第110話奇妙な情報

 





「手古摺っておるな。やはり森の中では力を発揮できんか」

「そうですね。地の利は奴等にあります」


 エルフとの開戦から1時間。

 帝国軍は中々戦果を上げられずにいた。動き辛い森の中、木の上から矢を放ってくるエルフに手間取っている。

 しかしそれも時間の問題だ。


「たかが百や二百そこらだ。数で押し込めばすぐに終わる」

「そうですね。ですが隊長、一つ奇妙な情報が入ってきました」

「何だ?」

「兵士が突然気を失ったそうです。外傷もなく」

「転んで頭でも打ったんだろ」


 冗談を言う千人隊長のベリバーに、部下は淡々と説明を続ける。


「それが一人ではなく、次々と気を失っているんですよね」




 ◇




「くそ……何だ!?急に力が抜けて……」


 ドサっと、鉄の鎧を纏った兵士が地面に倒れる。きっと他の仲間は、エルフの矢にやられたと勘違いしている事だろう。

 が、兵士を気絶させたのはエルフじゃない。

 やったのは俺だ。


「ふぅ……これで五人目。でも全然回復しねぇな」


 茂みの中に隠れている俺は短く息を吐く。

 そして倒れた兵士の体に付着している黒糸を戻した。


 歩くのがやっと。

 魔王の力も使えず戦える状態ではない俺は、茂みに隠れて身を潜めていた。そしてエルフと戦っている兵士の身体に一本の黒糸を伸ばして付着させ、“生命エネルギーを喰らっていた”。


 生命エネルギーと聞けば物騒かもしれないが、殺す訳じゃない。その日一日動けなくなるぐらいだ。

 殺そうとも思わない。俺は別に帝国軍にはなんの怨みも無いし。無力化出来れば十分だろう。


(それにしても俺の身体はどれだけ疲労してんだ?成人男性五人分のエネルギー喰らってまだ黒糸しか出せないのかよ)


 黒糸一本出すのが精々だったのが、五、六本出せるようになっただけ。今の状態で帝国兵士に見つかったら成す術なく殺されてしまうだろう。

 ベルゼブブに何回か話しかけているが、やっぱり反応はない。全然回復量が足りないって事だ。


(まぁ正直に言えば生命エネルギーより、普通に飯が食いたい。生きた生物を喰いたいという飢えもある)


 ここでふと思ったのは、俺が今まで直ぐに完全回復していたのベルゼブブのお陰だったのだろう。アイツと身体を入れ替えて、ダンジョンのモンスターを丸々喰い荒らしていたから回復が早かったんだ。

 人間の生命エネルギーを少し食らったぐらいじゃ、魔物一匹分にも満たない。


(無い物強請りしても仕方ないか。今やれる事をやろう)


 俺は黒糸を操り、慎重に帝国の兵士達から生命エネルギーを喰らっていく。




 ◇




「何かがおかしい」


 マリアの父であり、戦士長のムーランドは違和感を覚える。

 エルフは戦えない訳ではない。森に住む獰猛な獣を狩る為、男は必ず弓術を学ぶ。身のこなしもよく、木の上も地上と同じように渡り歩ける。取っ組み合いの力勝負だってする。

 だがそれだけだ。本当の戦を、戦争をした事は一度もない。


 だからエルフは、木の上から兎に角矢を放つ。それが最善の策だからだ。

 が、人間も馬鹿ではない。此方と同様に矢を射ってくる。エルフのような正確な命中精度は無いが、いかんせん数が多い。

 もう何人か矢を受け、仲間が下に落ちている。


 だが被害は思ったよりも少ない。

 それは、帝国軍の兵士が突然倒れている事と関係があるのだろう。仲間の矢が当たった訳でもないのに、糸が切れたように兵士が倒れていく。とても不可解な現象だった。


(地上で何かが起きている。ならば今は好機だ。一気に畳み掛ける!)


 ムーランドは精霊に語りかける。

 エルフは唯一精霊と心を通わせられる種族だ。だからと言って一方的に命令出来る訳でない。彼等に語りかけ、お願いし、力を借りる。それが精霊術だった。


 ムーランドに、一匹の風精霊シルフがやって来る。彼は精霊の力を借りて、精霊術を行使した。


颶風シルフィンド!」


 両手を帝国兵がいる真下は向けると、ムーランドは精霊術を唱えた。すると彼の手の平から竜巻が巻き起こり、帝国兵を薙ぎ払ってゆく。


「流石ムーランドさん!」

「凄ぇや」

「はぁ……はぁ……」


 賞賛を口にする仲間のエルフ達に対して、ムーランドの息を荒かった。

 精霊術は強大だが、その代わり精神力が削がれてしまう。更に精霊術をまとまに使えるエルフは多くない。乱発は不可能で、使い所を見極めなければならなかった。


「この戦い、絶対に負ける訳にはいかない」


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