第104話幕間 佐倉詩織と影山晃2

 




「俺、初めて見た時から佐倉が好きだったんだ。俺と……付き合ってくれないか」

「…………」


 彼の名前は●● ■■。

 サッカー部のエースで、イケメンで女子からの人気も高い。ボクですら名前と顔は知っている。そんな男子に、まさか告白されるなんて青天の霹靂だった。


 だってボクは、彼と一度も話した事なんて無かったから。

 彼は今、何て口にした?

 初めて見た時から好きだった?

 それは要するに、ボクの内面ではなく外見で判断したってことだろう?


 ふざけるな。


「ごめんなさい」


 ボクは即答した。


「マジかー……振られるとは思ってなかったわ。こう見えても俺、結構モテてるんだぜ」

「そうみたいだね」

「……とりま理由だけでも聞いていいか?」

「ボクは誰とも付き合うつもりはない。恋愛事に興味がないんだ」


 冷たい声音でそう伝えると、彼は「そっか」と呟いて特に悲しむ事なく去って行った。


「ふぅ……」


 短く息を吐き出す。

 久しぶりに、心が穢れてゆくのを感じた。





 ある日の放課後、ボクは同じクラスの黒沢環奈とそのグループに呼び出された。

 開口一番、彼女は憎し気に言葉を放ってくる。


「アンタ、何で■■君を振ったのよ」

「君達には関係ないだろう」

「ッ!?こいつ、性格悪っ!」

「どうせその胸で■■君をその気にさせたんでしょ!!」


 黒沢のお友達ががなり立ててくる。

 言いがかりも甚しい。そんな事やる訳ないだろ。


「環奈は■■君が好きだったんだよ。なのに何でお前なんかに……」

「最低」

「お前最近調子に乗ってんだろ」


 下らない、またそれか。

 サッカー部のエースを振ったという話題で、ボクが男子から注目され出していることは何となく気付いている。要はそれが気に喰わないんだろ、彼女達は。


「ボクに嫉妬する前に、自分で努力したらどうだい」

「ッ……こいつ!!」

「アンタ……超ムカつくわ」




 それから彼女達の陰湿な虐めが始まった。

 大袈裟にならないような。先生にバレないような。けれど確実に悪意が込められた虐め。


 先生に報告して終わりにしようとも考えたが止めた。どうせ直ぐに飽きると思ったのと、何だか負けた気がしたから。

 しかし彼女達の虐めは次第にエスカレートしていき……。





「お前最近元気ないな」

「……そんな事はないさ。気のせいだろ」

「そーか、まぁいいや」


 影山に心配されるが、ボクは否定する。

 彼にだけは、虐めを知られたくなかった。決して言いたくなかった。

 けどボクの顔は、彼に心配されるほど酷いのか。

 ボクは席を立ち、トイレへと向かった。


「うーん、いつもと変わらないと思うが……」


 便座に座り、手鏡で自分の顔を確認する。

 しかしクマがある訳でもないし、顔色も悪くない。影山はよく分かったな。

 気付いて貰った事にほんの少し喜んでいると、


 バッシャーーーンッと、上から水が降り注いできた。


「…………」


 身体はびしょ濡れ。

 何が起きたか分からず動揺していると、ドアの外から憎悪に塗れた声が聞こえてくる。


「これに懲りたら調子乗んじゃねーよ」

「ってか消えろ」


 …………。

 ここまでするか。ここまでする事なのか?

 流石にこれは先生にバレるリスクが高い。自分が罰を受けるかもしれない。それを考えているのか?


 ボクは生まれて初めて恐怖した。

 嫉妬とは、人の感情とは、ここまで悪意をぶつけられるのか。

 身体が震えるのは濡れているからだけじゃない。ボクは恐れたんだ。彼女達の崩壊した理性に。


「これチクッたら許さないかんな」

「先生に言うなよ」


 そう吐き捨て、彼女達は去ってゆ――



「お前等何してんだよ」



 聞き覚えのある声が鼓膜を揺さぶった。


「なっ、影山!?」

「ここ女子トイレじゃん、何でお前がいんだよ!!」


 影山……影山が来てるのか?

 どうして彼がここに……こんな所に来る理由は何だ。

 嫌だ……影山にこんな姿は見られたくない。今すぐ止めなくちゃならないのに、ボクは個室から出られないでいた。


「あー、成る程。そういう事か」

「あ?んだよ、ジロジロ見てんじゃねーよ」

「最近佐倉の元気がねーと思ったら、原因はお前達か」


 ッ!!?

 最悪だ、影山に気付かれてしまった。彼だけには知られたくなかったのにッ。


「私達何もしてねーし!」

「言いがかり付けないでくれる」

「ってかアンタは何なのよ?アンタもあの牛乳にご執心なの?あーそうだよね、アンタ達クラスで結構喋ってるもんね。本当あの牛乳は誰にでも媚び――」


 ドンッと、何かを叩く音が響いた。

 一瞬で鎮りかえる中、彼女達の息を呑む音が聞こえる。


「何でこんな事するのかは知らねえけどよ、こんな下らねぇ事すんじゃねえよ」

「……あ、アンタには関係無いでしょ!!それとも、アイツが好きなの!?」

「勝手に好きとか嫌いとかに結びつけんじゃねーよ。単にテメェ等のやってる事が胸糞悪いってのもあるけど、友達がやられてるからキレてんだよ」


 ッ……!?


「これは女子の問題なんだって。男子がしゃしゃり出てくんなよ」

「何だそれ。分かってなさそうだから言っとくけどよ、テメェ等は今人を傷つけてるんだぞ。なぁおい」

「……ッ」

「お前等がこれ以上下らない事を続けるなら、俺も同じ事をする。別にいいよな、“お前等もやってきたんだから”」

「はぁ?意味わかんな――」


 言葉が途切れる。

 一拍置いた後、彼女達は震えるような声音で、


「こいつ……頭おかしいよ」

「い、イッてんじゃん」

「行こ環奈」

「……うん」


 バタバタと足音が離れていく。

 彼女達は一体何を見たのだろうか。何に恐怖したのだろうか。

 と疑問を抱いていたら、個室の上からタオルと男子制服を投げられた。


「これ使え、拭いたら保健室行ってこい」

「……どうして分かったんだ?」

「委員長にタオル持たされてトイレ行けって言われて来てみたら女子トイレからすげー音が聞こえた。気になって覗いてみたら黒沢達がバケツ持って笑ってた。俺は何も知らなかったよ。何もな」

「君にだけは助けられたくなかった……」

「だろーな、お前言わなかったし」


 ボクは渡されたタオルと上着を握り締めながら問いかける。


「影山、ボク達は友達だったのかい」

「あ?お前その質問は結構傷付くぞ」


 ポリポリと頭を掻く音が聞こえた。

 扉越しに、影山の声が聞こえた。


「当たり前だろ」

「…………っ」

「俺もう行くから、風邪引くなよ」





 あの日を境に彼女達の虐めは収まった。

 平穏な日々が、これほど楽だったのかと感じる。それもこれも、隣にいる彼のお陰だ。


「影山、さっきから何をしてるんだい」

「バイト先のガキ共に馬鹿にされてな、折り紙の練習してんだよ。ほら見てみろ、この立派なカエルを。めっちゃ飛ぶんだぜ」

「ふふ、君ってやつは」

「おおー、佐倉が笑ったの初めて見た気がする」

「ボクだって笑うさ。人をロボット呼ばわりしないでくれるか」

「悪い悪い。可愛いんだからさ、佐倉はもっと笑った方がいいぜ」

「ッ……君は本当に、酷い男だ」

「えっ、どこが?」



 影山。



 ボクはあの日、初めて友達が出来て。



 初めて恋というものを知ったよ。




 ◇




「影山、ボクは絶対に君を探し出す」

「佐倉さん……」


 意識を取り戻した西園寺麗華がボクを呼ぶ。


「晃は、晃はどうなったんですの?いますわよね、生きてますわよね!?」

「……彼は黒い玉に飲み込まれた。ボク達を助けてね」

「ッ!?」

「でも彼は絶対に生きている。ボクは影山を探しに行く。君はどうする……?」

「わたくし、わたくしは……」


 彼女は気を失っている神崎を心配そうに見て、長い時間悩んでいたが、やがて答えを出した。


「わたくしも付いて行きます」

「いいだろう、じゃあ行こうか」


 ボク達は旅立った。

 影山が生きていると信じて、彼を必ず見つけ出す。

 そして会えたら、



「もう絶対に君を離さない」

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