいく答えが閃いた。

 彼はセスから視線を外し、鋭い眼差しで晃を睥睨する。


「クソガキ……お前の仕業か」

「あ?」


 ヴォルフは今までの記憶を呼び覚ます。


『“エルフの森にはヤバい奴がいる”。たった一人の人間のガキに、三百の兵を無力化され自分テメーも負けた。ベリバーの話だと、相当ヤベーらしいぞ。俺でも勝てるか分からないって言ってやがったからな』


『何……?ローザがやられただと?』


『おいヴォルフ、『赤鬼ローザ』はどうしたんだよ?』


 全ての点が繋がった。


 千人隊長ベリバーが忠告してきた化物。

 三番隊隊長ローザと二万の兵を退しりぞき。

 恐らくビートをも撃退した人間の少年。

 ヴォルフ陣営を掻き乱した不可解な存在。


 その正体は――今ヴォルフの目の前にいる黒髪の少年、アキラだった。


 こいつだ、こいつに違いない。

 そう確信したヴォルフであったが、どうしても答えが欲しくて晃に尋ねる。


「ローザとビートを負かしたのはお前か」

「ああ」


 感情も無く、淡々と事実を述べる晃にヴォルフはこう思う。



 ――こいつは強い。



 全く同じ事を、晃も感じ取っていた。


『おいアキラ、ヤる前に言っといてやる。今のお前じゃあの野郎には絶対に勝てねぇ』

(んな事ぁ分かってんだよ、それでもやんなきゃなんねーだろ)


 七つの大罪スキル、暴食の魔王ベルゼブブの警告に、晃は脳内で悪態を吐いた。


 銀狼騎士団一番隊隊長ビートとの激戦で、晃は力を使い果たしている。スキル解放は疎か、魔王の権能すら満足に扱えない。

 ヴォルフに不意打ちした怪腕ベルゼフィストは、残りカスを搾った僅かな力であり、もう余力は残っていない。


 だがそれはヴォルフとて同じだろう。

 全身ズタボロで、左肩から先がない事がキングとの死闘が物語っている。だとしても、晃が勝てる可能性は零だ。


(渾身のベルゼフィストを片腕で防ぎやがって……どうやっても勝てる気がしねぇぞ)


 彼らしく無く、心の中で弱音を吐いてしまう。

 ベルゼブブが言った“今のお前じゃ勝てない”という意味は、晃の状態が万全ではないからという訳ではない。

 “今の晃の実力では勝てない”という意味だ。


 今では晃も、ある程度対峙しただけで相手の力量を測れる。自分を怖い顔で睨んでいるヴォルフの力は、アウローラ王国王宮内で出会った第一騎士団団長ブラッドに匹敵する。


 魔王アルスレイア程の絶望感は無いが、ローザやビート等とは比べようが無いほど実力がかけ離れている。

 あの二人にですら命を懸けてギリギリ勝利をもぎ取った晃では、到底敵う相手ではなかった。


 ――それでも尚、彼の頭に退くという選択は無かった。


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