第116話1対20000

 



 ――エルフの森から少し離れた荒野。


「あーあ……今からあの数と戦うのか。憂鬱だ」


 見渡す限り、鉄の鎧を着込んだ帝国軍兵の群れ。一体どれだけの数が投入されているのか計り知れない。あの軍勢が一気に攻撃してきたら、エルフなんか瞬く間に蹂躙されてしまうだろう。

 全く……たった何百のエルフに本気になってんじゃねえよ、大人気無ぇな。


(って、帝国を本気にさせちまったのは俺の所為なんだよな……)


 魔王軍四天王、獣王キングが言っていた。

 前回の戦いで俺が帝国軍をこっ酷く追い返したものだから、奴等は油断せず徹底的に潰しに掛かってくると。


『まっ、乗り掛かった船だ。精々頑張ってくれや』


 あのライオン……人事のようにほざきやがって。大体、駆けつけたのに兵の一人も置いていかず行っちまうとはどういう事だ。

 まあ奴にとって、いや魔界にとってエルフは必要では無いのだろう。勝手にのたれ死んでればいい、それぐらい取るに足らない存在。


 簡単に言えば、エルフは見捨てられたんだ。



(じゃあ誰が戦う?俺しかいねーじゃねーか)



 正直に言えばエルフは雑魚だ。

 精霊術を加味しても、ダンジョンの10階層の主、ブラックオークキングにすら手も足も出ない。

 唯一帝国と渡り合えるとしたら、冷静に分析しても俺ぐらいだろう。だから、俺が戦うしかない。


 幸い、右腕も生えて身体は全回復。腕が生えた時、マリアが「ええええ!?」て目ん玉飛び出るほど驚いていたな。あれは笑った。


 未だにベルゼブブの反応は無いが、まあそれはいい。あいつの事だ、いずれひょっこり現れるだろう。


 帝国の軍勢が間近まで接近してきた時、俺は声を張り上げて警告した。


「ここから先は通行止めだ!通りたければ俺を殺せ!但し、向かって来る敵に慈悲も容赦も無い!死ぬ覚悟のあるやつだけ掛かってこい!!」


 そう告げると、帝国兵達は呆気に取られた表情を浮かべ、一瞬の静寂が生まれる。

 しかしそれは束の間で、荒野に爆笑の嵐が巻き起こった。


「いひひひひひひひ!!」

「「ぎゃははははははは!!」」

「おい聞いたか?一人であんな所に突っ立ってると思ったらよ、面白ぇこと言いやがったぞ!」

「こっちは二万だぞ二万!たった一人で二万を相手にするってのかよ!?あー駄目だ、腹が痛え!!」


 笑われてんなー。

 そりゃそうか、俺が敵側だったら絶対笑ってんもんな。あの馬鹿は何言ってんだって。数も数えられない阿呆なのかってな。

 まあいいか、一応警告はしたし。これで気兼ねなく俺も力を振るえる。


「ナイフ、蜘蛛糸」


 両腕にナイフを纏う。まだ嘲笑ってる帝国兵の鎧に黒糸を付着させると、伸縮移動で肉薄し、


「へ?」

「ハッ!」

「ぎ、ぎぃぃやああああああああ!!?」


 腕を切り落とすと、断末魔が鼓膜に響く。

 気にせず、俺は近くにいる帝国兵を片っ端から襲っていった。


「何だこのがぁぉ!?」

「あ、足がぁぁ!俺の足が!!」

「何だこのガキ、妙な術使いやがっあがぁだぁぁ!!」


 晴々とした空に似つかわしくない絶叫が轟く。既に10人は斬ったか。

 反応も鈍く動きも酷すぎる。ただ狼狽るだけで全然反撃して来ない。まるで人形を斬っているぐらい木偶の坊だ。これならダンジョンモンスターの方がよっぽど厄介だぜ。


 敵が二万と言っても、実際に二万を相手にする訳ではない。一度に相手をするのは5、6人程度。そして俺は、その数を戦闘不能にするのに3秒あれば十分だ。


 けど、もう面倒臭くなってきたな。

 もっと効率よくやろうか。


触手刃フィーラーナイフ

「な、何だこいつ!?」

「ば、化物だぁぁ!!」

「痛え、痛えよぉぉぉぉー!!」


 背中から6本の触手刃を生み出し、操って帝国兵の身体を次々と欠損させていった。




 ◇




 マリアの父であり、エルフの戦士長であるムーランドは己の目に映る光景に驚愕していた。それは近くにいる仲間とて同様だろう。


 エルフの森から1キロ程離れた荒野で、人間の少年――アキラがたった一人で帝国軍と戦っている。

 それも、敵の数は万を優に超えているだろう。戦力としては、絶望的な差だ。しかしその差をモノともしない戦いをアキラは繰り広げていた。


「……なんて人間だ」

「つ、強過ぎだろ……」

「あんなに囲まれてるのに……背中に目でもついてんのか?」


 側にいる戦士達が、アキラの戦いぶりに恐怖を抱いた。森人エルフは視力が高い。あれほど遠く離れていても、彼の戦いを見る事が可能だ。

 ムーランドは、戦場に出向く前に交わしたアキラとの会話を思い出す。


『馬鹿なッ、一人で戦うからついてくるなだと!?見縊って貰っては困る、これは私達の戦いだ!お前の好意に甘えて私達が指を咥えて待っていられる訳ないだろ!!』

『その気持ちは嬉しいんだけど、はっきり言えば邪魔なんだよ。アンタ等がいると、戦いに集中出来ない』

『なっ……!』

『俺の横を抜けた奴だけ仕留めてくれればいい。それでも心配なら、ピンチになったら駆け付けてくれよ』

『本当に……やれるのか?あの大軍を一人で』

『やれるかじゃない、やるんだ』


 話している最中のアキラには、全く脅えや恐怖がなかった。その黒目に宿るのは、覚悟と決意のみ。


「アキラは……戦いの神かもしれんな」


 あっという間に百の兵を薙ぎ払った人間の少年を眺め、ふと呟く。あの凄まじい戦いぶりは、戦神と例えられてもなんら不思議ではなかった。


 ムーランドは最後にアキラが零した台詞を思い出す。彼は鉄の軍勢を見据えてこう言い放ったのだ。


『今までの試練と比べたら、それ程絶望的じゃないな』

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