第112話厳しいかもしれん
ベリバーは困惑していた。
簡単な仕事だった筈だ。森の中にいる
しかし、戦況は最初から芳しくなかった。
帝国の兵士が、傷を受けずに気絶する不可解な現象が起きてしまう。始めは気にしていなかったが、数が百を超えたと聞き違和感を覚えた。
そして本能が訴えて来たのだ。この森の奥には、久しく出逢えていなかった強敵が潜んでいる、と。
千人隊長は兵士を引き上げるよう命じ、自らが打って出た。そしてエルフ共に実力の差を思い知らしめると、茂みの中からこの場にいる筈のない人間の少年が現れる。
不気味な少年だった。
身体の線が細く、右腕も失われている。立っているだけで精一杯のように窺える。
だが……少年からは強者のオーラが滲み出ていた。
そして少年は、力強い瞳を放ちながら戦おうと宣言する。
こいつだ、とベリバー確信する。森に潜んでいた強敵の正体はこの少年であると。
そして戦いは始まり、己の攻撃は少年に躱されてしまった。追撃しようとするも、よく分からない動きで距離を取られてしまう。
ならばと暴風を放った。手応えありと感じていたら、いつの間にか背後から少年が鼻先まで迫っている。
慌てて迎撃しようと戦斧を振ろうとするも、得物を握る右腕を斬り飛ばされてしまったのだ。
「ぐっ、ぉぉぉぉおおおおっ!!」
這い蹲り、唸り声を上げるベリバー。
まさか一度も剣を合わせる事なくやられるとは思わなかった。初めの攻防で回避しながら首筋を狙ったのも偶然ではない。二度目の斬撃は、鎧が守られていない関節部分を狙っていた。驚嘆する技量だ。
何故こんな化物のような強さの少年がこの森に?
未だに混乱している彼に、影山晃は静謐な殺気を放ちながら告げる。
「このまま退くなら何もしない。まだ戦うって言うなら殺すけど、どうする?」
「……ッ!!?」
背筋が凍るような声音だった。
少年の言葉は決して冗談ではない。やると言ったら一切合切躊躇なくやるだろう。
顔を上げると、己を見下ろしてくる影山と目が合った。その瞬間、ベリバーは心の底から畏怖する。
(先程の戦士の目ではない……帝王様と同じ目をしておる!)
格上の存在。圧倒的強者。帝国を統べる帝王とは一度しか間近で会っていないが、その時体感した畏怖とよく似ている。
魂が逆らうなと叫んでいるかのような、覇王の目が。
ベリバーはごくりと唾を飲み込み、
「一つだけ聞かせて欲しい。私の兵士が外傷もなく気絶したのは小僧の仕業か?」
「……ああ、そうだよ」
「やはり、そうか……」
と、合点がいったその時だった。
ひゅん、と森の奥から矢が飛来する。その矢は晃のこめかみに命中する寸前、黒い膜によって塞がれる。
直後、淡々と晃は尋ねた。
「今のが答えでいいんだな?」
「待て、待ってくれ!おいシュナイザー、攻撃を止めろ!兵を退かせるんだ!!」
ベリバーは慌てて後方にいる部下に命令する。すると帝国軍の兵士が次々と後退していく。その光景を眺めてベリバーが安堵の息を吐いていると、一人の部下が近寄ってきた。
「隊長、大丈夫ですか?」
「ああ、平気だ。それより早く退くぞ」
「肩でも貸しましょうか?」
「馬鹿言え、腕を切られただけでお前の手を借りるほど落ちぶれちゃおらんわ」
強がりを言って、ベリバーは静かに立ち上がる。晃と視線を交わせる事なく部下を連れて踵を返した。
「シュナイザー、矢を放ったのはお前だな?」
「はい、無警戒で殺れそうだったので。ですが驚きましたよ、矢を見もせず防ぎましたからね」
「良かったな。お前、もう一度射っていたら確実に殺されてたぞ」
「マジですか」
そう言いつつも、部下のシュナイザーはそうだろうなと薄々勘付いていた。かなり遠くから放ったのにも関わらず、少年はシュナイザーを捕捉している。目が合った時は死を覚悟したものだ。
「隊長、本当にこのまま退くんですか?」
「そう命令したではないか」
「ですがそれですと、作戦失敗で隊長は厳罰、降格も有り得ますよ。いいんですか?」
「ふん、私の見栄で兵士が無意味に死なずに済むなら降格ぐらい安いものだ」
馬鹿にするなと言わんばかりのベリバーに、シュナイザーはこの人はやっぱり優秀な隊長だと胸中で感嘆する。
「もうエルフの森には仕掛けないのですか?」
「ああ。“アレ”は私の手に負えん。小僧の存在をヴォルフ団長に伝え、判断を仰ぐ」
「俺が言うのもなんですけど、あのガキそんなヤバいんですか?」
シュナイザーの純粋な質問に、ベリバーはあの瞳を思い出して震える身体を残った左手で叩きつけながら、
「器が違う。ヴォルフ団長でも勝てるかどうか……もしあの小僧が本当に帝国の敵となるならば、この戦い……厳しいかもしれん」
◇
「……はぁぁぁぁ、危なかった」
おっさんと兵士が森の奥へと去って行ったのを確認すると、張り詰めていた緊張を解いて俺は長いため息を吐いた。
正直今回は出来過ぎていた。
あのおっさんが直情型で、油断していたから上手くハマっただけ。もし絡め手を使う慎重派だったなら死んでいたのは俺の方かもしれない。
現に今、たった一戦しただけで俺の身体はボロボロだ。あれだけ敵兵士の生命エネルギーを喰ったのにもうガス欠状態になっている。やはり俺の身体は燃費が悪い。
「……っ」
「肩を貸そう」
「アンタは……」
立っていられず身体が崩れそうになると、マリアの親父が支えてくれる。あれだけ邪険に扱ってたのに、どういう風の吹き回しだ。
「エルフを代表して礼を言う。ありがとう」
「礼なんかいらねぇよ。それより一発殴らせろ、森の中を引き摺り回したこと忘れてねーからな」
肩を借りながら本殿へと向かう。
他のエルフ達はどう喜んでいいか分からない顔をしていた。そりゃそうだろう、散々罵詈雑言を浴びせた人間なんかに命を救われたんだからな。
「ああ、好きなだけ殴っていい」
「そのつもりだが、俺より先にアンタを殴らなきゃいけない奴がいる」
「……」
「なぁ、なんで親のアンタまでマリアを迫害するんだ?アンタがマリアを助けなきゃ誰があいつを助けるんだよ」
「それが掟だからだ」
はっ、また出たよ。
掟だ仕事だ、大人はいつもそればっかりだ。
ふざけんじゃねえよ。
「家族より掟が大事なのか?アンタは娘よりも掟の方が大事なのかよ」
「……私は、私だってマリアを大事にしたかったッ。マリアが忌子だと分かるまでは!」
唇を噛み千切りながら、マリアの親父は言葉を吐いた。声量は変わらないが、確かな重みと怒りを込めて。
「昨日今日現れた人間の貴様なんぞに私達の何が分かる。私の妻は元々病弱で、それでもマリアを授かった時は心底喜んでいた。身体に無理があっても妻はマリアを生んだ。しかし無理をして生んだ子供は忌子だったのだ」
「……」
「妻はマリアを見捨てようとはしなかった。しかし周囲の反応は冷たく『忌子を生むなんて!』『母親のお前も忌子だ!』と妻を口撃する。周囲からは陰口に嫌がらせを受け、病弱な上に無理な出産も祟って、妻は病に倒れ死んでしまったのだ。それもこれも、忌子であるマリアを生んでしまったが為に!」
「逆だ、マリアは忌子なんかじゃない。神に愛された存在だ」
婆ちゃんから話された事実を伝えると、マリアの親父は悲しそうに「知っている」と呟いた。
はっ?
こいつは今何て言った?
知ってると言ったのか?
「妻が死んだ後に最長老達から知らされた。しかし、それが何だ。口止めされた上に、周りから忌子と思われていたら結局何も変わらないではないか」
「馬鹿か、変わってるだろ」
「何がだ」
「少なくともテメェだけはマリアが忌子ではないと知った筈だ。なら、父親のテメェだけでもマリアを守らなくちゃいけないんじゃないのか?」
「……」
「テメェは奥さんが死んで、いつまでもガキみたいにやさぐれてるだけなんだよ」
「……そうかもしれないな」
そうかも、じゃねぇんだよ。
そうなんだよ。
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