第101話俺を見ろ

 



 影山達は窮地に追い込まれていた。

 影山、神崎、西園寺、佐倉の4人は既に力を使い果たし、解放したスキルも解除されてしまう。

 ブラックウルフキングはベルフェゴールの特異能力“怠惰“によって強制的に眠らされ、死霊騎士デュランも触手による打撃を受けて満足に動けない。


 対して50階層の階層主ベヒモスは、影山達の猛追によって貯蓄されていたエネルギーが底を尽きかけてはいるが、まだ余力があった。


 スキルを解除された影山や神崎ではベヒモスに太刀打ち出来ず、触手の殴打を打ち込まれ身体は立つ事すらままならない程満身創痍であった。


 だが彼等は決して諦めていない。

 瞳に灯る闘志は消えていなかった。それが気に食わなかったベルフェゴールは、能力で眠らさず死を与える事にした。


 巨大な触手を操り、生意気にもまだ立ち上がろうとしている影山と神崎を圧殺。


 ――する寸前、黒騎士が振り抜いた巨剣が触手を阻んだのだった。


「黒騎士……お前ッ」

「デュランさん!」

「ホッホ……流石に老骨に響くのう」


 驚愕する影山と神崎の眼前で、黒騎士は呑気な言葉を発する。だが幾ら25階層の中ボス、死霊騎士デュランであろうとも巨大な触手を真正面から受け止めるのには無理があった。


 ビキッバキ……と、黒鎧にヒビが生まれていく。しかし彼はそんな事どうでもいいと言わんばかりに、後ろで這い蹲る少年達に声を掛けた。



「少年達よ。立ち上がれ」



 ――その声音は、いつもふざけている調子に乗った声ではなく、荘厳で心に響く声だった。


「男には、やらねばならぬ時がある」


 デュランは身体の奥底から残っている力を捻り出す。


「骨を折られようが、肉を裂かれようが、手足を失われようが、それでも立たねばならん時がある」


 研ぎ澄まされた“剣技”によって、巨大な触手を受け流した。


「国を、矜恃を、愛しき人を守る為に、死んでも立たねばならん時があるのだ」


 その背中は、見た目より遥かに大きく見える。

 黒騎士はベヒモスを見据えた。


「敵は強大だ。勝つ手段は皆無。ならばどうする、諦めるか?否である!!死んでも敵の首に喰らいつけ、出来ないのであれば今強くなれ!今壁を越えろ!!」


 影山と神崎は目を見開く。幻でも見ているかのような表情を浮かべた。


「勇ましき少年よ、王の資格を待つ少年よ、“俺を見ろ”!!」


 何故なら――骸骨であるデュランの顔が、精悍な顔立ちの青年に見えたからだ。


 ズンッと、デュランは漆黒の巨剣を地面に突き刺す。


「我輩はアウローラ王国第1騎士団団長『閃剣』のデュラン・デュバルソード!迷宮の怪物よ、貴様に引導を渡してくれる!!」


「ムウウ、オマエ、ジャマダナァ」


 折角気に食わなない奴等を殺そうとしたのに、それを邪魔した黒騎士に腹を立てるベルフェゴール。

 怪物はもう一度触手を放って今度こそ殺してやろうと考えたのだが、黒騎士の姿はどこにも見当たらなかった。


「遅い」

「ォォォォオオ!?」


 一筋の斬撃がベヒモスの眼球を断つ。目を潰された怪物はすぐ様触手で振り払おうとするが、デュランの気配がどこにも感じられない。ただ、瞬く間に肉体を斬られ続けているという事だけが分かっていた。


「あの爺ぃ……なんて速さだ……」

「目で追えない……」


 影山と神崎は呆然と黒騎士の戦いを眺めていた。

 彼の強さ、速さは、明らかに今までのソレとは別物である。

 しかしそれは、大きな代償を払っているからであった。


「む……もう、であるか」


 光の速さで駆けるデュランの鎧がボロボロと剥がれ落ちてゆく。肉体の崩壊が始まっていた。


「やはり畜生の身体ではもたんか」


 彼は今、生前のデュラン・デュバルソードの力を引き出している。しかしその強大な力は、モンスターの身である死霊騎士デュランの器では受け止めきれないのだ。

 無理な力の行使は肉体の崩壊を招き入れる。だがそれは百も承知で、デュランは力を使っていた。


(惜しむは愛剣クライブソリシュがこの手に無いことか……ふっ、無い物強請りをしても無意味であるな)


 共に戦場を戦い抜いた聖剣があればどんなに心強かったか。この巨剣も悪くはないが、『閃剣』と謳われた力を発揮するのにはやや大き過ぎた。


「ムガァァァ!!」

(何故我輩が、モンスターなぞに堕ちたのか理解出来なかった)


 国を守る為、命を賭して戦った。

 地獄なら分かる。それだけの命を奪ってきた。

 だが目覚めたら、迷宮のモンスターに成り果てていた。神は己に罰を与えたのだろうと考えていたが、違ったのだ。


(我輩がモンスターに転生したのは、今日この日の為。未来ある若者達に、明日を見させる為だったのだ!!)


 神に見染められた勇気ある少年。

 狂気に飲み込まれた王の資格を待つ少年。

 そして親愛なるユーフォリア殿下に似る、新しき主君。


 彼等を導く役目を神から授かったのだ。


「聞けええええええええええ!!」


 熱い声が轟く。


「越えられない壁を神は与えん!!」


 左腕が灰のように消えていく。


「だが越えるのは己自身だ!!」


 身体が崩れかけようとも、黒騎士は……王国第一騎士団団長デュラン・デュバルソードは、剣を振る事を決して止めない。


「己に勝て!己を越えろ!勝利とは与えられるものではない、己の手で掴み取るものだ!!」


 デュランが巨剣を掲げる。

 次の一撃に、全てを捧ぐ為に。


「オマエェ、ジャマダナァ!」


 次の攻撃は受けてはならない。

 本能がそう判断したベヒモスは、全身から触手を放つ。


「我輩の一太刀は、明日に繋ぐ一太刀である」


 影山と神崎は再び幻覚を見る。

 黒騎士の背中を支える、幾千の戦士の姿を。




我等ヴィクトリー凱旋キングダムする」




 ――光る。


 闇を打ち払い、一筋の閃光はベヒモスの肉体を貫いた。


「ムッ――ォォォォオオオオオ!!」


 絶叫を上げるベヒモス。触手で威力を軽減したとは言え、黒騎士の一撃は貯蓄されたエネルギーを根こそぎ奪い去った。


 ――その対価は、黒騎士の命を持って支払われる。


「申し訳ありませぬ……麗華殿……」

「馬鹿ッ……何故あんな事を!!」


 デュランは倒れていた。四肢は消え、残った胴体と頭部も燐光になって消えようとしている。その頭部を、主君である麗華が膝で支えていた。


「配下にして下さったのに、お役に立てないことをお許し下さい」

「許すも何もッ、よくやってくれました。貴方はわたくしの自慢の配下です!胸を張りなさい!!」

「ありがとう……ございます」


 涙を落とす主君を朧げに見ながら、デュランは思い浮かべる。

 凛々しく気高い、一人の女性を。


(ああ、ユーフォリア殿下……今貴女のもとへ…………)


 死霊騎士デュランは、満足そうな笑みを浮かべながら燐光と共に消滅したのだった。

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