第142話強敵――友――よ

 




「肆!」


 キングに接近し、ヴォルフは四本指となった貫手を打ち込む。

 速く、鋭い。回避は間に合わないと踏んだ獣王は防御を選択。内功を高め攻撃に備えた。


 だが――、


「グォッッ!」


 渾身の貫手はキングの硬い筋肉を貫いた。

 右胸部を打たれ、激痛が身体を襲い、鮮血が舞い散る。

 しかし、この程度で怯む獣王ではなかった。


王牙キバ!!」

「が……ぁッッッ」


 肉薄しているのは此方も同じこと。

 右胸部から手を抜いて連撃を打ち込もうとしていたヴォルフに、キングは獅子の噛み付きを見舞わせる。

 ヴォルフは回避を試みたが、力強く強靭な噛み付きは触れただけでも凶器となり得る。牙が擦り、右腹部の肉が削ぎ落とされてしまった。

 これには流石の神狼も呻き声を漏らしてしまう。

 だが、彼は既に攻撃準備に入っていた。


「参!!」


 跳躍したヴォルフはキングの背中目掛け、咆声と共に三本指による貫手を打ち込む。


 ――無防備な背中にあの攻撃を貰ってはいけない。


 本能の呼び掛けに応えた獣王は紙一重で貫手を躱しその場から離脱する。ヴォルフが放った貫手が地面に激突すると、ドゴオォ!!と重音を響かせ地表が激しく割れてしまった。


(躱されたか!)

(もう三本か!)


 ヴォルフの“数え狼拳”は五本指から始まり、指が折られていく度に威力が増していく貫手だ。

 その破壊力は、今までの激闘でキングの身体が身に染みて理解している。


 だがあの技は諸刃の剣。

 威力が増す度に、膂力が上がる度に肉体を蝕んでいく。筋繊維は裂かれ、負担も大きい。

 けれどヴォルフは承知の上で、構わず放ってくる。


 最後の一本を凌げば、キングの勝利だ。

 凌げれば、ではあるが。


「ガァァァアアアアアアアア!!」


 キングは身を低くしスタートの構えを取り、四本の脚に全力を注ぎ込む。


 ドッッッッッッ!!

 と全ての脚で力強く地面を蹴り上げた。


王脚アシ!!」


 パンッと空気が爆ぜる。

 太く大きく強靭な四脚で跳ねたキングは疾く、そして凄まじい勢いの突進でヴォルフへと迫る。

 弾丸の如く発射された巨躯は、如何なる岩壁をも粉砕する威力を誇っていた。


「――弍」


 だが、ヴォルフは逃げる事は無く右腕を弓矢の如く引き絞り、獅子の突進を迎え撃とうとしていた。


「ァァァァアアアア!!」

「ぉぉぉぉおおおお!!」


 全身全霊の突進と貫手。キングの額とヴォルフの二本指が触れ合ったその刹那、けたたましい雷鳴が轟く。


「ぅぐっ!」

「ゥガッ!」


 衝撃によって両名の身骨は何十本折れ、ひびが走り、切れた表皮から鮮血が飛び散った。


 ――それがどうした。


 今の一撃で二人は決着を着けようとしていた。けれど目の前の敵が未だ立っているならば、身体が悲鳴を上げようが関係ない。


 この身が砕け散ろうとも、何度でも終局の一打を叩き込んでやる。



「「…………ッ!!」」



 踏み込めば手が届く距離で、二人の男の視線が交錯する。


 回避、防御、距離を取って、懐に飛び込んで、上に跳ぶ、旋回、爪で薙ぐ、蹴り上げる、身体を逸らす、噛み付く、受け流す、咆哮、カウンター、尻尾で――


 その一瞬で何十手先の攻撃を読み合い、二人は最善と判断した攻撃を同時に仕掛ける。


「壱ッ!!!」


 踏み込んだ右脚と共に、一指の貫手をキングの顎目掛けて突き上げる。その一手を選んだのは、獣王が噛み付きを選択すると読んだからだ。


 そして、ヴォルフの読み通りキングは噛み付きを選択した。獣王の攻撃が勢いに乗る前に顎を貫く。


 ――そうするであろうと、キングは読んでいた。


「―― ――ッ!!?」


 ヴォルフが驚愕の表情を浮かべる。

 彼が放った最善の貫手は、キングが首を捻らした事で躱されてしまった。

 いや、完璧に躱された訳ではない。人差し指の先端が左頬の肉を削ぎ落とし、左耳を消し飛ばした。


 それでも尚、最善の一撃を与えたのはキングであった。

 彼はヴォルフの左肩に喰らい付き、グシャリッと噛み砕く。シャァアア、と、鎧と鮮血が舞い散った。


「オレ様の勝ちだ、ヴォルフ」


 読み合いを制し、最後の貫手を回避して神狼に致命傷を与えた獣王は勝利を確信して宣言する。


 この闘いを観る誰もがキングの勝利を疑わなかった。

 たった一人――ヴォルフを除いて。


「バーカ」

「……ッ」


 ヴォルフは再び右腕を引き絞る。

 そして、“最後の一撃を放った”。


「零」


 ドゴンッッッ。

 限界まで収縮された拳打が、キングの腹部を大きく穿いた。

 肉片は鮮血と共に打ち上げられ、「ガハッ」と獣王は大量に吐血する。


 全身に力が入らなくなり、ズルズルと横向きに倒れていく。原獣隔世は解かれ、元のキングの身体になる。彼の肉体は既に、瀕死の状態だった。


「はぁ……はぁ……」


 闘神招来を解いたヴォルフは、荒い呼吸を繰り返しながら、失った左肩から溢れる血を止める為に、口と右手を使い服を千切ってギュッと縛る。それでも少量の血は漏れ続けているが、気休め程度にはなった。


 そんな彼へと、キングは消えつつある意識の中で問いかける。


「零……なんて、知らガハッ……ねぇぞ」

「……お前に勝つ為に鍛えたんだよ」

「ハッ……そりゃ、嬉し……ぃ」


 言葉は最後まで続かなかった。

 キングの意識は完全に失った。心音も聞こえてこない。

 ヴォルフはキングを見下ろしながら、溢れるような声音で呟く。


強敵ともよ、安らかに眠れ」


 『獣王』キングは――死んだ。

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