第130話原獣隔世

 




 大気が唸り、大地が悲鳴を上げた。


「おらぁあああああああああああ!!」

「フンガアアアアアアアアアアア!!」


 銀狼騎士団二番隊体長ハイローグの大剣と、獣王軍団三幹部が一人、『王牙キバ』のクロダールの巨斧が激突する。


 駆け引きもせず剣技なんて知った事かと、純粋な力と力のぶつかり合いをする屈強な戦士達。その余波は凄まじいが、周りの兵士などお構いなく殺り合っていた。

 目の前の強敵を殺す。それしか頭の中に入っていない。即ち彼らは似た者同士で、単なる脳筋だった。


「ガハハ!矮小な身体の癖にオレの攻撃に耐えるじゃねーか!」

「はっ!テメエの攻撃なんて虫に刺されたと同じなんだよ!」


 鰐獣人のクロダールは三メートル近い巨躯だ。比べてハイローグも人間目線で言えば身体は大きかったが、クロダールと見比べればその差は一目瞭然。素人目線で言えばクロダールの薙ぎ払いでハイローグの身体は容易に吹っ飛ばされてしまうだろう。


 しかし、そうはならなかった。ハイローグは、クロダールの膂力と互角に渡り合っている。


「褒めてやるぞ人間!オレの一撃を真正面から受ける奴はそうそう居ない!」

「そりゃどーも!でもなぁ、余裕ぶっこいてるとあっという間に終わっちまうぞ」

「――ッ!?」


 野生の本能が警鐘を鳴らす。

 目の前にいる人間の雰囲気が変わったのを感じ取ったクロダールは、意識を防御に割いた。その次の瞬間、これまで感じたことのない重みの衝撃を受け、クロダールの巨躯が紙切れの如く吹っ飛んだ。


「グ、オオオオオオオ!!」


 斧を地面に突き刺して勢いを殺した『王牙』は、巨大な口を開けて信じられないといった表情を浮かべる。


(どういう事だ……人間の剣の重みが、今までと全然違ったぞ)


 困惑するクロダール。今受けた一撃は、これまでとは威力が段違いだった。いや、正確には“重さ”が別格だった。

 その理由を、ハイローグは自ら明かす。


「これは魔剣グラム。俺の思うがままに重さを変えられるんだぜ」

「なる程な、重さの正体はその剣だったのか。だがいいのか、種明かしちまってよ」

「別に構わないさ。知ってても知らなくても変わらない、どうせテメエは死んじまうんだからよ」

「フン、言ってくれる」


 鼻息を荒くするクロダールは、斧の尖端を自分の勝利を疑わないハイローグに向けて、こう言い放つ。


「借り物の力で、オレのパワーに勝てる思うな」




 ◇




「弱え」

「ガ――ァァァアアアアアアアアアアッ!!」


 銀狼騎士団団長ヴォルフの一撃によって、獣王軍団三幹部が一人、鷹獣人のシュナイダーが崩れ落ちる。

 全くと言っていいほど歯が立たなかった。


(何故……大将の『神狼』がこんな前戦にいるのだ!?)


 シュナイダーが困惑するのも無理はないだろう。

 本来後方で戦況を窺いながら指揮するはずの軍隊のトップであるヴォルフが、最前線に訪れていたのだ。

 正に強襲だった。空を飛べないにんげん共を、上空から部下と共に駆逐していたら突如閃光が瞬いたのだ。


 その刹那、部下は次々と絶命して撃ち落とされてしまう。驚くべき事にその犯人は、銀狼騎士団の団長ヴォルフその人だった。

 シュナイダーが混乱している事を良いことにヴォルフはどんな手品か上空まで駆け上がり攻撃してくる。シュナイダーも迎え撃とうとするが、空の上で機敏に動き回るヴォルフに成す術もなく地上に叩き落とされてしまったのだ。


「何故だ……何故貴様がここにいるのだ」


 くちばしから血反吐を垂らしながら、シュタッと目の前に降りてきたヴォルフへと疑問をぶつける。すると彼は、逆立つ銀髪をガシガシと乱暴に掻きながら、


「俺の部隊は脳筋ばっかりで魔術とかも碌に使えねーし、空に届く武器も持ってやしねぇ。だから一番厄介なテメー等を野放しにする訳にはいかないもんで、俺が直々に出向いてやったって訳さ」


 ヴォルフの言葉に納得がいった。

 確かに銀狼騎士団は、帝国軍の他の軍団と比べると“飛び技”が無いに等しい。現に、シュナイダーは楽に帝国兵を蹴散らせた。しかしだからこそ、ヴォルフが自ら参戦したのだろう。

 だが、どうして人間のお前が空を動きまれるんだとシュナイダーは内心で悪態を吐く。


「後はお前さんを殺れば、こっちは大分楽になるだろう」

「見くびるなよ。そう易々と行くと思うな」

「『王爪ツメ』相手に見くびると思うか?悪ぃけど全力でやらせて貰うぜ」

「『神狼』に名を覚えて貰えているとは光栄だな。なら私の真の姿を見せてやろう、そして後悔するがいい!!」


 叫ぶシュナイダーは、背中の翼を羽ばたかせ遥か上空に舞い上がる。

 そして、太古の記憶を呼び覚まし肉体を変貌させた。


「原獣隔世――【真鷹】」


 刹那、彼の身体が光輝く。

 手足が消え、人としての形が無くなり、嘴と爪の鋭さが増し、身体と翼が巨大化した。

 その姿は神鳥と呼ばれても可笑しくなく、神々しい雰囲気を纏っていた。


 “原獣隔世”。

 それは魔族にしか成し得ない強化方法であった。

 今の魔族には様々な血が混ざっている。彼等は元々真なる獣だったが、生存していく為、環境に適応していく為に異種交配してきた。人の形をしている“獣人”であるのも、彼等の祖先が人間と交配してきた結果だ。生き残る為か愛を育む為かは定かではないが、魔族には人間の血も僅かだが流れている。


 だがそれは、彼等を獣から遠ざける行為であり、本能や肉体が脆弱になってしまった。

 原獣隔世は、己に流れている太古の血の記憶を呼び覚まし、一時的にだが真なる姿を開放する事である。


 その力は絶大だが、記憶の扉を開ける魔族はそう多くはない。

 が、しかし。

 シュナイダーは扉を開いた者の一人だった。


「ほう……それが原獣隔世か。かなりのエネルギーだ」

「軽口を言っていられるも今の内だ、神狼」

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