第131話私に力を貸してくれ

 



「そらそらそらぁ!どうした王脚アシぃぃ!このままじゃ終わっちまうぞ!!」

「ガハッ!」


 ビートの槍撃に成す術も無く防戦一方のセス。いや、逆にこれだけ多くの攻撃を受けてまだ命を保ってる事が不思議だった。


 彼女の体躯は血だらけで、空気を吸い込むのも辛いほど疲弊している。それでもセスが倒れないのは、ひとえに幹部である矜恃と獣人としての誇りにかけてであった。


 不意に、ビートの足が止まった。

 ガンッと槍の柄を地面に叩きつけると、つまらなそうな表情を浮かべて満身創痍のセスに問いかける。


「なぁアシ、お前は原獣隔世は使えないのか?」


 魔族に伝わる伝説の肉体強化。

 そんな強化方法が実在するのを、ビートは勿論周知していた。そして、魔王軍四天王を含め、その配下である幹部達も扱える事を知っていた。


 だから問うた。お前は使えるのか、と。


「……」

「ちっ、拍子抜けだぜ」


 沈黙を肯定と捉えたのだろう。ビートは苛立たし気に舌打ちを放つ。

 彼の思う通り、セスは原獣隔世を扱えない。その扉を、未だ開けていなかった。


「ハァ……ハァ……」

「折角歯応えがある奴と戦えると思ったのによ、時間の無駄だったぜ」


 五月蝿い、と。セスは胸中で毒付いた。

「原獣隔世を扱えない弱者」、そんなことは誰よりも自分がよく分かっている。

 幹部の器でない事も、悔しい程理解している。


 けどそれでも、主人は……キングはセスを幹部に迎えてくれた。自分の力が必要だと言ってくれたのだ。


『勝たなくていい。セス、お前には『神速』の足止めを頼みたい。その間に戦況を有利にする。その為には、誰かがあの野郎を止めてなくちゃなんねぇ』


『承知致しました。『王脚』の名に懸けて、奴を前には出させません』


『ああ、頼んだぜ』


 キングから命令を受けたセスは、あわよくばビートを亡き者にしようと考えていた。

 しかし一番隊長は、セスの想像を遥かに超えた強さを有している。


 ならば、勝てないのならば。

 せめて王から承った命令だけは、死を賭してでも守り抜いてみせる。


「あばよ、王脚」


 ビートの姿が掻き消える。

 今までよりも一段加速した彼奴を、セスは見失ってしまった。が、上だと訴えてくる本能に従い視線を上げれば、既に突きの動作に入っていて、


「ハッ――」


 咄嗟に細剣を掲げるが間に合わな――




「――ナイフ」



「「――ッ!!?」」


 セスとビートの両者が驚嘆した。

 彼女の真上にいるビートの、更に上。

 黒い髪の人間が、漆黒の刃をビートの首筋へ振り下ろそうとしていた。


「くっそが!!」


 セスへの攻撃を中断し、己の首を狩らんとする刃を槍で弾き、その場から離脱する。

 心を落ち着かせる為に大きく距離を取るビートに対し、乱入してきた者はスタッとセスの隣に降り立った。


「クソったれ、今のはったと思ったのによ」

「……」


 紙一重だった。ほんの僅かにその存在に気付くのが遅れたら、確実に首を撥ねられていた。


(何だ……あのガキは……)


 怪訝そうな顔つきで、新たな参戦者を注視する。その者は鎧など一切纏わず軽装で、黒髪の少年で、見るからに“ただの人間”だった。


「貴様……エルフの森に居た人間か?」

「ああ、そうだよ。アンタは確か、キングのオッさんといたな」


 セスが驚いた表情で黒髪の少年――影山晃と会話をしている。魔王軍側の者で、帝国の敵だという事が理解出来た。


「何故貴様がここにいる。エルフの森はどうした、あそこにも帝国軍が向かっただろう」

「ああ、それなら倒した」


 は?と、セスとビートは同時に言葉を失う。

 それ程、晃が告げた言葉が衝撃的だった。


「馬鹿な、エルフの森には帝国軍が二万も投入したのだぞ!」

「三分の一ぐらいぶっ殺して帰って貰った」

「おいおい面白い冗談はよせよクソガキ。じゃあ何か?エルフ共を消しに行ったローザも、テメェに負けたって言いたいのかよ!?」


 たまらずビートが口を挟む。

 目の前にいる太々しい少年は、帝国軍二万の兵と三番隊隊長のローザを返り討ちにした。

 そんな馬鹿げた話を真面まともに聞き入れる事は到底不可能だった。


「ああ、炎を扱う赤い髪の女だろ。滅茶苦茶強かったけど、俺が勝った」

「馬鹿な!?」

「おいおいマジかよ……ローザはこんなガキに負けちまったのか」


 俄かに信じられない。

 しかし、彼がこの場にいる事こそ真実だった。ならば、認めなくてはならないだろう。


 晃が、二万の兵士とローザを打倒した強者である事を。


「それで、何故貴様がここにいる。森を救ったのなら森に居ればいいだろう。これは我々魔族の戦いだ」

「俺だってこんな戦争に加わりたくねえけどよ、こっちにも色々と事情があんだよ。本当はキングのオッさん所に直行するつもりだったんだが、新しい運命を視たマリアがお前を助けて欲しいって言ってきたから此処に来た。どうやらあの野郎をぶっ殺さねぇとマズいみたいだな」

「……」


 晃の言っている事が半分しか理解出来なかったセスだが、この場所が重要であると聞いて納得がいった。


 キングも言っていたではないか。この戦争を左右するには、どれだけビートを足止め出来るかと。

 ならばこの少年は本当に助太刀する為に来たのだ。


「恩にきる。どうか私と共に戦って欲しい」

「ああ、そのつもりだぜ」

「私は白狼獣人のセスだ。貴様は」

「晃だ」

「ではアキラ、私に力を貸してくれ」


 何でも良かった。誰でも良かった。

 キングの命令を守れるならば、得体の知れない人間の手を借りるなんて些細な事だ。


「く、くくく、くはははははははは!!」


 唐突に、左手で顔を隠しながらビートが高笑いを上げる。


「いいね、面白くなってきたじゃねえか。ローザが帰って来ねぇって事は本当なんだろーな。アイツを負かす奴と戦れる、俺はラッキーだぜ」


 それを聞いて、あっこいつも戦闘狂の類いか……と晃は内心でため息を吐いた。


「いいぜ、二人まとめてかかって来いよ。それぐらいが丁度良い」


 スッ槍を構える。

 余裕だった顔が、武人のそれに変わった。


「俺は銀狼騎士団一番隊隊長ビート。アキラ、それに『王脚』のセス。今度こそ俺を本気にさせてくれ」

「いくぞ、アキラ」

「ああ」


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