第125話誇りを見せろ



 




「やれぇぇ!エルフ共をぶち殺せぇぇええ!!」

「「ぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」」


「死んでも通すな!ここで食い止めなければ、アキラの努力が無意味になる!!エルフの意地を見せろぉぉおおお!!」

「「ォォォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」」


 荒野と森の狭間で、帝国兵とエルフ達が激しい戦いを繰り広げていた。双方、死に物狂いの形相を浮かべ、剣を振り矢を射っている。


 初めは50十人程だった。

 影山晃が三人の千人隊長と闘っている際、怯んでいた下級兵士が森に押し寄せてきた。それらを何とか凌ぐと、再び帝国兵が戦意を喪失している。

 状況を窺えば、アキラが千人隊長をあっという間に倒し下級兵士に睨みを効かせていた。


 だが新たに攻めてきた十人の女戦士に防戦一方で、また帝国の軍勢が突撃してくる。50人という可愛い数字ではなく、千は優に超えていた。対してエルフ側の戦える人数は二百と少し。多勢に無勢とは正にこの事だった。


 それでも泣き事は言ってられない。

 何故なら、晃は苦しい状況ながらもエルフを心配して下級兵士を間引いているからだ。傷だらけになりながらも、エルフの力になろうと最善を尽くしている。


「人間のアキラにエルフの命を背負わせるなッ!私達の命は、私達で守り通せぇぇええ!!」


 マリアの父であり戦士長のムーランドは、肺の奥から叫び声を上げた。それに追随するように仲間のエルフ達も雄叫びを上げる。

 普段エルフは戦う時に声は出さない。何故なら彼等の戦いとは狩りであり、静寂に包まれた中で行われるものだからだ。


 ではどうして声を上げるのか。

 それは士気を上げる為に他ならない。

 硬い鎧に包まれ、肌を貫く剣を持った敵が目一杯迫り立ててくる。それに立ち向かわなければならない恐怖に打ち克つには、己に巣食う弱さを追い出さなければならなかった。


 エルフ達は今の所善戦している。

 開戦する前に仕掛けた多くの罠が効いていた。だがその罠も有限であり、帝国も引っかかり続ける馬鹿ではない。これからが正念場だった。


「悪しき人間共に負けるな!エルフの誇りにかけて、この場を死守しろ!!」


 ムーランドが声を上げた、その時。

 轟ッと大地が震えた。エルフも帝国兵も驚愕し、一瞬だけ背後を振り返る。


 火炎と暴風が激突し、空が哭いていた。

 ムーランドは即座に理解する。きっと、晃が敵の大将と戦っているのだと。

 自分の命を掛け、エルフの為に戦っているのだ。彼は両手を強く握りしめる。


「私達の“仲間”が戦っている!同胞達よ、今一度誇りを見せろ!!」

「「ォォォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!」」




 ◇




「アキラさん……」


 マリアは遠くで戦っているであろう彼の名前を呟く。祈るように両手を握り締め、晃の無事を願っていた。


 老人や女子供のような戦えないエルフ達は、一番戦場から離れている本殿に避難している。そこには最長老のロロやダンテも居て、ロロがキツく目を閉じるマリアの背に細い手を添えて、


「そう気張るな。アンタが気張った所であの小僧がどうにかなる訳でもないさ」

「ロロ様……でもワタシは、何も出来ないワタシはこうして祈ることしか出来ません。だからせめて、アキラさんやお父さん達の無事を祈るんです」

「本当に……祈るだけかい?」

「……え?」


 ロロが片目を薄く開けて、マリアを見上げる。その目と言葉の意味が分からずに戸惑う彼女に、最長老はえっほんと咳払いをして、


「マリアは精霊に愛される巫女じゃ。マリアが願えば、精霊は幾らでも力を貸してくれるはずじゃよ」

「ワタシが……ワタシでも戦えるのですか?」

「お前のしたいようにすればいい。決めるのはマリアじゃよ」

「ワタシが……」


 自分が戦える?

 何の力を持たず、最悪な運命を視ることしか能がない自分が、晃のように戦えるのだろうか。

 村の皆を守れるだろうか。


(……違う)


 “だろうか”ではない、やるんだ!自分に成せる事が一つでもあるならば、最善を尽くせ!


 戦場に赴く前、マリアは晃にこう問いかけた。


『アキラさんは、どうして戦ってくれるのですか?』

『どうして聞きたいんだ?』

『確かにワタシはアキラさんの命を救ったかもしれません。でも、さっきの戦いで十分過ぎるほど助けて頂きました。これ以上、アキラさんは戦わなくいいんです!』

『戦わなくていいって……急にどうした。エルフを救って欲しいって言ったのはマリアなんだぜ』

『それは……ワタシがアキラさんの事を何も考えていなかったからです!』


 助けてなんて、どれだけ残酷な言葉だろうか。

 それは即ち、戦いに行けと言っているものだ。傷つくかもしれない、死ぬかもしれない。危険な中、同胞である人間を殺さなければならない。

 そんな残酷な事を晃にさせようしているのだ。


 晃がエルフを救ってくれる運命に惑わされていたのはマリア自身だった。本当の戦争を、殺し合いを知った今、晃に助けてなんて言えない。絶対に口に出来ない。


 その想いを告げると、彼は難しい表情を浮かべながらこう告げた。


『……俺だって好きで戦いたくは無いさ。戦闘狂でもねぇし、出来れば人を殺したくなんかねえよ』


 でもな、と彼は笑顔で、


『逃げるにしてもどこへ行けばいいか分からないし、一人じゃ生きていけない。生きる為に戦うしかないのなら、俺は戦う。それでどうせ戦うなら、守りたい人を守る為に戦う。だだそれだけだよ』


 彼は強い。

 力ではなく、心がだ。どれだけ過酷な戦いを乗り越えてきたんだろう。今から死ぬかもしれない戦に向かうというのにこんな優しい顔が浮かべられるだろうか。


 晃のような強い心が欲しい。

 マリアが戦う決意を抱くと、感化されたのか彼女の周りに精霊達が寄り添ってくる。


「ワタシに力を貸してくれる?」

「「……ッ」」

「ありがとう。皆を助けに行こう」




 赫い瞳に、覚悟の炎が宿った。

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