第140話運命を、見定めに来ました

 




「ぉぉぉおおお!!」

「ガァァァアア!!」


 銀狼騎士団団長ヴォルフと、獣王軍団獣王キングによる壮絶な激闘が繰り広げられていた。


 拳を合わせる度に大気が悲鳴を上げ、地を駆ければ穴が空く。余波で地形を変えてしまう災害級の闘い。

 その渦中にいる二人は、心底楽しそうに殴り合っていた。


「へばってねぇだろーなぁ!キングよぉお!!」

「お前こそ疲れてきたんじゃないのか、ヴォルフ!!」


 技も駆け引きもない、純粋な力だけの勝負。

 迫る拳を避けて守って。殴り殴り返すだけの子供でも出来る喧嘩。

 しかし彼等が打ち出す拳は恐ろしく速く、誰よりも強い。

 そんな応酬を、既に30分以上も続けていた。


「これが闘いだ!これこそが闘いだ!圧倒的な実力差なんてつまらねぇよな!シラけるよな!おいキング、俺の血は今、久々に熱くなってるぞ!!対等に闘えるお前に、全身の細胞が喜びを上げてるのが分かる!!」

「やけに饒舌じゃねえか。そんなに飢えていたのか!!」

「ああ、腹ぺこで死にそうだった。テメーを喰う為に、ずっと我慢してたんだよ!!」



 戦いが好きだ。

 闘いが好きだ。



 自分よりも強い敵と戦ってきた。

 何度も死にそうになった。

 血反吐を吐き散らしながら勝ってきた。

 勝つ度に強くなった。


 その繰り返し。

 毎日毎日毎日毎日同じ事を繰り返す。

 戦って、闘って、戦って、闘って。

 そしたら、いつの間にか軍隊の頂きに辿り着いていた。

 気付いたら、誰も自分に勝てなくなった。

 知らぬ間に、本気を出さなくても勝てるようになった。


 命を削るような、頭が沸騰するような、心が熱く燃え上がるような戦いをしてくれる敵がいなくなった。

 あれだけ楽しかった、胸が踊っていた戦いがつまらくなった。一撃で終わる蹂躙に心が虚しくなっていく。


 最強とは孤独なのかもしれない。

 自分の本気を受け止めてくれる者がいないのだから。


 ――では、最強が二人いたら?


「おおおおおおおおおおおおッ!!」

「オオオオオオオオオオオオッ!!」


 ヴォルフとキングの拳が激突する。

 その力は互角で拮抗していて。

 拳を合わせている二人の口角は、限界まで吊り上がっていた。



 ヴォルフとキングは、何度も戦ってきた間柄だ。自分と対等に戦える、本気を出せる宿敵と言っていいだろう。

 今まで幾度も命を削り合う戦いを繰り広げてきた二人。しかしいずれも、決着がつく事はなかった。


 だが、今日。

 二人はどちらかの命が尽きるまで闘うだろう。

 死ぬ覚悟は、もう出来ていた。


「ヴォルフゥゥゥゥゥゥウウウウウウウウウウウ!!」

「キングゥゥゥゥゥゥゥウウウウウウウウウウウ!!」


 男と男の殴り合い。

 周囲の地形を破壊しながら行われる前人未到の死闘ケンカを前に、誰もが動けず遠くから見守っていた。


「神狼とキング様……何という凄まじい戦いなのだ。次元が違い過ぎる……」

「すいません、少しよろしいですか」

「お前は……」


 王爪ツメのシュナイダーが二人の強者の戦いに身体を震わせながら眺めていると、一人の少女が声をかけてきた。

 その声に反応して視線を向ければ、そこにいたのはエルフの少女、


「私はマリアです。シュナイダー様の傷を治させて下さい」


 マリアだった。


「ワタシはエルフのマリア、貴方の傷を治させて下さい」


 簡単な自己紹介を終えると、マリアはシュナイダーの了承を得る前に、勝手に治療を始めてしまう。水の精霊ウインディーネの力を借りて、シュナイダーの傷を癒していく。

 その治療行為にシュナイダーは驚愕した。


(精霊術による治療だと……この女、マリアと言ったか。これほどまでの精霊治療術を扱えるとは……)


 エルフの中でも精霊術を使える者は少ない。使えたとしても、風精霊シルフ火精霊サラマンダーによる自然攻撃程度だろう。

 水精霊ウインディーネによる治療術はかなりの高等術だ。それをこんな若い少女が扱える事に、シュナイダーは驚いていた。

 深い傷が塞がると、シュナイダーはマリアに礼を告げる。


「すまない、助かった」

「ワタシは自分の出来る事をしたまでですから」


 小さく微笑むマリアは聖母のような微笑を浮かべる。一瞬見惚れてしまったシュナイダーだったが、頭を振ってマリアに問いかける。


「どうしてこんな戦場に来たのだ。お前のようなエルフでは、命が幾つあっても足らんぞ」


 彼女の身を案じた忠告に、マリアは真剣な表情で二人の強者を見つめながら、こう答えた。


「これからの運命みらいを、見定めに来ました」

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