第106話エルフのマリア

 





 ――夢を見ていた。


『親父、何で母さんの手術に来なかった』


『仕事で行けなかった』


 ――思い出したくもない、昔の夢だった。


『ふざけんなよ。口を開けば仕事、仕事、仕事!アンタはそれしか言えねぇのか、なあ!?』


『そんなチンピラみたいな喋り方を教えた覚えは無いぞ』


『話を聞けよ糞野郎。アンタは自分の奥さんより、仕事が大事なのかって聞いてんだよ!!』


『晃……何度言えば分かる。私は国の為に仕事をしているのだ。妻だろうがお前だろうが、私の中で一番が変わる事はない』


『アンタ……狂ってる』


『そんな事はとうに知っている』


 ――そう吐いて、糞親父は再び仕事先へと向かった。




 ◇




「……ぅ」


 目を覚ます。

 何だか胸糞悪い夢を見ていた気がしたけど、どんな夢だったかはもう思い出せない。


 寝ぼけていた意識が徐々に覚醒する。

 そこで俺は、心底驚いた。


(……生きてる)


 そう、俺は生きていた。

 50階層の階層主、怠惰の魔王ベルフェゴールが寄生するベヒモスとの死闘で、奴は死に際に黒い玉を置いていった。俺は暴食の能力でその黒い玉を消し去ろうとしたのだが、そこから記憶が一切ない。正直死んだと諦めていたが、悪運が強いのかまだ生きている。


(ここはどこだ……)


 あの世じゃない事は確かだ。

 状況を確認すべく、視界を広げる。

 恐らくここは木造の一軒家だと思われる。そして俺はベッドに寝かされていた。

 パッと見では場所が分からない。俺は一体どこにいるんだ?


 それともっと最悪なのが身体の状態だ。

 右腕が無くなっていて、めちゃくちゃ腹が減っていて、身体を少しでも動かすと全身に激痛が走る。生きているのが不思議なくらいの重傷だった。

 この状態で良く生き延びたな……俺。


(ベルゼブブ、おい)


 おかしい。

 さっきから脳内でベルゼブブを呼んでいるのだが、全く反応がない。悪口言っても反応がなかったので、無視とかではないだろう。

 どうしたんだあの野郎、まさか死んだか?


(――んな訳ねぇか)


 浮かんだ疑問を即否定する。

 そもそもアイツはスキルだしな。死の概念とかないだろ。何か理由があんのか分からねーけど、いつか勝手に出てくんだろ。


「良かった、目を覚ましたんですね」


 ガチャリとドアが開くと音と同時に、柔らかい少女の声が聞こえてくる。多分俺を助けてくれた人だろう。


「具合はどうですか?」


 俺は目を見開いて驚愕する。

 少女は物凄く美しかったのだ。赤い瞳、透き通るような白い肌に、絹のような新緑の長髪。

 顔は、俺が今まで出会ってきた中で一番美しい。人形というか、神秘性すら感じてしまう。そして何よりも一番特徴なのは、耳が長いことだ。


「ぁ……」


 助けてくれたお礼を言いたいのだが全然声が出ねぇ。どんだけ消耗してんだ、俺の身体。内心で苛ついていると、少女の手が俺のお腹辺りに優しく置かれる。


「無理しないで下さい。アナタは傷付いているのですから」

「……」

「私はエルフのマリアです」


 マリアと名乗った少女は、朗らかな笑みを浮かべて、


「どんな事があっても、私は貴方の味方ですからね」

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