第111話理由を聞く必要があるか?
「被害は?」
「約300です」
帝国軍千人隊長のベリバーが険しい表情で尋ねると、横にいた部下が答える。その驚愕的な数に、ベリバーはさらに眉間に皺を寄せた。
「この短時間で我が隊の3分の1も減らされたと……それほど
「エルフには精霊術という魔術のような力が扱えます。しかし精霊術が多く使用されていないことから、精霊術を扱えるエルフの数が少ないか、連発は不可能なのでしょう。それより気になる事があります」
「何だ?」
「先程も申しましたが、兵が外傷を受けた訳でもなく突然気を失っているんです。それも、300の内200人もの兵が。戦医に確かめた所、“命に別状は無いが体力が失われた状態”であるそうです」
「……そうか」
確かに数時間前。
部下がそのような情報を言っていた気がする。その時は冗談だと気にせず笑っていたが、200にもなると笑ってなんていられない。早急に策を変更する必要がある。
指示を待つ部下に、ベリバーはこう告げた。
「兵を一旦下がらせろ。このまま数でゴリ押ししても無意味という事が分かった」
「承知いたしました。では、いかがいたしましょう?」
「私が出る」
ベリバーの言葉に、今度は部下が驚嘆した。
「隊長自らですか?功を急いでませんか?」
「私の勘が騒いでいるのだ。久しぶりに、強敵が現れたとな」
◇
「ふぅ……」
短く息を吐き出す。
あれからどれだけ時間が経っただろうか。俺はひたすら茂みに隠れながら、帝国軍の兵士から体力を喰い漁っていた。最初は一本だった黒糸が徐々に増え、一度に体力を喰らう人数を増していき。
喰った人間は50を超えてから数えるのはやめた。だが恐らく数百はいっているだろう。お陰で力も多少回復し、僅かだが魔王の力も扱えるようになった。
「何だ……逃げ始めたぞ」
突然、帝国軍の兵士が退いていく。その光景を目にしているであろうエルフ達が木の上で「猿共が逃げてくぞ!」「ザマーみろ!」と嬉々の声を上げていた。
しかし俺は違和感を覚える。
敗走という程、奴等が浮かべる表情は悲観的では無かった。寧ろ逆で、この後の展開に喜んでいるかのよう。まるで、大将戦を前にする期待した雰囲気みたいに。
と、その時だった。
前方から斬撃波が地面を抉りながら強襲し、エルフ達がいる木を切断する。
「うわぁぁ!!?」
「こっちに飛べ!早く」
木が倒壊し3、4人ほど悲鳴を上げながら落下していく。
グシャリと耳に響く嫌な音を無視し、俺は飛んできた斬撃の先を見据えた。
(これはまた、強そうな奴が出て来たな)
のそり、のそりと悠然に歩くのは恰幅の良いおっさんだった。巨大な戦斧を肩に担いで歩く様は、強者の佇まいを感じる。今放たれた斬撃は間違いなく奴によるものだろう。
「
後方から魔言が聞こえてくると同時に、先程帝国兵を薙ぎ払った暴風が吹き荒れる。迫り来る暴風を前に、おっさんは特に防御や回避をする訳でもなくその場に立っていた。
暴風は去った。
しかし、おっさんは全く微動だにしていない。木の上にエルフ達から動揺が生まれるのが伝わってくる。
そりゃそうだろう。自信のある攻撃がそよ風程度にしかならなかったのだから。
「ヌルい、こんな風で私を倒せると思ったか。本当の暴風というものを教えてやる!!」
おっさんは戦斧を構えた。
「ふん!!」
気合いの篭った息を吐き出し、戦斧が振り抜かれる。幾つもの斬撃が含まれた暴風が容赦なくエルフ達を襲った。木を切り刻み、薙ぎ倒し、エルフ達が悲鳴を上げながら落ちてゆく。
その光景を視界に捉えながら、俺はため息を吐いた。
(エルフの連中じゃあのあっさんは無理だな)
あのおっさんは文字通り一騎当千を体現可能な猛者だ。このままでは一方的に蹂躙されてしまう。
誰かがやらなくちゃならない。そしてあのおっさんと唯一渡り合えるとしたら、この場には俺しかいないだろう。
(集中しろ)
今の俺で勝てるかと言ったら難しい。けど、ここで奴を倒さないとマリアが殺されてしまう。いや、死ぬ方がマシと思うぐらい残酷な目に遭うかもしれない。
それだけはあってはならない。俺がさせない。
覚悟を決めろ。
「ん……人間か?何故人がここにいる」
「……」
隠れていた茂みから出て、俺はおっさんの眼前に立ちはだかった。奇襲も考えたがやめた。小手先が通じる相手とも思えない。
おっさんは怪訝そうな表情を浮かべつつ、俺に尋ねてくる。
「何故人間がそちら側にいる。どこの国の者だ」
「理由を聞く必要があるか?俺がアンタにエルフを襲うなって言っても、戦争をする理由を聞いたって無意味じゃねえか。俺はアンタと戦う、それだけだ」
「……ふむ、どうせ殺すのだ。詮索するのも栓なき事か」
静かに首肯した後、おっさんは関心した風に話す。
「中々良い目をしておる、部下に欲しいぐらいだ。だが小僧、隻腕で私に勝てると思っているのか?」
「じゃなきゃ逃げてるわ」
「ふむ……その言葉が自信か虚勢か、試させて貰おう!」
楽しそうに牙を向けながら、おっさんが迫って来た。
「ナイフ」
左腕にナイフを纏う。瞬く間に距離を詰めてきたおっさんが戦斧を振り落としてくるが、俺は冷静に見切って躱しつつナイフでおっさんの首筋を狙う。
「むお!?」
首を捻られ惜しくもナイフの切っ先は届かない。驚愕したのも一瞬で、おっさんは再び戦斧を構えた。
「蜘蛛糸」
俺は背中から黒糸を放出し、背後の木に付着させる。伸縮移動でおっさんとの距離を一度離した。
「私の一撃を躱す所か反撃してきおったわ。奇怪な術を加味してもこの小僧……出来るな!」
(今ので太刀筋は分かった。次は仕留める)
「勘の正体は小僧だったか。くく、久しぶりの強敵に血が騒いできたわ!!」
アンタは強い。斬り合えば一合と持たず打ち負ける。けどそれだけだ。
パワーではミノタウルスより劣り、剣技は黒騎士の足元にも及ばない。観察したところ、攻撃も愚直で真っ直ぐだ。
「小僧、これはどうだ!!」
おっさんが戦斧を薙ぎ、爆風を起こす。先程エルフ達に致命打を与えた技だ。だがその攻撃動作は大きく分かり易い。俺は予め蜘蛛糸で爆風の射線から回避していた。
俺の姿を見失っている間に、蜘蛛糸で背後から接近。そして――。
「ナイフ」
「む!?」
気付いたおっさんが振り向き様に戦斧を繰り出すがもう遅い。俺はナイフでおっさんの右腕を斬り飛ばした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます