第129話これが最後の戦いだ

 



 ここは帝国と魔界の国境付近の荒野。

 静寂に包まれた月夜の眼下で、魔王軍四天王が一人、獣王キング率いる獣王軍団は野営テントにて作戦会議を行っていた。


「各自、戦況を報告してくれ」


 上座に座る獅子獣人のキングが促すと、彼の眼前で直立している三人がそれぞれ口を開く。


「我が軍の被害は約一万。対し帝国軍の被害は二万。今現在、我が軍が優勢です」

「こっちは四万、あちらさんは六万。数の差がまだ有利であるのは奴等だが、兵士の練度はこちらが高い」

「ただ不可解なのは、三番隊率いるローザと二万の兵士の行方が不明です。温存しているのか、違う場所を攻めているのかは分かりかねますが」


 獣王軍団三幹部、白狼獣人のセス、鰐獣人のクロダール、鷹獣人のシュナイダーが報告した。


 獣王キング率いる魔王軍五万と、銀狼騎士団団長ヴォルフ率いる八万の大軍勢が開戦してから早くも五日間が過ぎ去っている。


 戦況は今三人が説明した通り、魔王軍がやや有利である。

 理由としては、武器と鎧を見に纏った人間よりも魔族である獣人部隊の方が身体能力が優っているからであった。


 ただこの五日間の戦闘は前哨戦であり、互いに主戦力は投入されていない。

 帝国が主戦力を出して来ないのは恐らく三番隊の合流を待っているからと思われた。


 三幹部から報告を受けたキングは、鋭い眼光を放ちながら、


「明日が本番だ。各自、兵士に伝えておけ」

「了解です」

「やっと俺等の出番か!滾ってきたぜぇええ!!」

「……」


 キングは牙をギシリと噛み締め、大きな手を握り締めた。


「これが最後の戦いだ、ヴォルフ」




 ◇




「何……?ローザがやられただと?」

「……は、はい」

「その情報は真実か?」

「真の情報でございます、ヴォルフ様」

「……分かった、下がっていい」


 帝国軍軍事基地。

 情報部隊から報告を受けたヴォルフは、眉間に皺を寄せ難しい表情を浮かべた。機嫌がすこぶる悪い上司に、彼の目の前にいた一番隊隊長ビートが悪態を吐いて、


「ローザの馬鹿、しくじりやがったな」

「相手は極小数のエルフだったよなぁ、二万連れて負ける要素ある?伝説級の魔物でも現れたんかな?」


 二番隊隊長ハイローグの言葉に、ヴォルフも胸中で賛成していた。

 ローザが負ける要素が浮かび上がらない。

 たった数百のエルフに二万の兵を与えたローザが破れる訳がないのだ。


 だが――、


『ヴォルフ様、エルフに加勢する一人の少年。奴は化物です。これを機に留めて下さいませ』


 信頼する部下から伝えられた忠告が脳裏を過った。ローザが負ける要因があるとすれば、部下が挙げた少年に違いない。


 嫌な予感を信じ、わざわざ過剰戦力と思われるローザと二万の兵を投入したのだ。だがローザは敗北してしまった。

 その少年によって……。


「これでローザを待つ必要が無くなった。そんで恐らく、キングは明日が本番と考えているだろう。ビート、ハイローグ、準備しておけ」

「「ハッ!」」


 敬礼して去っていく二人の隊長を眺めながら、ヴォルフの胸中に潜む嫌な予感は更に膨れ上がった。


「クソ、面倒な事になって来やがったぜ」




 ◇

 



「殺せぇぇええ!!魔族共を蹴散らせぇぇええええ!!」

「ひ弱な人間共など、噛み砕いてしまぇぇええええ!!」


 地鳴りが響き、怒号が飛び交う。


 両軍全勢力を投入した大合戦。

 剣と爪が切り裂き、斧と巨拳が押し潰し、弓矢と咆哮が風吹く。散り逝く味方の屍を乗り越え、迫り来る怨敵に凶刄を振るう。


 数十秒で何人死んだか。数十分で何百人死んだか。この場では、常に『死』が隣で歩いていた。


 そんな荒れ狂う戦場の中でも、最も激化するのがこの二人の戦いであった。


「ほらほらどうした『王脚アシ』よぉ!!もっと俺を楽しませてくれよぉ!!」

「グッ……調子に乗るな!!」


 銀狼騎士団一番隊隊長ビート。又の名を『神速』のビート。右手に握るは魔槍はブルーナク。彼が突く槍は、目にも止まらぬ速さだった。


 対するは獣王軍団三幹部の一人、白狼獣人のセス。獣王の脚を授かった『王脚』の名に相応しい移動速度を誇る。


 しかし彼女の瞬足は、ビートの神速に僅かに劣っていた。


「それそれそれ!」

「くっ!」


 ビートの槍捌きに対応が追い付かない。

 間合いに飛び込もうとすれば槍の餌食になり、かと言って距離を置こうとすればすかさず詰めてくる。


 一歩、一手、一撃。

 全てに置いて僅かに届かない。重傷は避けているが、目に見える傷は増えていく一方であった。


 もし楯であれば話は変わったかもしれない。

 槍をも防ぐ頑丈な楯を持っていたのならば、強引に間合いを詰めて槍の有効範囲を潰せていただろう。

 だがいかんせん、セスの得物は細剣レイピアだった。彼女のレイピアも業物ではあるが、ビートの魔槍とは相性が悪い。それでも喰らい付いていけるのは、セスの鍛え抜かれた剣技によるものだった。


「どうした、テメーの本気はその程度かい!?」

「舐、めるなァ!!」


 ギィインッ!という甲高い衝撃音が一瞬にして百程鳴り響く。二人が繰り出す凄まじい剣戟は、火花を散らして戦場を照らしていた。

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