第139話力を貸してくれ

 



「助かった。だがアキラ、お前は大丈夫なのか」

「めっちゃ痛いし気絶しそうになったけど、大丈夫って言えば大丈夫かもな」

「お前の身体はどうなってるんだ……本当に人間か?」


 焼死体に見えなくもない身体があっという間に再生していく様子に驚くセス。

 前々から、魔王の力によって傷を治したり欠損した四肢を再生する事は可能だった。

 ただ怠惰の魔王ベルフェゴールの魂の一部を喰らってからというものの、再生能力が大幅に増している。


 だからといって好んで自傷する気にはなれないが、すぐに戦える状態に回復出来るのは俺にとって大変助かる。


「半分人間で半分化物みたいなもんだ、気にすんな。それよりセス、今がチャンスだぜ」

「何を呑気な事を言っている。奴の大技を受けてよくそんな馬鹿な事が言えるな」

「あれはなりふり構ってられなくなったからだよ。ようは余裕が無くなったんだ。俺が与えた脚へのダメージ、相当キテるっぽいな」


 そう断言出来るのは、今までのビートの性格を分析した上での発言だ。

 奴は自分の速度スピードに誇りがあり、高速の世界で闘うのが至福な変態野郎である。そんな速さに拘りを持つビートが、広範囲の大技を繰り出さなければならないのは、速さ勝負じゃ部が悪くなったと言ってるようなもんだ。


 脚を狙って正解だったぜ。

 ローザが言ってたが、闘神招来とやらは無意識の中でも本能が勝手に反応し、意識外の攻撃をも完全防御するチート強化だからな。頭や心臓を狙っていれば確実に防がれていたが、脚への反応は僅かに遅れていた。


 そう説明すれば、セスは関心したように、


「たった一度の攻撃でよくそこまで分かるな……」

「相手をよく見ろ。自分より強い敵とやり合うのに、ただ漠然と戦ってちゃ勝てる訳がねぇだろ。頭を使え、思考を止めるな」

「……承知した」

「理解したなら作戦言うぞ。今のビートになら俺でもついていける。何とか隙を作るから、お前はそこをつけ」

「やれるのか……?」

「やるさ。ただ、セスも一撃で決めようとか思うなよ。まずは当てて、少しでもダメージを与えるんだ」


 作戦を伝えると、セスは静かに首肯した。

 それを横目に、俺は地を蹴って真っ直ぐにビートへ猛進する。


「雷閃!」

「ナイフ」


 ビートが放つ雷の斬撃を紙一重で躱しつつ、更に前へ。

 両腕にナイフを纏い、接近戦に持ち込む。


 激しい剣戟の応酬。

 だがビートの槍撃にさっきまでの速度は無い。俺でも互角に渡り合える。注意を引き、両手を塞いでしまえば隙は生まれる。


「ハァ!」

「ぐっ……!?」


 斜め後方からセスの爪撃が強襲。反応したビートは雷となって回避を試みようとしたが、爪の方がタッチの差で早かった。


 離れた距離にいるビートの肩から赤い血が滴っている。

 逃さない。畳み掛けてやる。


「ぉぉおお!!」

「雷砲!」


 肉薄しようと迫る俺に、ビートは雷の砲弾を撃ってきた。砲弾に飲み込まれた俺の身体が、一瞬で消滅してしまう。


「――何!?」


 消滅した俺の身体は、セスが作った雪の分身だった。いや、分身はそれだけではない。

 俺とセスの分身が、ビートの全方位を取り囲んでいた。


 百を超える分身に取り囲まれている事を確認したビートは、槍にエネルギーを充填する。


(そうだよな、そうするしかないよな)


 傷を追う前の奴だったら、慌てる必要も無く全ての分身を迎え撃っただろう。しかしそれが出来ない為、広範囲の大技で纏めて吹っ飛ばすのが手っ取り早い。分身に隠れている本体おれたちにもダメージを与えられる。


 ――そう思ってるよな。


「雷轟!」


 帯電した槍を地面に突き刺し、地面から雷が巻き上がる。それに巻き込まれた分身は全滅するも、そこに本体は居ない。


 何故なら俺とセスは、雷轟の射程距離より離れた上空で、エネルギーを溜め込んでいたからだ。


 俺達は真下ににいるビートへ、溜め込んだエネルギーを撃ち放った。


「「ウルフェンハウル!!」」


 黒と白の咆哮波がトグロを巻き、ビートに襲いかかる。回避は間に合わないと判断したビートは、空に向けて槍を振り上げた。


「雷龍ッ!!」


 槍から放たれた雷の龍が、白黒の咆哮波と衝突し、拮抗する。

 いや――僅かに押されているのか!?


 野郎……まだこんな力を残してやがったのか。二人がかりの全力の咆哮が押し負けるってどういう事だよ。


 ヤバい。

 ここで押し負けたら死ぬのは俺達だ。この競り合いは、何が何でも勝たなくちゃならなねえ。


「後先考えるな!全部の力を注ぎ込め!」

「ッ!」


 叫びに反応したセスは、目で分かったと告げて更に出力を上げる。俺も、身体にあるエネルギーを全て咆哮に注ぎ込んだ。



「「ハァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!」」



 力を増した咆哮が雷の龍を押し返し、飲み込んでいく。そのまま、ビートがいる地上へと着弾した。



 ――ゴォォォオオオオオオオオッ!!!



 大爆発が起こり、地表が吹き荒れ、砂嵐が巻き上がる。

 あの威力の攻撃をまともに受けて無事で済む筈がない。常識に考えれば肉体が木っ端微塵に爆散してるだろう。


 誰もが勝ちを確信する。

 俺は絶対にしないけど。


「オラァァア!!」

「アキラァ!!」

「ナイフ!!」


 爆煙の中から瀕死寸前のビートが槍を持って飛び上がってきた。奴の行動を読んでいた俺は、自然落下しながら右腕にナイフを纏って迎え撃つ。


「「ぉぉおおお!!」」


 ビートも俺も強化は解除され、互いに素の状態だ。エネルギーを使い果たした上に、肉体は傷だらけ。動けるのが不思議な状態で尚、俺達は何かに突き動かされ刃を振るう。


「この俺が……負ける筈がねぇ!!」

「じゃあ負けを教えてやるよ!!」


 落下しながら刃と槍を重ねる。

 だが空中では決着が付かず、俺とビートは地上に降りてからも血を流しながら目の前の敵を斬る事を止めない。


「ハァア!!」

「ぁがッッッ」


 不意打ち気味に放ったセスの右上段蹴りが決まり、ビートを呻き声を漏らしながら後退する。

 セスも強化が解かれ元通りになっている。武器も無いので足技に頼るしかないみたいだ。

 けど今の彼女は息も荒く、今にも倒れそうだった。


(立ってられるだけでも凄ぇよ)


 胸中で感心する。

 俺が初めてスキル解放した時は、反動で身体も動けず悶絶してたからな。どんだけ心が強いんだって。


「これで最後だ、気張れよ」

「ハァ……ハァ……」


 返事も返けないほど消耗してるのか。

 けど目には闘志が宿ってる。セスはまだやれる。

 しかし次の攻防が最後になるだろう。それはビートも理解しているのか、腰を引く下ろして静かに構えている。


「……」

「……」

「……」


 一瞬の静寂。


 …………。


 ……来るッ!


「ハァァァアア!!」


 裂帛の雄叫びを上げながらビートが距離を詰めてくる。その視線の先は――セスだ。


「ぉぉおお!!」


 彼女へ向かう槍を弾こうとナイフを振るう。

 しかし突き出された槍は引っ込められ、身体が反転。

 体勢が崩れた俺へ渾身の刺突が繰り出された。


 セスへの攻撃はブラフ。必ず俺が庇うと予測したフェイント。放たれた槍先は俺の心胸を貫――けない。


「――ッ!?」


 分かってたよ。

 お前が俺を釣ろうとセスを狙った事ぐらい。そして、一撃で仕留める為に心臓付近きゅうしょを狙う事も。

 だから俺は胸の部分だけに、残った力で甲羅シェルを覆わせた。まんまと術中に嵌ったのはお前だよ。


 嗤いながら吹っ飛ばされる俺を見て驚愕するビート。そんな彼の横で、全身全霊の蹴撃が放たれた。


「ハッ!」

「―― ――ッ」


 側頭部に凄まじい蹴りを喰らったビートの身体が宙を舞い、地面に倒れる。

 今度こそ意識を刈り取った。


「ハァ……ハァ……ハァ……」

「よく俺の狙いが分かったな」


 立っていられず地面に手を付ける彼女の元は近寄り、手を差し出す。セスは俺の手を握りながら、


「アキラが言ってたではないか。隙を作るから私が決めろ、と。私はその言葉を信じたに過ぎない」

「……上出来だ」


 踏ん張ってセスを立ち上がらせる。

 すると彼女は、申し訳無さそうに口を開いた。


「すまないアキラ、もう少しだけ私に付き合ってくれないか」

「別にいいけどよ、こんな身体で何すんだよ」


 満身創痍な身体を指して言うと、セスは覚悟を決めた表情でこう言った。


「キング様の元へ向かう。力を貸してくれ、アキラ」

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