第122話闘神招来

 



「オラァ!」

「ナイフ!」


 三番隊隊長ローザと、影山晃が同時に仕掛ける。

 ローザは背中に背負っていた長剣を、晃は両腕にナイフを纏って斬撃を繰り出す。ナイフを両腕に纏わせた理由は、そうしなければ力負けすると直感を抱いのだろう。そして彼の直感は間違いではなかった。


「重……い!」

「パワーはそこそこあるじゃないか!」


 四、五合斬り合う。刃が触れ合う度に腕が持っていかれそうだ。怪物級の腕力に、剣技も洗練されている。

 この間合いはローザに軍配が上がると判断した晃は、背中から蜘蛛糸を放ち伸縮移動で一旦距離を取った。


(想像以上に膂力がありやがる。あのデカ女、ミノタウルスよりも怪力だぞ!?)

『ヒハハ、頑張れアキラ。オレ様はもう手を貸さねーからな』

(分かってるっつの!)


 暴食の魔王ベルゼブブ。

 先程の三番隊隊員達との戦闘で晃の窮地を救ってくれたが、大将ローザとの戦いには力を貸さないと宣言している。無論、晃も最初からそのつもりだ。

 これは己の闘い。己の試練。ならば、これまで通り一人で切り抜けるのみ。


「逃げんなよ!」

「ニードル」

「おっと!」


 大地を蹴り上げ、凄まじい速度で肉薄してくるローザ。だがその行動を読んでいた晃は、眼前の真下から長針を突出させる。

 間一髪躱されてしまったが、晃はすかさず追撃した。


触手刃フィーラーナイフ


 背中から生えた四本の触手を操り、四方から一斉に仕掛ける。

 だが――、


「甘い甘い!!」

「……ちっ」


 ローザの長剣から放たれた鋭い斬撃が触手の先端を断ち切り、一瞬で無力化されてしまった。

 帝国兵士達を絶望に落とし、三番隊隊員等を翻弄した触手攻撃が、彼女には一切合切通じない。その事実を前に晃は舌打ちを鳴らす。


(単純に力負けしてる……小細工も無駄だろうし、なら切り札を使うっきゃないよな)


 数度攻防を繰り返した事で、晃は即座に判断を下した。通常状態でも勝てるかもしれない可能性を探っていたのだったが、ローザには地力の差で劣っている。

 ならば、余力のある内に全力を出さなければならない。


「良い眼だよ、覚悟を決めた奴の眼だ」


 晃の雰囲気を察したローザは足を止める。

 何かをしてくる。その何かが楽しみで、ローザは口角を上げた。


「いくぞ」


 腹の底から力を捻り出す。獣の化身を想像しつつ、晃は力強く叫んだ。



「スキル解放、モード【Beelzebub】!!」



 刹那、身体から溢れる闇――晃は黒スライムと呼んでいる――が全身を覆っていく。


 晃の姿は変貌していた。

 全身を漆黒の鎧で包み、両腕には鋭い獣爪が生え、腰の辺りからは四本の尻尾が揺らめいている。

 頭部は狼の顔を模した兜に覆われており、その奥には紅蓮の眼光が煌めき。

 人とはかけ離れた黒狼の姿は、戦友である狼王ウルフキングを情景している、彼の深層心理によって作られた姿。


 ――スキル解放。今まで強敵を打ち破ってきた晃の切り札だった。


(久しぶりだね……アタイが恐怖を抱いたのは)


 総身が粟立つのが分かる。

 一変した晃を目にし、ローザは命の危機を久しぶりに感じ取った。

 あの変身は決して見せかけではない。全身から放たれる圧力プレッシャーは、今まで戦ってきた強敵やモンスターにも劣らない。


 いや……自分が仕えている銀狼騎士団隊長ヴォルフにも匹敵するかもしれなかった。


「ふぅーー」


 息を吐き出し、気を引き締める。

 さっきまでの晃とは思わず、想像の数倍増しで勘定しておかなければならない。

 ローザが一層警戒を高めた――その時。


 目の前にいた晃の姿が、掻き消えた。


「――くっ!?」

「ああ?」


 長剣を左側に振る。するといつの間に現れた晃の獣爪とかち合った。


(疾いッ!)


 今の攻撃を防げたのはマグレだ。身体が勝手に反応しただけ。だがその反応のお陰で、ローザは命拾いした。


 逆に晃は首を捻る。

 それはローザが自分の攻撃を防いだことが驚きだったのではなく、自分の身体の異変についてだった。


「オラァ!」

「ぐぅ……ぉぉおおお!」


 高速移動からの獣爪による斬撃、四本の尻尾から繰り出される殴打の猛攻。ローザは防ぐことで精一杯で、防戦一方な展開になる。


(何だこれ、身体が軽い。それに威力も上がってやがる)


 久しぶりにスキルを解放して戦う晃は、想像以上に強化された己の身体に戸惑っていた。

 威力も、疾さも、尻尾の扱いも、最後に解放した時よりも段違いに上昇している。


『あの戦いを制した上に、怠惰のクソったれも喰らったンだ。そりゃ強くなるだろ』


 ダンジョン最下層、階層主のベヒモスを破るという最大級の試練を乗り越え。ベヒモスに寄生していた怠惰の魔王ベルフェゴールを喰らった晃は、彼自身が驚愕するほどの力を手に入れていた。


 だがその嬉しい誤算が、ローザを仕留めきれない要因となってしまっていた。


「やるじゃないか、こんなに強くなるとは思わなかったよ」

「アンタも出し惜しみしてるじゃねえか。早く本気にならないと殺しちまうぞ」


 口ではそう言っているが、実際晃はローザが真の力を発揮する前に倒すつもりで戦っている。わざわざ隙を与えて自分が不利な展開を作るのも馬鹿馬鹿しい。だが力の制御が上手くいかず、中々ローザの首を取れない。


「アウローラ王国の騎士共は『聖剣解放』、魔王軍の幹部共は『原獣隔世』っていう強大なパワーアップが存在する。ならその力に対抗する為に、アタイ等帝国軍は何があると思う?」

「知らねぇよ!」

「なら見せてやろうじゃないか」


 ――来る。

 ローザの内側から、途轍も無いエネルギーが爆発するのが感じられた。恐らくスキル解放と同じで、力が何倍にも膨れ上がるのだろう。


 そうはさせない。

 簡単にやらせてたまるかと晃は高速で迫るが、突如ローザの周りに火炎が渦巻き接近を阻まれてしまった。


(ちっ……結局ガチンコ勝負って訳かよ)


 一度距離を取った晃は、内心で悪態を吐く。

 出来れば強化される前に倒しておきたかった。しかしこうなったら、腹を括るしかない。


 渦巻く火炎の中から、重い言葉が放たれた。



「闘神招来――【沙羅曼蛇サラマンダ】」



 ――刹那、轟々と激しく燃えていた炎が凝縮されていく。火炎の中から現れたのは、紅い鎧を纏うローザだった。


 『闘神招来』。

 人間に眠る闘争本能を限界まで呼び覚まし具現化する、帝国独自の強化方法。習得する者は限りなく少ないが、この境地に至った者は絶大な力を手に入れる事が出来る。

 数多の敵を滅ぼしてきた闘神招来の使い手が、晃の眼前に立ちはだかっていた。


「おいおい……力を隠してた事は分かってたけど、ここまで強くてなるなんて聞いてねぇぞ」

『ヒハハ、ビビってンじゃねえよ。にしても闘神招来か、見るのは久しぶりだな』

「あっ、やっぱヤバいやつ?」

『アア、一人で戦況をひっくり返せるぐらいはな』


 ベルゼブブと会話をして大きなため息を吐く晃。今からローザと戦う身としては、笑い事ではなかった。

 だが、こうなる予感はしていた。

 今まで多くの試練に立ち合った中で、今回のようなケースは何度もある。なので開き直っている部分もあった。


 そしてこういう場面で大事な事を晃は知っている。それは――、


「覚悟を決めることだ」

「ここからが本当の闘いだ、いくぜアキラ!!」

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