第114話白か

 



 ――あれから一週間が経った。


「アキラさん、お身体の方、大分良くなりましたね」

「マリアが作ってくれる美味い料理のお陰だよ」

「そ、そんな……ワタシなんて……」


 素直に褒めると、彼女は照れ臭そうに身体を捩らせた。俺がやるとキモいだけだが、超絶美少女のマリアがやると普通に可愛い過ぎるから困る。


 俺はエルフの村から離れた場所にあるマリアの家にお世話になっていた。

 食糧は自分で獲っている。森の中にいる熊や猪などの猛獣や害獣を積極的に狩り、それをマリアに調理して貰っていた。魔王の力を使えば簡単に捕まえられるからな。


 野菜とか穀物は村民から譲り受けている。

 マリアが忌子では無いと知った村民達が、罪滅ぼしなのか定期的に渡しに来てくれるのだ。その際必ずマリアに謝罪し、彼女が大丈夫ですよ、というやり取りが行われる。

 一部のエルフはまだマリアを忌避しているが、殆どのエルフは彼女を受け入れていた。


 一度マリアに、親父と暮らせばいいじゃないかと尋ねたことがある。

 しかし彼女は「もう住み慣れちゃいましたから」と微笑み、その後「そ、それにアキラさんともう少し二人きりでごにょごにょ」と何故か顔を真っ赤にしていた。最後は声が小さくなって聞き取れなかったが、彼女が満足しているなら俺がどうこう言うのも野暮だろう。


 身体の回復は順調だ。もう自由自在に駆け回れるぐらい良くなっている。

 しかし右腕を治すまでは至らず、またベルゼブブも未だに応答がない。でも時間の問題だろう。


 一週間、帝国が襲ってくる気配は無い。平和そのものだ。

 そういえば、俺が体力を喰らって気絶させた兵士達は意識を取り戻した後に全員帰って貰った。エルフの中には「帝国の兵士なんて殺しちまえ!」と怒号を上げていたが、俺が「文句あんのか」と聞いたら顔を青ざめて口を閉じていた。


 無駄に命を奪い取る必要もない。

 まぁ、もし次も来たら多分殺すだろうけど。




「今日は良い天気ですね」

「そうだな」


 眩しそうに木漏れ日を見て告げるマリアに、俺は頷いて同意した。

 俺とマリアは散歩している。天気が良かったので、今日は狩りとかもせず落ち着いた一日を過ごそうと思ったのだ。散歩を提案したのはマリアである。


「あっこら、もうシルフったら」

「……白か」


 ひゅんっと風が吹き、マリアが履いているスカートが巻くれた。それはまるで、小さな男の子がお姉さんに悪戯したかのよう。

 けどこの場には俺とマリアしかいない。なら悪戯の正体は何なのかというと、それは精霊だった。


 ふわっと優しい風が俺の前髪が持ち上がる。

 やったのは風の精霊シルフだ。


「ふふ、アキラさん。シルフが遊ぼうって言ってますよ」

「よくこいつの意思が理解出来るな」

「何となくですけどね」


 精霊は四大精霊に分類される。

 風のシルフ。

 水のウインディーネ。

 土のノーム。

 火のサラマンダー。

 エルフの森には、この四種の精霊が住んでいる稀有な場所だ。そしてエルフは唯一精霊と心を通わせられる。特にマリアは、精霊との相性が凄く良いみたいだ。言葉を話す訳でもないのに意思疎通が可能らしい。


「精霊はワタシにとって、友達みたいなものですから」

「……」


 幼い頃に母を亡くし、村から追放されたマリアは一人で生きていかなければならなかった。寂しくて、心細くて、毎日泣いていた。そんな彼女を心から救ったのが、精霊達だったんだそうだ。


「キュルル」

「ん?」

「ボエ」

「……」

「キュキュキュ!」


 小さな赤い蜥蜴がスルスルと肩に登ってきたと思ったら、突然口から火を噴いてきやがった。お陰で前髪の毛先がチリチリになっている。それが面白いのか、蜥蜴はケラケラ笑ってやがる。

 おい蜥蜴……お前を焼いて食ってやろうか。


「キュル!?」


 自分の身が危険だと察したのか、蜥蜴は全身から火を噴き出しながら脱兎の如く逃げ出した。すげー逃げ足の速い蜥蜴だな。


「今のは火の精霊サラマンダーです」

「ああ、あれが」

「それにしても驚きです。本来滅多に姿を現さない精霊達が、エルフでもないアキラさんに懐いてますから」

「あれは懐いているといえるのか?」


 頭を捻っていると、マリアはおかしそうに笑顔を溢した。


「懐いてますよ。シルフやサラマンダーだけじゃない。ウインディーネやノームだってアキラさんに興味津々です。アキラさんって、本当に人間ですか?もしかして神様だったりしませんか?」

「やめてくれ、俺は正真正銘人間だよ」


 俺とマリアはそれからも散歩を続け、他愛もない事を話したり精霊と戯れたり静かなひと時を過ごしたのだった。




 ◇




「待てマリア」

「ど、どうしたんですか?」


 家に戻ると、俺はマリアを背後に下がらせ警戒した。突飛な行動に訝しんでいるが、説明している暇はない。


(……いる)


 マリアの家の中に、途轍も無い強者がいる。

 約10メートル。それだけ離れているのにも関わらず、姿も把握してないのに、恐ろしく強い奴が潜んでいると本能が警鐘を鳴らしているのだ。


 スキルを解放して勝てるかどうか。

 今の俺では万が一にも勝てない。いざとなったら、マリアだけでも逃さなくてはならない。

 警戒していると、家の中から呑気な声が聞こえてきた。


「おーい、いつまで外にいるんだ。お前達の家だろー、遠慮なく入って来いよー」

「え?……誰かいるんですか?」

「…………」


 言葉に敵意は含まれていない。

 害は……無いのだろうか。ゴクリと唾を飲み込むと、俺は警戒を解かず家のドアを開けた。

 するとそこには――、


「よう、待ってたぜ」

「「……」」


 人型のライオンが、椅子に腰掛けながら熊肉を頬張っていた。

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