第102話クズ野郎

 





「……立ちなさい、立って戦いなさい!!」


 悲しみに暮れる暇は無い。

 顔を上げた麗華が、這い蹲る影山と神崎に命じる。彼女の声には【支配者】スキルの能力が宿っていた。ほんの僅かかもしれない。だが確かに彼等の心は、熱く燃えていた。


「ぉぉ……ぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!」


 気合いの咆哮を上げながら立ち上がったのは神崎勇人だった。


「俺は負けない、負ける訳にはいかない!」


 黒騎士デュランの死闘を目にして、神崎は胸を打たれた。彼は戦いながら訴えていたのだ、自分に託そうとしたのだ。

 ならばその心を無碍には出来ない。道を残してくれた彼の期待に応えねばならない。


「俺は絶対に、お前を倒す!!」


 その瞬間、少年の身体が眩い閃光を放つ。その光は、壁を越えた者の進化の兆し。

 その輝きを横目に、晃は笑っていた。


(やっぱり凄ぇな、神崎は。ここで覚醒かよ、本当に主人公みてーな奴だな)


 黄金に輝く鎧を纏い、真紅のマントを棚引かせ、白銀の剣を手にする神崎を見上げて晃は自嘲する。

 殻を破った彼とは違い、自分は何なんだと。未だに地面に這い蹲るしか出来ない自分はどれだけ情け無いんだと。


『ならテメェは、そこでコイツの戦いを大人しくを見てンのか?』


 脳内でベルゼブブが問いかける。

 その質問に、晃は砕けるほど歯を喰い縛った。


(巫山戯るなよクソッたれ、んな事出来る訳ねーだろーが!!)


 黒騎士の姿に感化されたのは神崎だけではない。影山もまた、誇り高き戦士の最後に心が震えていた。


神崎こいつのように壁は越えられねーけど、這ってでもぶっ殺してやる)

『それでいいアキラ、それでこそお前だ』


 ぐぐぐっと、折れた左腕を支えに晃は立ち上がる。そして、完全回復したベヒモスを睥睨した。


「モウダルイ、ゼンブコロシテ、マタネムル」


 ベヒモスの肉体は完全に復元されていた。が、この回復で貯蓄エネルギーは使い切ってしまっている。怪物もまた、僅かな焦燥感を抱いていた。


「神崎、俺が隙を作る。お前がトドメを刺せ」

「そんな身体でやれるのか?」

「はっ!やるさ、やんなきゃなんねーだろ」

「そうだな……分かった」


 二人は覚悟を決めた。

 そしてこれが、最後の攻撃となる。



「「行くぞ!!」」



 先に仕掛けたのはベヒモスだった。


「ムガァァァァァアアアアアアアア!!」


 最大数量の触手を放出する。

 迫り来る触手に対し、晃は全身から蜘蛛糸を張り巡らせ、伸縮移動で躱しながら突き進む。


「がっ、ぁぁ!」


 いや、躱しきれていない。

 だが全身を打ちのめされようが、晃は構わず触手の網を潜り抜けていく。

 十分に接近すると、彼は右腕に黒スライムを纏わせた。


「ベルゼフィスト」


 魔王をイメージした怪腕を振り上げ、ベヒモスの眉間目掛けて振り抜いた。

 ベヒモスも触手を放ち、怪腕と触手が激突する。


「オォォオオオオオオオオオオオッ!!」

「ムゥゥウウウウウウウウウウウッ!!」


 紅い雷鳴が轟いた。

 王の資格を待つ者同士の衝突により空間が悲鳴を上げる。ただの人間がこの場にいたら衝突するエネルギーの余波に卒倒していたが、ここにいる者でそんな柔な者はいない。


「ォォオオオオオオオ!!」


 怪腕は触手をかち上げた。

 そこで彼の体力は尽きてしまい、空中に身を投げ出してしまう。晃は役目を果たした。

 後は彼に託すのみ。


「今だ!やれぇぇぇ、神崎ぃぃぃぃいいいいいいいいいいい!!!」


 名を叫ぶと、神崎は上空で剣を掲げた。

 剣の刀身には、天まで伸びる光のエネルギー。彼は咆哮を上げながら、光る剣をベヒモスに振り下ろした。


「ブレイブアロンダイトォォオオ!!」

「ム――ガァァァアアアアアアアアアアアアアアアア!!」


 巨大な光剣はベヒモスの巨躯を真っ二つに断ち切った。回復するエネルギーが存在しない階層主は、ジワジワと消滅していく。


「はは、流石神崎。やっぱアイツすげーな」

「はぁ……はぁ……終わった」

「……勝ったんですの?」

「いや……まだだ!!」


 消滅するベヒモスを眺めて安堵する一同。

 これで全て終わった――かのように思われた。





 ◇




 神崎が放った渾身の一撃により、ベヒモスを倒した。

 奴の身体は燐光となって消えている。俺達は勝ったんだ。

 なのに何だ、背中に這いずり回る悪寒は?


「マケタ……ケド、コノママジャ、オワラナイ」

「まだだ!!」


 突然佐倉が剣呑な顔つきで叫び声を上げる。

 その瞬間、消滅していくベヒモスの中心に黒い玉が現れた。


「何だ……あの玉は……」


 突如沸いた黒玉を怪訝に思っていると、不意に足が地面から離れる。


「「ッ!!?」」


 驚愕する俺達の身体は、黒い玉に吸い込まれていた。麗華、佐倉、神崎、気を失っているブラックウルフキングが宙に浮き、黒い玉へと引っ張られてしまう。


「蜘蛛糸!!」


 咄嗟に黒糸を伸ばし、それぞれの身体に付着させる。俺自身は黒スライムを地面に貼り付けて、身体を固定。


「うぐッ!!」

「影山!」

「晃!」


 黒い玉の吸引力が強すぎて、蜘蛛糸が切れそうだ。既に力を使い果たした状態で三人とブラックウルフキングを支えるのは厳しく、身体が悲鳴を上げている。

 だが、この糸だけは離すことはあってはならない。ベヒモスが死に土産に置いていった奴だ。吸い込まれたら最後、どうなるかは目に見えている。


 俺は覚悟を決めた。


「神崎!麗華!佐倉!テメェ等死ぬんじゃねえぞ!!」

「待って下さい晃、一体何を!?」

「影山、やめるんだ!!」


 力は使い果たしている。

 けど俺は、この場面でやらなきゃならない事を、偉大な戦士に教わった筈だ。俺が壁を越えるのは、ここなんだ!!



「ううぅぅおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」



 最後の一滴まで絞り取り、俺は黒糸を操って皆を出口へと導く。


「晃!晃!そんな、嫌ですわこんなの!晃ぁぁああ!!」

「影山ぁぁぁあああ!!」


 麗華と神崎が何か叫んでいるが、構わず押し込む。

 黒い玉の吸引が及ばない所まで。


(悪いな麗華、後は神崎と頑張ってくれや)


 ブシュウッ……と身体から鮮血が飛び散った。額から血が流れ、口から吐血する。


 やべ……流石に限界か。


 もう意識が……。


「こんな事だろうと思ったよ。君はいつもそうだ、自分なんか放って置いて人を助けてしまうんだから」

「さ、佐倉……」


 何でお前がここにいるんだ!?

 俺は出口の奥にやった筈だぞ。目線で訴えると、察したように彼女は小さな笑みを浮かべた。


「君の考えなんてお見通しさ。こんな事になるんじゃないかと思って、力を残しておいて良かったよ」

「お前……」


 気づけば俺達と黒玉の間に氷の柱が立っていた。少し楽になったが、この程度の柱では長くはもたない。現にもう、下から罅が走っている。


「あの黒い玉をどうにかする力は無いけど、ここから君を助け出すぐらいは出来るよ」

「や、めろ……俺の事はいいから、お前だけでも」

「それはボクも一緒だよ。この命に変えても、君だけは守る」

「……」


 ああ、分かる。分かってしまった。

 佐倉の目は、覚悟を決めた人間の目だ。自分を犠牲にしてでも俺を助けようとする顔をしている。

 これ以上俺が何を言っても、彼女には届かないのだろう。俺と同じように。

 なら……。


『ヒハハ、それは卑怯ってやつだぜアキラ』

(五月蝿ぇよ)


 俺の考えが筒抜けなベルゼブブは、心底可笑しそうに笑った。


「佐倉、すまない」

「はっ、何をんむ!?」


 問題無用で佐倉の唇を奪う。

 驚愕に染まる佐倉の顔を無視して、俺は口づけを交わし続ける。

 そして、“佐倉のエネルギーを喰らった”。


「「…………」」


 静かに顔を離す。

 ぐったりする佐倉の顔は、悲しみに包まれていた。


「影山……君は乙女の唇を……何だと思っているんだ……」

「悪いな佐倉、俺はもう……大切な人を目の前で失いたくないんだ」

「それは、ボクだって同じなんだぞ……」

「……ありがとう」

「ボクは諦めないぞ。必ず君を探し出す。君は殺したって死なない男だからね。ボクから逃れる思うなよ、地の果てまでも追いかけてやるからな」

「……望む所だ」


 俺は背中から触手を発現させ、佐倉の身体を包み込んで出口に誘導する。最後に見た彼女の瞳には、滴が溜まっていた。


『女から力を奪って泣かせるたぁー、最低なクズ野郎だな』

「あぁ、俺はクズ野郎だ」


 その通り過ぎて笑いが溢れる。

 氷の柱が崩壊し、黒い玉へと飲み込まれていく。


「ベルゼブブ……」

『あン?』

「悪ぃな」

『ハッ!野郎からの謝罪なンて気持ち悪いーンだよ!宿主が決めた事だ、オレ様に文句はねえよ』


 何だよ、やけに優しいじゃねーか。

 だがありがたい、少し気が楽になった。


『アキラ、一応聞いとくがよ、今からでも逃れるんだぜ』

黒玉あれをどうにかしとかないと駄目だろ。あのまま残っていたら、地上に……佐倉達に被害が出る。それを阻止出来るのは、俺だけだろ?」

『本当にテメェは面白いご主人様だ』

「万物を喰らうベルゼブブの力があるからこの手段を取ったんだ。初めてお前に寄生されて良かったと思ったわ」

『ヒハハ、抜かせ!』


 足に固定していた黒スライムを外し、右手に黒いオーラを纏う。

 吸い込まれながら黒い玉に近付き、右手で黒い玉を掌握した。


 そして――













「ぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!』








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