第137話越えられない壁なんてないんだ

 




(何故私は、ここで見ている事しか出来ないんだ……)


 悔しくて拳を握り締める。

 爪が肉に食い込み、血が滴る。


 本来なら、ビートと闘うのはセスでなければならない。獣王軍団三幹部の一人として、自分が食い止めなければならないのだ。

 しかしその場所にいるのは、人間である晃。

 魔族とは何の関係も無い彼が、セスの代わりに命を賭して闘っている。


 ――それを、ただ眺める事しか出来ない。


(巫山戯るなッ……どうして私は弱いんだ!?)


 現時点でのセスではビートと晃の闘いに付いていく事は不可能。辛うじて姿を追えるが、身体が追いつかない。あの速度に対応するのは、今の実力では俄然無理な話だった。


 ――では、こうして見ている事しか出来ないのか?


(それしかないじゃないかッ。今私が無理に加わった所でアキラの邪魔になるだけだ。なら、黙っているのが最良の判断だ)


 自問自答を繰り返す。

 自分が戦えない、戦ってはいけない理由を、言い訳を次々と思い浮かべる。



 ――だって、仕方無いじゃないか。



「私は……弱いッ」


 そうやって惨めったらしく俯くセスに、晃は問いかけた。






「本当にそう思ってんのか?」






「―― ――ッ!?」


 ガギィィィィ!!

 と、セスの眼前でけたたましい剣音が鳴り響く。その剣戟音と言葉に反応したセスは、俯いていた顔をすっと上げた。


 そこには鎧の至る所が弾け、血に塗れた晃の姿。

 彼はギィギィと、ビートの槍と鍔迫り合いをしていた。

 ビートがセスの存在に気付き、軽口を言う。


「何だ王脚アシ、まだいたのかよ」

「――ッ!!」


 その言葉は、その眼差しには、セスへの興味が一切感じられなかった。路傍に転がってる石ころと同じで、視界にすら入らない。

 彼女にあった残りカスの闘争心が、徐々に失っていく。


 ――前に、晃は再び彼女に問い掛けた。


「そんな感じに言われてっけど、アンタはそれでいいのか?」

「な……にを……言って……」


 何を言っているのか理解出来ない。

 酷く混乱する彼女に、晃は続けて言葉を紡ぐ。


「どうせアンタは、自分が弱いからそうやって突っ立ってる事しか出来ない……とか思ってんだろ。邪魔しないで見ていた方が賢明な判断だ、とかな」


 見透かされている。

 人間の少年に、セスの弱さが露呈されている。


「けどアンタは一つ履き違えてる。これは“誰”の闘いだ?アンタの、“セス”の闘いじゃないのかよ」

「……ッ!!」

「俺はアンタに力を貸してるだけであって、お守りをしてる訳じゃあねぇんだよ」


 重い。

 晃の言葉が、セスの心に重くのし掛かってくる。


 そうだ。

 これは誰の闘いだ。

 言われるまでもなく、セスの闘いだ。

 キングに命じられ、ビートの足止めをする、自分自身の闘いじゃないのか。


「おいおい、そんな雑魚に構ってんじゃねーよ!今は俺と戦ってんだろーが!!」


 意識をセスに向けている晃に怒りを覚え、閃光の刺突を放つビート。だが晃は、そこから一歩も退く事も無く、傷を負いながらもビートの猛攻を捌いていく。


「弱さに打ち拉がれるのは仕方無ぇよ。誰にだってそんな時はある。けど、闘いの最中でしたら駄目だろ。後悔は死んでからやれ。死ぬまでは最後まで足掻け、目の前の敵に食らい付け」


 何度も敗北してきた。幾度も死の淵に立たされてきた。

 けれど晃は、生を諦めた事など無かった。


 例え敵が、己より遥かに強大であっても。

 四肢を失おうとも、肉体が悲鳴を上げようとも、勝利への活路を見出そうとし、絶望に負けず、数々の試練を乗り越えてきた。


 そんな晃だからこそ、口にして言える。



「越えられない壁なんてないんだ」



 晃の身体から舞った血がセスの頬を濡らす。


「どんなに高かろうと壁は越えられる。だけどな、越えようともしないクソったれな奴は一生掛かったって越えやしねぇんだよ」

「…………アキラ」

「ならいつ越えればいい?ずっと先か?それとも死んだ後か?」


 ビートの攻撃が加速する。

 晃の防御が間に合わない。それでも尚、晃はその場に留まりセスへの鼓舞を止めようとはしなかった。


「今だよセス、今なんだ。今越えられない奴が、どうして壁を越えられる」

「いつまでそいつに構ってやがる!俺を見やがれ!!」


 ビートが距離を取る。

 槍に莫大なエネルギーを収束させ、彼は晃目掛けて一気に解き放った。


「雷砲」


 雷の砲撃が、地面を焦がしながら光速で突き進む。晃は回避を選ばず、深く腰を落とし、前面に巨大な甲羅シェルを展開して待ち構えた。


 雷光が甲羅に衝突し、けたたましい轟音が鳴り響く。防御は出来ているけども、膨大な熱を防げず、晃の身体は焼かれていった。

 尋常じゃない激痛が身体中に襲いかかるが、晃は一度も叫び声を上げなかった。


「……ア、アキラ……」


 雷光は消える。

 晃は耐え切った。

 しかし彼の全身は炙られ、煙が吹き出している。丸焼きになった状態で、晃は口を開いた。



「戦え、セス。ビートにじゃなく、自分に打ち克て」



 その背中は。

 その背中は小さく、今にも崩れて落ちてしまいそうだけど。


 セスの瞳に映るその背中は、獣王キングの背中よりも大きく、雄々しく、気高かく見えた。


「私は……愚か者だ!!」


 叫ぶ。


「何が弱いだ!何が仕方無いだ!!」


 叫ぶ。


「弱いからなんだ!それを戦わない理由にしてどうする、馬鹿なのか私は!?」


 叫ぶ。


「私はセスだ!獣王軍団幹部の一人、王脚のセスだ!!この闘いは、私の闘いだ!!」


 叫んだ。


「もう迷わない、もう逃げない!アキラ、すまなかった!!私も闘う!いや……私が闘う!!」


 闘志に溢れた言葉を聞いて、晃は口角を上げる。魔王の力で焦げた肉体を再生させながら、彼女の覚悟を待ち望んだ。


「私は今ここで、壁を越える!!」


 熱い。

 頭が、身体が、心が熱く燃え上がっているのが分かる。本当の自分を曝け出せと、本能が叫び声を上げていた。


 本能の赴くままに、セスは己を解放した。



「原獣隔世――【真白狼】!!」



 ――光る。

 セスの全身が眩い光に包まれる。その輝きは進化の兆し。壁を越えた証明。


『アキラにしては、随分甘かしたじゃねえか』


 晃が背中に強い力を感じて小さく笑っていると、脳内でベルゼブブが茶化してくる。彼は反論する訳でもなく、素直な気持ちを言葉に出した。


「そうかもしれねぇな。昔の俺を見ているようで、何かほっとけなかったんだよ」

『ハッ、笑わせるなよアキラ!昔っておい、オレ様と出会ってまだ半年も経ってねーのによく言えたなァ!』

「そうか……まだそれぐらいしか経ってないのか。俺的にはもう、数年は生きている気がするぜ」


 それだけ、異世界に転生してからの日々は濃密だった。柄にもなく懐かしんでいると、暴食の魔王も晃の感情に触れて、一瞬の日々を思い出しながら優し気な声音で言う。


『確かにな。アキラに寄生してからは退屈しない毎日だった』

「……俺達最終回みたいな会話してるけどよ、本番はこれからなんだよな。冗談はこれくらいにして集中するか」

『ハッ、ワカッてるじゃねえか。おいアキラ』

「あん?」

『負けんじゃねーぞ』


 魔王の命令に、晃は勝ち気な笑みを浮かべて、


「当たり前だ」

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