第118話ヤバい奴

 





「アネゴ、ブロアとリーゼとギッテ、三人の千人隊長が敗北しました」

「そうかい、アイツ等でも歯が立たなかったってことかい」


 部下の報告に、銀狼騎士団三番隊隊長ローザは己の予想を覆されたことに奥歯を噛み締めた。

 こちらは二万の軍勢に対し、敵はったの一人の少年。大馬鹿者か……自信家か。例え自信家であったとしても数の差は歴然。一人と二万では孤軍奮闘も虚しくなる数だ。


 数秒で終わる。

 少年と対峙していた帝国兵達も、そう思っていたに違いない。

 が、結果はどうだ。先陣の兵達は虫を払うかの如く蹂躙され、荒野は阿鼻叫喚と化した。その地獄絵図を作ったのが、たった一人の少年だという事が未だに信じられない。


 三人の千人隊長達は、この場で一番偉い隊長であるローザに一言も告げず独自の判断で少年に戦った。現場の判断で判断したことなのだがら文句は無い。それどころか褒めてやりたいぐらいだ。


 しかし彼等を褒めることは二度と叶わない。

 あの少年に、三人がかりで挑んで死んでしまったからだ。


(そういやボスが言ってたね。エルフの森にはヤバい奴が潜んでるって)


 ローザは、エルフの森に向かう前に銀狼騎士団団長のヴォルフと交わした言葉を思い出す。




『なぁボス、何であのチンケな森を堕とすのに二万も投入しなくちゃならないんだい。五千で充分だろ。それに、態々アタイが出る必要もないじゃないか』


『ああ……俺もそう思うよ』


『馬鹿にしてんのかい?』


『本気だっての。獣王を殺るんだ、普通だったらローザをこっちに回してる』


『じゃあどうしてそうしないのさ』


『実はエルフの森には一度部下を向かわせていてよ、良い報告を待っていたんだが結果は惨敗だって話だ』


『その部下が大したことないんだろ』


『千人隊長のベリバーって言うんだけどよ、実力はそれほど無ぇんだが優秀な奴だ。戦争を知ってるし、俺もあいつは信頼してる。そんなアイツが、片腕失くして何を喋ったと思う?』


『さあ、興味ないね』


『“エルフの森にはヤバい奴がいる”。たった一人の人間のガキに、三百の兵を無力化され自分テメーも負けた。ベリバーの話だと、相当ヤベーらしいぞ。俺でも勝てるか分からないって言ってやがったからな』


『……とても信じられないね。そいつが自分の失態を誤魔化す為にホラを吹いたんじゃないのかい?』


『そうだったら良いんだがよ。俺の勘が訴えてくるんだ、ここの選択は間違えんじゃねえぞってな』


『……』


『ホラならそれでいい。だが事実なら面倒な状況になる前に摘み取る必要がある、確実にな。だからお前を行かせるんだ』


『分かったよ、ボスの命令だ。部下のアタイは従うまでさ。ちゃっちゃと終わらせて、ボスの所に向かうさ』


『ローザ』


『なにさ、まだ何かあんのかい?』


『しくじるなよ』





 最後の台詞を放つ時、ヴォルフは真剣な顔だった。団長があんな本気の顔を見せるなんて久しぶりで、らしくもなく一瞬怯んでしまった。

 会話を思い出して口を閉ざしていたローザに、部下が方針を尋ねる。


「千人隊長が殺られて兵士の士気は下がってます。どうしますかい、アネゴ」

「お前等全員で殺れ。時間を掛けてもいい、連携を取って嬲り殺しにしな。その間に、雑兵は森に突っ込ませるんだ」

「分かりました。では、行って参ります」

「ああ、最後まで油断すんじゃないよ」


 部下の姿が消える。

 ローザ直属の三番隊の兵士達が次々と、背中からタコの足のようなものを蠢かせている少年に襲いかかっていく。


 その戦闘を眺めながら、ローザはふと呟いた。


「アタイまで回してくれるなよ」

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