第108話帝国が来ました

 




 縄で身体を縛られた後、森の中を引き摺り回され連れて来られたのは神社の本殿のような建物だった。

 室内に入ると、皺々な爺ちゃんと婆ちゃんが座布団に座っている。


「ダンテ様、ロロ様、マリアと人間をお連れしました」

「ほうかい、じゃあお主等は出て行っておくれ」

「それは出来ません!お二人を前に野蛮な人間を野放しにするなど言語道断です!」


 しゃがれた声で婆ちゃんが告げると、マリアの親父が大声で却下する。他の連中も否定の言葉を口々に唱えた。

 しかし、婆ちゃんも一歩も引かない。


「“最長老”の命令だと言っても、アンタ等は文句を垂れるのかい?」

「「――!?」」


 息を呑む。

 ヨボヨボの婆ちゃんが発したとはとても思えないほど、その声音は威圧的で重いものだった。マリアの親父達は、悔しそうな表情を浮かべて「……分かりました」と部屋から出て行く。


「若いもんが失礼したの。さてマリアよ、元気だったかい」

「は、はい……」


 婆ちゃんがマリアに優しく声をかける。

 その無神経極まりない一言に、俺はブチ切れてしまった。


「元気だったか……だと?」


 俺は顔を上げ、ババァを睨めつける。



「どの口が言ってんだ、おい」



 怒りながら、ここに来るまでに起きた事をありのまま話す。


「連れて来られる途中、マリアは出会う全てのエルフから罵声を浴びせられた。口を開けば忌子、忌子、忌子と。憎悪の顔つきで叫びやがったぜ。子供に至っては石を投げ付ける始末だ」

「…………」


 会う度に消えろ、死んじまえ、忌子だと。

 マリアは憎しみと怒りをぶつけられ続けたんだ。

 魔王の力が使えたら問答無用で全員ぶっ飛ばしていただろう。だがそれは無理なので、ならばと思って言い返そうとした。しかしマリアに止められてしまった。


『またお前か、忌子が!』

『アンタなんか生まれて来なきゃ良かったのに!』

『死んじゃえ!』

『テメェ等いい加減にッ』

『良いんです、アキラさん』

『お前……』

『ワタシは大丈夫ですから』


 そう言ってマリアは笑った。

 俺に心配かけまいと、頭から血を垂らしながら無理矢理笑顔を作ったんだッ。

 それは彼女がこの現状を自ら受け入れているという証拠だ。このクソッたれな現状をな。


「周りから罵られ、親父から邪険に扱われ、一人寂しく離れた所で暮らしているマリアに対して、元気だったかと聞いたのか?んな訳無ぇじゃねえか。テメェの目は節穴なのか?おいババァ、巫山戯るなよ」

「そうじゃの、私が無神経じゃった。すまんマリア許しておくれ」

「え!?いや、そんな……ロロ様。頭をお上げ下さい!」


 ババァが軽く頭を下げマリアに謝罪する。マリアはあたふたと慌てていた。


「ほれ、ちゃんと謝ったんじゃからお主も“王気”を閉まっておくれ。それは老骨に響く」

「……」


 王気というのが何を指しているのか不明だが、取り敢えず婆ちゃんがマリアに謝ったので、俺も心を落ち着かせる。だが俺は、何一つ納得しちゃいない。


「どうしてマリアだけこんな酷い目に合わなきゃならないんだ」

「それは……ワタシの瞳が赫いからです」

「瞳が赤いから?」


 婆ちゃんに問いかけると、先にマリアが答えてしまう。確かに彼女の瞳は赤い。たが、たったそれだけで差別されなきゃならないのか?

 察する事が出来ないでいると、マリアは続けて、


「エルフの瞳は、皆澄んだ空色なんです」


 そう言われて記憶を掘り起こす。

 言われてみれば確かに、マリア以外のエルフ達は等しく空色だったな。


「でも、ワタシだけ瞳が赫いんです。そして赫い瞳のエルフは、厄災をもたらす忌子なんです」

「……それは、噂なのか?」

「噂じゃありません。今までも赫い瞳のエルフが存在した時は厄災に見舞われてきたという伝承があります」


 赤い瞳のエルフは厄災をもたらす。

 だから忌子。だからマリアは迫害されている。


「おい婆ちゃん、マリアが話した事は本当なのか?」

「その問いに答える前に、聞いておかなければならん事がある。マリアよ、視たのじゃな?」

「はい、ロロ様。アキラさんがワタシ達エルフを救う運命を視ました」


 マリアの言葉に驚愕する。

 運命を見ただって?彼女は本当にそんな事が出来るのか?

 俺が抱いた疑問を解くように、婆ちゃんが説明してくれる。


「マリアよ、そこにいる人間と共に森を出なさい」

「そ、そんな事は出来ません!森を出るなら皆一緒です!」

「ならんのじゃ……森人は森と共に生きねばならん。森が滅ぶのなら、私等も静かに滅ぶのみ」


 さっきからマリア達は何を話しているんだ?

 森を出るとか、森が滅ぶとか。話についていけないので事情を聞くことにした。


「なぁ、滅ぶって何だ」

「もうすぐこの森に帝国軍が攻めてきます。彼等は森を焼き、ワタシ達エルフを殺し尽くします」

「なら戦えばいいじゃないか」

「アキラさんの言う通りです!抗いましょう、ロロ様」


 当たり前の事だ。

 戦わなければならないのなら、それしか生きていく道がないのなら、戦うしかないだろう。

 だが婆ちゃんは顔を横に振って、


「精霊は争いを好まん。それは私等エルフも同じじゃ」

「じゃあ何か?テメェ等はこのまま何もせず死を待つのか」

「そうじゃ」

「馬鹿だろ」


 何考えてんだこのババァ。

 戦わずして死を選ぶってのか。

 目の前で友人を、家族を、大切な人達が無様に殺されてもいいって言うのかよ。


「お主が言うように帝国と争うとしよう。じゃが戦った所でどうなる?帝国は巨大国家、兵士の数が違い過ぎる。三百にも満たないエルフが戦った所で勝ち目はないんじゃ」

「いいえロロ様、ワタシ達は生き残ります。ワタシは視たんです。アキラさんが来た事で運命は変えられました。でもそれには、ワタシ達も立ち上がらなければなりません。戦わなければなりません!お願いですロロ様、戦いましょう!!」


 必死な想いでマリアは伝える。

 しかしそれでも、婆ちゃんは考えを曲げない。


「マリアよ、どうしてお前がエルフの未来を憂うのじゃ。本来なら私達を憎んでもよかろう。見捨ててもよかろうに」

「いいえロロ様。ワタシは一度も皆を憎んだことはありません。確かに一人で生きてきたのは寂しかったですけど……でも、それでもワタシはこの森と、精霊と、皆が好きなんです」


 よくそんな風に言えるな、マリアは。

 恐らく彼女は、生まれた時から今まで辛い思いをしたのだろう。顔を合わせば罵倒され、石を投げつけられ、たった一人で生きてきた。

 もし俺がマリアだったら耐えられない。そんな風には思えない。死ぬか、いつかぶっ殺してやると憎しみを糧に泥水啜って生きていたと思う。

 なのに彼女は、そんな状況でも他人を想う。それがどれだけ凄いことか。


「婆さん、儂等の負けじゃ」

「爺さん……」


 ここで、初めて婆ちゃんの隣でずっと黙っていた爺ちゃんが口を開く。この爺ちゃん、反応ねーから寝てたと思ったぞ。


ひとみが戦えと仰ったのじゃ。ならば儂等が戦っても精霊は怒りゃせんよ」

「じゃがのぉ……」

「そこの人間……アキラといったか」

「何だよ」

「儂等エルフの運命を背負う覚悟はあるか?」


 片目を開けて問うてくる爺ちゃんに俺はふざけんなと即答する。


「んなもんある訳ねーだろ。こっちは縄で縛られて森の中引き摺りまわされたんだぞ。そんな事されて何で俺がテメェ等の運命とやらを背負わなきゃならねぇ。自分の事は自分でやれよ」

「……」

「けど俺は、マリアの力にはなる。助けてくれて、看病してくれたマリアへの義理は果たす」

「……アキラさん」

「くっく、十分じゃ」


 可笑しそうに爺さんが笑う。と、その時。

 突然扉がダンッと開かれ、マリアの親父が血相変えて入ってきた。


「ダンテ様、ロロ様、お話中申し訳ありません。結界が攻撃されました」



 それは、始まりの合図。



「帝国が来ました」

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