第99話怠惰の魔王ベルフェゴール

 





「ムウウ、ネムリノジャマダカラ、キエチャエ」

「来るぞ!」

「「ッ!?」」


 ベヒモスの全身が淡く発光した刹那、ドス黒い触手が溢れ出す。

 この攻撃パターンは事前に神崎から聞かされていた。触手は物理的に攻撃してくるのと、捕らえられた場合気を失ってしまう。


 神崎のパーティー二人が眠らされたのも、この触手に捕まってしまったからだそうだ。

 単純だが厄介。手数が多く回避するのも困難。

 俺は獣の動きで触手を躱しながら、脳内でベルゼブブに問いかける。


(おい、ベルゼブブ……あれはまさかッ)

『アキラの考えている通りだぜ。ベヒモスは寄生されていやがる。オレ様と同じ……大罪スキルにな』


 やはりそうだったか。

 何となくそうなんじゃないかと思ったが、俺の予想は当たっていたらしい。

 ベヒモスが放つ黒い触手は似過ぎているんだ、ベルゼブブの魔王の力に。そして最大の要因は、言葉を話したこと。


 外見はカバやゾウ。捕まえた敵を眠らせるという能力。

 恐らくベヒモスに寄生する大罪スキルは……。


「怠惰の魔王……ベルフェゴール」

『ソウダ、あの怠け者だ。ったく、こンな所で覚醒しやがってたのか』

「その前によ、【共存】スキルはモンスターにも宿るものなのか?」


 そこが疑問だ。

 世界に7つしか存在しない【共存】スキルが、モンスターに宿るのか。俺が出会ってきた【共存】スキル者は嫉妬の魔女と憤怒の魔王の二人。俺も含めれば全員人間だ。


『答えはイエスだ、アキラ。だがお前は二つ誤解してるぜ』

「何を誤解してんだよ」

『サタンが寄生している女は魔族で人間じゃねえし、レヴィアタンはそもそも【共存】スキル者に寄生していない』

「はっ?それってどういう」

『ンなことより戦いに集中しろアキラ。もしあの怠け者に眠らされたらオレ様がお前を喰い殺すからな』


 あー怖い。

 言われなくともこっちは最初っから神経尖らせまくってんだよ。


「スゥゥゥゥゥゥゥゥ――」


 大気を喰らい、体内で凝縮する。

 口腔で充填して、一気に解き放った。


「ウルフェンハウル!!」


 咆哮は衝撃波となって、蠢く触手を薙ぎ払いながら直進。唸りを上げてベヒモスの眉間に直撃した。

 ダメージはある。ただ、やはり回復が早い。


「ムウウ……ナツカシイ、カンジ。オマエ……ベルゼブブダナ」


 ギョロリと、ベヒモスの巨大な目玉が俺の姿を捉える。すると俺の首筋から、醜い蝿の顔が出てきた。ベルゼブブはニヤリと口角を上げながら、ベヒモスに寄生しているベルフェゴールに向けて口を開く。


『よぉベルフェゴール、随分久しぶりじゃねーか』

「ベルゼブブ、マタボクヲ……タベルノカ」

『ヒハハ、今回オレ様は何もしねーよ。テメェを喰い殺すのは、この宿主だ』

「……ソノニンゲンガ、ボクヲタベル?」


 ベルゼブブとベルフェゴールが会話をしていると、触手による攻撃の嵐が止まる。そして仲間達は、奇妙な物を見る目で俺とベヒモスに注目していた。


「ベルゼブブ君とベヒモスが話している……という事は……」

「階層主にも、魔王が寄生しているんですの?」


 おい、お前等まで固まってどうする。

 今こそ仕掛けるチャンスだろ。って、黒騎士とクロは構わず攻撃してるか、流石だな。


「ベルゼブブ、ヤドヌシガ、ニンゲンデ、ボク二……カテルト、オモッテルノカ」

『ヒハハ!言われてるぜアキラ!!』


 五月蝿ぇ。

 楽しそうに言うんじゃねえよ。


「タタカウ、メンドウダケド……ベルゼブブノ、ヤドヌシ、コロス」

「上等だクソ野郎、こっちが喰い殺してやる」


 ベヒモスの雰囲気が変わる。

 戦意が全く無かったのに、突如その巨大から悍しい殺意が迸った。

 やっとやる気になったのか、カバ野郎。もう少し眠っていて欲しかったが、まぁいいだろう。

 第2ラウンドの開始だ。



「ムゥゥォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!」



 ベヒモスが咆哮を上げ、その巨体から20本以上の触手が全て俺に向けて放たれる。俺は集中力を更に高め回避に全力を注いだ。


「死黒氷龍ッ」

「ブレイブオーラ!」

虎爪こそう

「ガァアアアアッ!!」


 触手が俺に集中している間に、仲間がベヒモスを攻め倒す。攻撃は確かに効いていて、その巨大に風穴も空けているのだが、いかんせん傷は直ぐに塞がれてしまう。


「おいベルゼブブ、怠惰やつは不死身なのか!?」

『不死身じゃねえよ。オレ様の力が“万物を喰らう”のに対し、怠惰やつの力の本質は“睡眠”だ。敵を眠らせる事もそうだが、あの怠け者は寝た分だけエネルギーを溜め込むンでやがるのさ』


 寝た分だけエネルギーを溜め込めるって……そのエネルギーが尽きない限り奴は永久に回復し続けるって事か?


『ゴ名答だ』


 おいおい……どれだけ攻撃すればエネルギーが尽きるんだよッ。

 この強敵相手に戦い続け、先にギブアップするのは俺達の方じゃないのか?



 軽く絶望感を抱いていると、不意に追尾してきた触手が止まる。


「ムウウ、イタイシ、ジャマダナァ」


 佐倉達の攻撃が煩わしかったのだろう。若干怒気が含まれた唸り声を放つ。

 ――来るぞ。そう本能が警鐘を鳴らしてきた。


「ムゥゥゥ」

「た……立った、ベヒモスが立った!」


 巨大な身体を退け反らせてベヒモスが立ち上がる。そして奴は、勢いをつけて再び前足を地に着けた。


 ――ズ、ゥゥゥゥウウウウウウウウウウウンンンンンンッ!!!


「「――ッ!!?」」


 大地震。

 今まで体感した事のない程の揺れに狼狽する。脳が揺れ、視界が揺れ、身体が揺れ、立っている事も困難だった。

 俺は黒スライムを地面に付着させて身体を固定させているが、他の仲間は必死に地面にしがみ付いている。


 中々揺れが収まらない中、ベヒモスの目玉が麗華を射抜いた。


(――マズい!)


 と危機を察知した時にはもう遅い。ベヒモスの巨体から幾つもの触手が放たれ、体勢を崩している麗華へ迫る。


 助けられる者はいない。黒騎士もクロも麗華から離れ過ぎている。今から助けに行こうにも間に合わない。


 そして触手は麗華へ――触れる前に、彼女の眼前に突然クロが現れた。


「クロッ!?」

「ガルァァアアアア!!」



 恐らく影の能力によって麗華の影に瞬間移動したのだろう。

 ブラックウルフキングの総身から影が放出される。影と触手が鬩ぎ合うが、地力の差は歴然だった。


「ガル!」

「何をするのです、クロ!!」


 一筋の影が麗華を背後に押し込める。触手の範囲外の場所まで。

 そして触手は、ブラックウルフキングを飲み込んだ。触手に包まれたクロはもがくが、抵抗虚しく意識が途切れてしまう。


「クロ、クロ!!」


 地震も収まり、麗華は倒れ伏すクロの元まで駆け寄る。声をかけ続けるが、クロは目を覚まさない。

 ベルフェゴールの能力で強制的に眠らされてしまったのだ。ただその眠りは、奴を倒さない限り永久に続いてしまう。


 その身を犠牲にしてまで主君を守ったブラックウルフキングは尊敬に値する。

 だがしかし、これで貴重な戦力を一つ失ってしまった。クロの離脱は、正直痛い。

 が、悲しみに暮れている暇は俺達には無いんだ。


「麗華ぁ!」

「分かってますわ!わたくしは問題ありません!!」


 麗華の瞳に灯る戦意は失われていなかった。

 彼女なら大丈夫だと信じていたが……。

 安堵していると、神崎とデュランが俺の隣に来る。


「どうする影山、一度退くか?」

「馬鹿言ってんじゃねえ、ここで逃げてもジリ貧だ。次に戦う時は勝つ可能性がもっと低くなる」

「良かった……俺も戦うつもりだ」

「なら一々聞くんじゃねえよ」

「だがどうするであるか。彼奴は攻撃しても回復してしまうぞ」

「ベヒモスはエネルギーを使って回復している。エネルギーが枯渇すれば回復出来ず奴を殺せる」

「それって後どれくらい掛かるんだ?」


 ……知らねぇよ、俺が聞きたいわ。


「けど……やるしかない」

「「……」」


 俺は遠くにいる佐倉に声をかける。


「佐倉、麗華を頼む!」

「しょうがない、気は進まないけど言う通りにしよう」


 麗華の護りは佐倉に任せて、俺達三人は攻撃に集中する。


「覚悟を決めろ……俺達は勝つしかないんだ」

「分かってるさッ」

「触手の包囲網を掻い潜りながら一太刀浴びせるのは至難であるが、やるしかないの」


 スキルを解放していられる時間は残り僅か。

 こっからはノンストップだ。

 俺達が力尽きるか、ベヒモスが倒れるか。

 覚悟を決めろ、腹を括れ、ここが勝負所だ。


「行くぞ!!」

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