第126話それは狂ってるって言うんだ

 




「しぶといねぇ」

「……ふぅ……ふぅ」


 ローザの猛攻は苛烈極まり、俺は凌ぐだけで精一杯だった。反撃しようにも馬鹿げた反射速度で防がれ、通ったとしてもカスリ傷程度。

 対して俺は殴られ蹴られ炎に塗れ、もう全身が焼け焦げてしまっている。それでも動くのには問題無いのだが、体力はかなり削られていた。


 嬉しい誤算はスキル解放が解除されていない事か。以前は数分経てば強制的に解除されてしまったが、十分経った今でも力は残っている。俺も成長したってことかな。


『悠長な自己自慢してる場合かよ』

(五月蝿いよ、少し現実逃避してただけだって)


 頭の中で正論を叩きつけてくるベルゼブブに文句を吐く。

 現実逃避もしたくなるさ。あの女を倒す方法が一向に見つからないんだからな。地力の差で劣っていて、徐々に不利な状況に陥っていく。


「もう諦めな、アンタじゃアタイには勝てないよ」

「…………」


 全く持って彼女の言う通りでぐうの音も出ない。

 今の俺ではローザに勝つ確率は限りなく低いだろう。それこそ、逆境で進化を遂げる奴のような人間でなくては。


『俺は負けない、負ける訳にはいかない!』


 フッ……と、おかしくて笑みを溢してしまった。物語の主人公みたいにピンチに強くなれる都合の良い展開が起きたら、どれだけ楽だったか。神崎のように望めば強大な力を手に入れられたらゴブリンに喰われる事もなかった。


 だが俺は物語の主人公でもなければ神崎でもない。だから都合の良い展開は起きないし奇跡もへったくれもない。

 俺が出来るのは、細くて脆い死線をギリギリで渡り歩くことだけだ。


 考えて考えて考えて、活路を見出していく。

 それが俺の戦い。

 これが試練というのなら、死んでも乗り越えてやる。


「急に笑って気が可笑しくなったと思ったら、随分と良い目をするじゃないか。そんな死ぬ覚悟の目をされたらこっちも滾ってくるよ」

「アンタを倒す」

「勝負所ってやつだね、いいだろう、決着をつけようじゃないか!!」


 言葉を放つや否や、俺とローザは同時に敵へと駆け出した。



「ハァァアアアアアッ!!」

「ォォォォォオオオッ!!」



 刹那に距離を0にした俺達は、炎に包まれた長剣と闇の力を纏ったナイフで斬り合う。不意打ちも奇策もない、純粋な剣技の応酬。

 しかし圧倒的に不利なのは俺の方だった。ローザの長剣をまともに受ければ即座に身体を持ってかれる。躱すか、去なすように受け流さなければならない。

 薄氷の上を歩くような、命綱の無い綱渡りをさせられている戦い。


 ――それがどうした。


 ローザの剣は重いし疾い、剣技だって一流だ。けど俺は、超一流を隣で見てきた。肩を並べて共に戦ったんだ。


「ォォォォォオオオオオオオオオオオオ!!」

(なんだコイツッ!?急に剣が研ぎ澄まされてッ!!)


 一撃が必殺の剣技を見た事があるか?

 感心してしまうほどの研ぎ澄まされた斬撃を直に浴びせられた事はあるか?

 お前に見せてやる。研鑽された黒騎士の……デュラン・デュバルソードの剣の一端を。


「ハッ!!」

「くっ!!」


 届く。ローザの超位的反射防御を越え、ナイフの先端が鎧を斬り裂く。その回数は瞬く間に増えていき、血飛沫が舞い散った。


「クッソがぁぁああ!!」


 斬り合いでは部が悪いと悟ったのだろう。憤怒の顔を受かべながらローザが後方に下がったと同時に、長剣に膨大な熱量が宿る。


「火龍翼風!」

甲羅シェルッ」


 放たれた熱波。

 俺は四本の尻尾を眼前に突き出し、傘のような形に変形して炎の海に真正面から突撃する。


「ォォォォォオオオオオオ!!」


 ――灼熱の炎にその身を焼かれても。


「火龍十双撃!!」

「ナイフ!!」


 炎の海を抜ければ、十の斬撃が飛来してくる。両腕に纏ったナイフで斬り払うが、対応が追い付かず身体に斬傷が残った。


「ォォォォォオオオオオオオオオ!!」


 ――数多の刃に全身を斬り刻まれても。


「ッ!……無茶苦茶だねアンタ、だけど嫌いじゃないよ!!けどこれで最後だ、火龍咆哮!!」

「が、ぁぉあああ■■■ああ!!」


 至近距離で熱線を放たれる。完璧に回避するのは不可能だと判断した俺は、左腕に甲羅を纏って受け止め被害を軽減した。だがその変わり、左腕は消し飛んでしまう。その痛みを堪えて、それでも前に進んだ。


 ――どれだけ四肢を失おうとも。


「アタイの勝ち――ッ!?」

「ベルゼ―― ――」


 全身黒焦げで、血塗れで、左腕を消し飛ばされて、死に体も同然の俺を見てローザは己の勝利を確信した。が、そんなボロボロの身体になっても尚肉薄する俺に驚愕する。

 その一瞬の困惑が、最大の好機であった。


 俺は右腕に全ての力を注ぎ込み、魔王の怪腕を創り上げる。巨大で圧倒的な暴力を誇る右腕をこれでもかというぐらい引き絞り、弓矢の如く打ち放った。



「――フィストォォォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」



 放たれる巨拳。

 全身全霊の一撃はローザの全身を捉え地面に叩き付ける。地表が割れ、爆風と共に砂煙が巻き起こった。クレーターの中心には強化が解除されてズタボロになったローザと、その首筋にナイフを突きつけた俺。


「はぁ……はぁ……はぁ……」

「一つ……聞いていいかい」


 荒い呼吸を繰り返す俺に、ローザは目蓋を閉じたまま尋ねてくる。無言で話を促すと、彼女は疑問気に口を開いた。


「アタイが負けた……理由を教えてくれるかい?」

「……強いて上げるならば、死の恐怖に対する耐性だな」

「……アタイがビビってたって言いたいのかい」

「単純に経験の差だ。アンタはゴブリンの群れに全身を貪られた事があるか?デッケェ豚に腕を喰われた事があるか?勝つために四肢を犠牲に出来るか?」


 最後の攻防で、俺は致命傷レベルの傷を負い、左腕を犠牲にした。その時点でローザは勝ちを確信したんだろうが、考えが甘かったな。けど、彼女は俺の意見を否定するように、


「……死傷覚悟で戦うってのは、常人の成せる境地じゃないね。アタイには到底無理な話だよ。でもねアキラ、アンタのそれは狂ってるって言うんだ」

「そんなものはとうに知ってるさ。けどな、生きる為なら狂人にだって俺はなる」


 強く発言すると、彼女は「そうか」と何かを諦めた表情で呟いた。


 と、その時だった。


「アネゴ!」

「ローザ姉!」


 先程戦っていた女戦士が五人、俺を周りを囲うような位置に着いた。各々険しい顔を浮かべながら武器を向けて威嚇してくる。


「そこから離れろ!」

「アネゴに手を出してみろ、八つ裂きにしてやるからな!!」

「絶対に殺させるもんか!」


 外野が喚くのを、冷めた感情で聞いていた。

 自分より格上の相手と分かってるのに、上司を助けようと必死になる部下とか泣ける話じゃねえか。


 巫山戯るなよ。

 テメェ等から戦争を仕掛けた癖にいざ大将がやられると殺さないでくれだって?それは虫が良過ぎるだろーがよ。

 俺はついブチ切れて、心の底から悪態を吐く。


「“五月蝿ぇ、黙ってろ”」

「「ッ!!?」」


 俺がそう言うと、彼女達は一瞬で黙ってしまう。どうしてか分からないが、彼女達が酷く脅えているのが肌で感じられた。

 すると、ローザが目を見開いて、


「アンタ……王気を……」

「兵を引かせろ」


 彼女の言葉に被せて命令する。しかしローザはそれに答えず、


「アタイを殺しな」

「……」

「大将が一騎討ちで負けたんだ。首を持ってくのが戦場のルールだよ。ただ、一つ頼みがあるとすれば、アイツ等は殺さないでやってくれないか」


 どいつもこいつも……勝手に話を進めんじゃねえよ。何で戦いに勝った俺の話が無視されてんだよ、腹立つな。


「アンタは殺さない。だから兵を引かせろ」

「正気かい?ここでアタイを殺さなかったら、また攻めに来るんだよ。きっと後悔する」

「後悔するのはアンタだよ」

「……ふっ、やられたね。お前達、ずらかるよ!!」


 それからはあっという間だった。

 女戦士達が号令を下し、万の兵を後退させる。ローザは二人に抱えられ何処かに去って行った。


 俺はスキル解放を解除すると、大きく息を吐き出した。周りを見渡せば、夥しい死体の数々。

 空を見上げ、唇を噛み、


「……クソッたれ」


 今回の戦いで俺はどれだけの命を奪ったのだろうか。罪悪感はそれほど無いが、後味が悪過ぎる。

 やはり戦争なんて、糞食らえだ。


 こうして、ローザ率いる2万の帝国兵との戦争は、俺達の勝利で幕を閉じたのだった。


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