第105話幕間 これから

 



「ん……ゆ、勇人?」

「ふぁーあ、よく寝た」

「明日香……理花ッ」

「ふぁ!?勇人、どうしたの!?」

「あわわわ、ビックリですぅ!?」


 王宮内治療室。

 結城明日香ゆうきあすか綾小路あやのこうじ理花が目を覚ますと、神崎勇人は涙を溜めながら二人に抱き付いた。

 想い人から突然抱擁されて顔を赤くする彼女達は困惑した。何故彼が泣いているのか。


 そこでふと思い出す。

 自分達は、50階層に挑戦していたのではないか?

 そして、黒い触手に飲み込まれて――、


「勇人……私達……」

「勇人さんが、助けてくれたんですか?」

「…………」

「勇人ならきっと勝てると信じてたよ」

「そうですぅ!って、また助けて貰っちゃいましたね」


 喜び、感謝を告げる彼女達に神崎は言葉が詰まった。しかし彼は、真剣な表情でこれまでの経緯を説明する。


 結城と綾小路は50階層の階層主ベヒモスの能力によって眠らされていた。彼女達を助ける為に、神崎は影山晃のパーティーに力を借り、死闘の末にベヒモスを倒した。


 そう二人に説明している光景を、背後で剣凪郁乃は拳を強く握り締めながら眺めていた。



『影山と一緒に戦ったのか!?』


『ああ。彼と麗華、佐倉さんに力を貸して貰った』


『勝った……のか?ベヒモスに』


『……勝ったよ。けど、影山は……』


『まさか……死んだのか?あの影山が?』


『俺達を守ろうと……一人残って』


『そ、そんな馬鹿なッ!?奴が死ぬ訳ない、あの男は殺しても死なん男だ!』


『郁乃……死んだんだッ』


『……ッ』


 神崎がダンジョンから帰還し、治療室に訪れた時の事を思い出す。

 剣凪はベヒモス戦で重傷を負っていたが、王宮の回復術師の治療により完治に近い状態まで回復していた。だが結城と綾小路は未だ昏睡状態のまま。

 そんな時、神崎がやって来たのだ。そして剣凪は、一早く神崎から事情を説明されていた。


「影山君って……あの時の彼だよね。あの人が私達を助けてくれたんだ……」

「あの狂った顔してた奴ですか。信じられないですけど……感謝ですね」

「ああ……本当に影山には助けられた。この恩は絶対に忘れない」


 勝手に殺すな。

 剣凪は胸中でそう吐き捨てる。


(何故私はその場にいなかったんだッ。私だって影山ともう一度戦いたかった!!)


 影山晃は死んだ。

 その事実を、剣凪は断固として否定する。


(影山は死んでいない。だから西園寺も影山を探しに行ったんだ。私はどうする、どうすればいいんだ!?)


 剣凪の心は、激しく揺れていた。





 ◇




「まさか怠惰が迷宮の主に寄生していたとは思わなんだ」

『ゲヘヘ、奴は寝れる所があればどこでもいいのさ』


 アウローラ王国【玉座の間】にて。

 玉座に座するアウローラ王国現王、ユーロッド・アウローラは、自身に寄生する強欲の魔王マモンと脳内で今後の動向を語り合っていた。


「ダンジョンは攻略され消滅した。攻略の立役者である勇者カンザキ ユウトとその他強力なスキルを保持する子供達も我が配下になった」

『勇者だけでも儲けもんなのに、聖女と賢者、それに剣妃まで手に入れたのはデカいぜ』

「それだけではない。怠惰と共に、カゲヤマ アキラと蝿の王も死んだ。二人の魔王が脱落したのは僥倖だった」

『ゲヘヘ、ベルゼブブの野郎が死ぬとは思わなかったけどよ、これは超ラッキーだったな』


 一人と一匹は嗤う。

 神なる王になれるのはただ一人。その過酷で残酷なレースの中、一度に二人の競争相手が消えたのは運が良かった。


『攻めるのか?』

「いや、まだだ。近々帝国が魔界に戦争を仕掛ける。今までの小競り合いではなく、どちらかが滅びるまで戦う真の戦争だ。我等は片方が滅び、片方が疲弊するのを待てばいい」

『ゲヘヘ、漁夫の利ってやつか』


 ユーロッドは嗤った。

 勇者の神崎勇人を手に入れ、異分子だった影山晃は勝手に死んだ。

 帝国と魔国が戦争し、アウローラ王国は高みの見物。

 上手く行き過ぎている。まるで、神が己に王への運命みちを歩けと言わんばかりだった。


「時代が動き出した。さぁ、一気に駆け昇ろうではないか」

『オイラはどこまでも着いていくぜ』


 激動の時代が、始まろうとしていた。




 ◇




「あらあら、まぁまぁ、ウフフ」


 嫉妬の魔王は嗤った。心底愉しそうに嗤った。


「本当にあの子は面白いわね。ゾクゾクしちゃうわ」


 嫉妬の魔王は観ていた。力を植え付けた佐倉詩織の目を通し、影山晃の全てを観ていた。


「どんどん狂気が増していく。どんどん私好みになっていく。あぁ、もう一度会いたいわぁ」


 手を頬に当て、恍惚な表情を浮かべる。

 今にも昇天してしまいそうな姿だった。


「あの子は死んでいない。ベルフェゴールの亜眠とベルゼブブの万喰ばんしょくが衝突し、どこかに飛ばされた。私の勘が正しければ、多分魔界辺りね」


 嫉妬の魔王は確信していた。

 影山晃は死んでいないと。その程度で死ぬような存在なら、嫉妬の魔王に見染められていない。


「ウフフ、眺めているだけなのも飽きてきたし、そろそろ私も動こうかしら」


 嫉妬の魔王は歩み始める。

 血と戦争と狂気が交じり合う場所へ。自らも、表舞台に立つ為に。


「それにしてもあの子、蝿の子から濃密なキスをされてたわねぇ。羨ましいわぁ、嫉妬しちゃうわぁ」


 嫉妬の魔王は唇に指先を当てる。

 彼女の顔は、醜く歪んでいた。




 ◇




「うあああああ!!」

「人間だ!帝国の人間が攻めてきたぞぉぉ!!」

「あの野蛮な猿共、本気で戦争を仕掛けてきやがった!!」


 現在魔族が暮らす魔界は、帝国軍による攻撃を受けていた。

 今までの小競り合いではなく、兵士も武器も大量に投入された本気の戦争。魔界の兵士達も当然抗うが、兵士の数が圧倒的に違い過ぎて対応が間に合わず、既に多くの村々が滅ぼされてしまっている。


「こんな所まで帝国軍が!!」

「逃げろ、逃げるんだ!!基地まで逃げれば魔王軍が何とかしてくれる!」

「俺はまだ死にたくない、嫌だぁぁ!!」


 魔族は逃げていた。必死に逃げていた。

 迫り来る、帝国軍の魔の手から。








「えっ……人間?」


 ――魔界・エルフの森。

 森人エルフの少女が扉を開けると、家の前に人間が倒れていた。少女は慌てて人間の側に近寄ると、


「凄い傷……でもまだ生きてる。早く助けなくちゃ……!」


 人間は重傷を負っていた。

 右腕を欠損しており、身体も傷だらけで酷く衰弱している。生きているのが不思議だった。


 エルフの少女は人間を家の中に運ぼうと手を触れる。その瞬間、彼女は“視た”。


「この人……この人間が……ワタシ達を。絶対に助けなくちゃ!!」


 少女は人間を家の中のベッドに運び、必死に看病するのだった。






 王国迷宮編 完

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