第128話俺が俺を許さない

 





 二万の帝国軍との争いを制し、何故だかエルフの王に祭り上げられてしまった日から数日後。

 俺は以前と変わらず、マリアと共に静かな休息を過ごしていた。


 今の所帝国軍が攻めてくる様子は無い。しかしマリアの話しでは、まだ予断は許されない。彼女が視た運命によれば、エルフが滅びる運命はまだ消えていないのだ。


 エルフの王になった件は、ぶっちゃけ今までと変わらなかった。何かをする訳でも無いし、命令したりもしない。今まで通りだ。

 皆がすげー親し気に接してくるようになったが、特別畏ったりもしてこない。

 止めてくれと割とガチで頼んでも、マリアはやっぱりアキラ様と呼んでくるけど……。


「アキラ様、ご飯の用意が出来ました」

「ありがとう」


 マリアに呼ばれ、二人で昼食を取る。

 やはり彼女の作るご飯はどれも美味しいな。箸が止まらねーよ。


 ガツガツ食っていたらマリアが不思議そうな表情を浮かべて見てくるので、どうしたと問うと、


「アキラ様の回復力は凄いですね。あんなに重症だったのに、もう何もなかったかのようにピンピンしておられます」

「俺の身体はちょっと特別でな、飯食ったら回復すんだよ」

「そうでしたか、流石アキラ様です!」


 戦に出ていたエルフ達の包帯はまだ解かれていないが、一番重傷だった俺は既に完全回復している。ハタから見たら不気味だよな。


 まぁ俺も自分の身体は最早人間に在らずと悟ってはいる。

 全身丸焦げにされて、骨をバッキバキに折られて、腕を消し炭にされて尚生きていられて、数日で完治してしまうんだからもう化物だわ。


(にしても、いつもより回復すんの早ぇー気がすんだよな)

『それは怠惰ベルフェゴールの野郎を喰らった影響だな』

「えっ、何それ」


 頭の中に浮かんだ疑問をベルゼブブが答えてくれる。だが意味が分からない、俺はベルフェゴールを喰った記憶なんて無いんだが。


『あの怠け者が最後に置いていった黒玉は奴の力の一部だ。それを喰らったアキラは、“亜眠”の能力を僅かだが使えるンだよ。治りが早えーのを考えると、使える能力はエネルギーの貯蓄だな』


 マジかよ全然気付かなかったわ。

 じゃああれか、俺は寝れば寝るだけエネルギーを溜められるのかよ。


『そうだな。だがエネルギーの貯蓄は、普通の生活における睡眠を除いたものだ。簡単に言えば昼寝だな』


 昼寝かよ……。俺あんまり昼寝しねぇんだけど。取り敢えずラッキーと考えておけばいいか。


(そう言えばベルゼブブ、ちゃんと礼を言ってなかったな。ありがとよ、助けてくれて)

『あン?一体何の話だ』

(ベヒモス戦での傷が酷過ぎてマジで身体がヤバかったらしいけど、お前が命を繋ぎ止めてくれたんだろ?)

『ハッ、何の事だかオレ様には分からねーな』


 とぼけやがって。お前がそう言うならもう言わねえよ。取り敢えず礼は言ったからな。


「どうかしました?」

「いや、何でもないよ」


 ベルゼブブとの会話に夢中になり過ぎて箸が止まってしまっていた。怪訝そうにマリアに尋ねられるが、俺は誤魔化しながら食事を再開する。


 完食すると、俺は食器を片付けているマリアに今後の予定を相談した。


「身体も治ったし、そろそろ行こうと思うんだ」

「行くって……一体何処へですか?」

「キングって呼ばれてた、あのライオンのおっさんの所にだよ」

「そんな……また戦場に向かうと言うんですか!?」


 ダンッと食卓を叩くマリア。

 いつも穏やかな彼女がこんなに顔を怖くさせるのが珍しく少し驚いてしまった。何で怒ってるのか今一分からないけど、俺は自分の考えを伝える。


「前に言ってたじゃねえか。おっさんが死ねば、エルフも滅びる運命を視たって……」

「そ、それはそうですが……」

「なら、その運命を回避する為におっさんを助けに行かなきゃなんねーだろ」


 魔王軍四天王のキング。

 奴と別れる際、マリアは運命を視ていた。その内容は、キングが死ねばエルフも滅びるというもの。

 星詠の力っつたっけ、今の所マリアが視た運命は高確率で当たっている。俺が居なければ、エルフは最初の帝国軍との戦争で全滅していただろうし。


 だからキングが死ねば、恐らくエルフが滅びるのも間違いない。それを知っていて、黙っている訳にもいかなかった。

 もしかしたら手遅れかもしれない、もうキングは死んでるかもしれない。でも、このまま黙って見過ごす訳にはいかない。


「また、アキラ様が傷ついてしまいます。ワタシはもう……あんなお姿は見たくありません」


 顔を俯かせ、苦しそうに話すマリア。

 俺の身を案じてくれている。その想いが痛い程伝わってきた。

 だから俺も、彼女に本心を告げる。


「なあマリア、本音を言えば俺だって戦いたくないさ。人を傷つけたくないし、傷つけられたくもない。痛い思いをして、苦しい思いをしてまで戦いなんてしたくねぇよ。出来る事なら、畑でも作って平和に暮らしたいさ」

「なら」


 けどな、と続けて、


「エルフが滅ぶのを見て見ぬふりは出来ない、自分だけのうのうと生きるなんて出来ないさ。そんな事したら、きっと俺が俺を許さない。だから俺は戦う。自分が大切だと思うものを守る為に」

「でも、それじゃあ……アキラ様が……ッ」

「ありがとうマリア、心配してくれて。でも大丈夫だ、俺は死んでも死なないから」




 ◇




「そうか、行くのかい」

「気は進まないけどな、こればっかりは仕方ないだろ」


 ライオンのおっさんの救援に向かうと決意した次の日。

 俺は婆さんと爺さんに別れの挨拶をしていた。今後生きて帰って来れるか分からないし、一応世話になった身としては一言告げようと思ったのだ。


「一人で行くのかい?」

「まぁ、そりゃそうだろ。」

「アンタの後ろにいる娘は、同行する気があるようじゃが」

「ぅえ!?」


 婆さんに指摘されて振り向くと、いつの間にか小さな鞄を背負ったマリアが立っていた。

 ……ぜ、全然気付かなかった。


「アキラ様、ワタシも連れて行って下さい。必ず力になります」

「無理だろ、これから戦場に行くんだぞ。マリアを守れるほど俺は強くない」


 覚悟を決めた彼女の頼みを即刻断る。

 俺と一緒にいる間は守ってやれるかもしれない。だが戦場に出てしまえば、マリアに意識を割いていられなくなる。

 彼女はただの女の子だ。力の無い彼女が戦争に加わるなど、許す訳にはいかない。

 俺の考えを伝えると、婆さんは悪戯する子供のような顔をして、


「マリアは一人でも戦えるぞ。此度の戦いも、マリアの力で凌いだからね」

「ほ……本当か?」

「はい。精霊の力を借りて、精霊術を使えるようになりました」

「この子はもうか弱い少女じゃない。自分の身は自分で守れる」

「……」


 婆さんの話が本当だとしても、素直に首を縦に振ることは出来なかった。戦場とは本当に過酷な場所だ。そんな地獄にマリアを連れて行きたいない。

 渋っていると、マリアは頭を深く下げて、


「お願いします、アキラ様。どうかワタシを、アキラ様の元に居させて下さい。お願いします」

『どうやら本気のようだな。どうする、アキラ』

「……分かった。でも、無茶はさせないからな」

「ありがとうございます!!」


 パーッと表情を明るくさせるマリアに、俺は深くため息をついた。まさか彼女がこんなに強情だとは思わなかったよ。今断っても、多分こっそり付いて来ていただろう。なら、最初から一緒の方がまだ安心してられる。


「マリア、我等が王を頼むぞ」

「はい、お任せ下さい!」

「はっは、まぁ頑張りなさいな」

「……」


 肩を落としていると、爺さんに背中を叩かれる。やっぱり女性の押しは強いなと再確認しつつ、俺とマリアは婆さん達に見送られてエルフの森を後にしたのだった。

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