第109話進撃だ

 




「森は嫌ですね。虫が多くて」

「そうだな、早くこんな場所にいる原始人を駆逐して基地に戻りワインでも飲みたい」


 帝国軍銀狼騎士団千人隊長のベリバーは、部下の愚痴に全くそうだと同調する。

 ベリバーと千人の兵士は今、魔界の領土である森人の森を侵略中だった。その理由は、勿論この森に住むエルフを皆殺しにするため。銀狼騎士団のおさであるヴォルフの命令だ。


「エルフは大変美しいと言われます。男は殺しても問題無いでしょうが、女を殺すのは少々勿体ない気がしますね」

「そうだな……持って帰るか」


 エルフの外見は神がかり的なまでに美しい。

 その噂はどこの国にも渡り歩いている。もしその噂が本当だとすれば、確かに殺すのは勿体ない。

 全員とは言わずとも、何十人か捕まえれば十分だ。ヴォルフに捧げれば、自分の手柄も上がる。勿論、ベリバー自身も楽しむが。


「この森に来て良かった事がありましたね」

「そうだな。所でエルフ共が張った結界はいつ破れる?そろそろ待ちくたびれたぞ」

「もうすぐですよ。ほら、もう破りました」

「ほう、やっとか」


 ベリバーは森の奥を見据える。

 そこにいる宝物を思い浮かべて唇を舐めると、背後にいる千の兵士達に号令を下した。


「進撃だ、殺し尽くせ」




 ◇




 本殿の外には、全てのエルフが集まっていた。老若男女合わせて数はざっと五百人程か。彼等は皆、本殿の壇上にいる二人の最長老に視線を集めている。

 そんな中、最長老のロロが口を開いた。


「今、帝国の人間共が来ておる」

「「…………」」


 帝国が攻めて来た。そう述べたのにも関わらず、誰一人として狼狽えなかった。何故なら彼等は予め知っていたからだ。自分達は滅びる運命にあると。


「私達エルフは森から離れて生きてはおれん。そして争いが嫌いじゃ。精霊も争いが嫌いじゃ。ならば私達は滅びの道しかない」

「「……」」


 エルフ達はロロの話を聞いていた。

 事実を受け入れようと、黙って静かに聞いていた。


「そう思っていた……のじゃがな、やっぱりやめた」

「「…………へ?」」


 滅びる運命は覆された。

 たった一人の人間の出現によって。

 キョトンとするエルフ達に、ロロは軽い口調で続けて、


「戦う事に決めた。争うことにした。私達の森は私達が守る。私達の家族は私達が守る。帝国の人間なんかに好き勝手されるのは御免じゃ。じゃが、これは私の勝手に過ぎん。お前達の気持ちを教えて欲しい」


 ロロが問いかけるが、エルフ達は口を閉じたみままだ。しかしやがて、一人のエルフが空に届かんばかりに叫び声を上げた。


「戦う!俺は元々嫌だったんだ、家族を死なせたくない!」


 彼を皮切りに、次々と声が上がる。


「人間なんかに食い物にされてたまるか!」

「森を荒されてたまるか!」

「死にたくない!」

「精霊が力を貸してくれなくても、素手で戦ってやる!」

「生きたい!」


 全員の気持ちは同じだった。

 今までは死を受け入れていたが、いざその時が来ればやはり思い直す。まだ生きていたいと。まだ死にたくないと。声を大にして叫ぶ。


「皆の気持ちは分かった。では私達と共に戦う二人を紹介しよう」


 ロロがそう告げると、背後から晃とマリアが壇上に立った。エルフ達は二人を目にすると、怒りをあらわにする。


「何で忌子と人間がここにいる!」

「忌子が人間なんか助けたから帝国がやって来たんだ!お前はやっぱり厄災を招く忌子だ!!」

「消えちまえ!」


 多くの悪意をぶつけられ、マリアの身体が震える。そんな彼女を横目に、晃は今にもキレそうだったが唇を噛んで我慢した。


「この戦いに勝つには、滅びの運命を避けるにはこの人間の力が必要じゃ。そしてマリアは……」

「「…………」」

「時間が無いのでマリアの事は後で話そう。じゃから皆、生きてここに戻ってくるのじゃ」


 その言葉を最後に話は終わり、戦えるエルフ達はすぐさま帝国軍へと向かって行った。年老いた者や女子供は森の奥に避難していく。

 それ等を見ながら、晃は隣に立つマリアに声をかける。


「大丈夫か?」

「はい、ありがとうございます。アキラさん」


 晃は残っている左手で彼女の背中を支えていた。そうでもしないと、今にも崩れ落ちてしまいそうだったから。


「とりあえず、俺も行くわ」

「……やっぱり駄目です。そんな傷付いた身体で行かせられません」

「俺なら平気だ。ちょっと喰えば戦えるようにはなる」


 マリアを安心させるように言う晃に、最長老のダンテが声をかけた。


「お前さん、もう一つの魂が宿ってるね」

「……ああ」

「早く回復した方がいい。お前さんが今も生きていられるのは、その魂のお陰じゃからな」


 もう一つの魂というのはきっとベルゼブブの事だろう。ダンテの話を真に受けるならば、晃が生きていられるのはベルゼブブが何かをしているお陰だ。だから呼び掛けに応える余裕がないのかもしれない。

 晃はベルゼブブが出て来ない理由に納得すると、


「んじゃ、あの虫野郎の為に急ぐか」

「アキラさん……」

「何だ?」

「申し訳ありません」

「何でお前が謝るんだよ」


 突然、泣きそうな顔でマリアが謝罪してくる。その理由が分からず、晃は首を捻りながら小さく笑った。


「アキラさんはワタシが助けたから、ワタシ達の為に戦ってくれるんですよね」

「まぁ、改めてそう言われればそうだな」

「だから、ワタシがアキラさんを巻き込んでしまって……」

「申し訳ないと」

「……はい」


 シュンとするマリアを見て、ぷっと盛大に吹いた。笑うと身体に響くので、強引に止めた後彼女の頭に優しく手を置く。


「そもそもマリアが助けてくれなかったら俺は死んでいたじゃねえか。それに、お前は最初から打算有りきで俺を助けてくれた訳じゃないだろ?」

「はい、勿論です!」

「なら俺は、マリアの善意の為に戦う。俺を転げ回したアイツ等の為じゃない。助けてくれたマリアだけに力を貸す」

「アキラさん……ッ」


 涙を流すマリアへ、アキラは最後にこう告げた。


「帰って来たら、アイツ等全員ぶん殴ってやろうぜ。よくも今までやってくれたってな。勿論、俺も一緒に殴るけどな」

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