第90話なんで

 



「よぉ少年、元気か」

「……」



 暗く冷たく、錆と血の臭いが混じった檻の中。


 王国騎士団第一騎士団長ブラッドは、団両手首を鎖で縛られ、壁に貼り付けてられている影山晃に気さくに声をかける。

 が、晃は顔を俯かせているだけで反応が返って来ない。それでも構わず、ブラッドは彼に言葉を放った。


「ヘルヴェールの愚行、申し訳無かった。アウローラ王国を代表して俺が謝罪する」

「…………」

「ちと遅くなっちまったが、お前は釈放だ」


 ガシャガシャと、ブラッドが鎖を解く。

 解放され、手足が自由になった晃はほぐすようにボキボキと身体の骨を鳴らした。


 未だに無言を貫く少年に、ブラッドは再度問いかける。


「何か話したい事はあるか?」

「……」


 晃が初めて顔を上げる。

 そしてブラッドと視線を交わした刹那――


(このガキ、なんて目ぇしてやがるッ)


 ブラッドは畏れた。

 首筋に刃物を突き付けられ、一瞬で命を刈り取られる想像イメージが浮かぶ。そして、無意識の内に身体が戦う準備をしてしまった。

 それ程の殺気が、狂気が、闇が晃の瞳の奥でぐちゃぐちゃに渦巻いていたのだ。


 ブラッドが動揺する中、晃はしゃがれた声で一言。


「いや、“もういい”」


 それだけ言うと、彼はブラッドの横を通り過ぎてしまう。少年の背中に、ブラッドは騎士団団長として忠告した。


「この国と戦う時は俺が相手をしてやる。それだけは忘れんじゃねえぞ」


 晃は反応する事なく去ってしまう。

 ブラッドはチッと舌打ちすると、晃の瞳の中を思い出しながら呟いた。


「ヘルヴェールの神眼が発動する訳だ。なんて化物を飼ってやがる」



 ◇



 釈放され自由の身となった俺は、返されたアイテムポーチから予備の上着を着用する。上半身裸で城内を歩いてたら、今度は変態の変質者として捕まっちまうからな。


『おいアキラ、腹が減って死にそうだ。なンか喰わせろ』

(後で鱈腹喰わせてやるからもう少し待ってろ)


 脳内でベルルゼブブがワガママを言ってくるが、今は飯なんか食ってる場合じゃない。


 二日間、水と少しの食料しか与えられていない俺は腹が減って今にも頭がおかしくなりそうな状態だ。

 けれど、腹を満たす前にやらなければならない事がある。謝らなければならない人達がいる。


 俺は急いで、目的の人物達の下へと向かった。



 ◇



「あっ影山、委員長知らない?」

「二日前から姿を見かけないんだけど……」

「…………」


 幸い目的の人達――委員長の女子グループはすぐに見つかった。

 転生者達の為に用意された食堂で全員が集まって話し合っていたのだ。消えてしまった委員長を案じて。


 彼女達の視線が俺に集まる。

 ゴクリと唾を飲み込むと、俺は淡々とした声音で真実を告げた。


「委員長は死んだ」

「……はっ?」

「ごめん影山、聞こえなかった。もう一回言ってくれる」

「嘘でしょ……」


 困惑し、呆然とし、動揺し、驚愕に滲んだ。

 こいつは何を馬鹿な事を言っているんだ?という顔をした彼女達に俺は頭を下げてもう一度告げる。


「寺部静香は俺を守って死んだ。すまなかった」

「はぁぁぁああ!?」

「そんな……そんなのって!」

「ほ、本当に本当なの?」

「ああ、委員長はもういない」

「「……ッ!!」」


 信じてくれたのか、信じるしかなかったのか、彼女達の顔に哀しみが生まれる。

 涙を流す者、崩れ座りこむ者がいる中、一人の女子生徒が俺の目の前に来て、


 ――パシンッ。


 と、強く頬をはたいた。


「なんで委員長が死ななきゃならないのよ」

「俺が巻き込んだからだ」

「なんでアンタが守ってあげなかったのよ」

「俺が弱かったからだ」

「なんでッ……委員長がッ」


 泣きながら、女子生徒が俺の胸を叩く。

 その声が……その拳が……今まで受けたどんな攻撃よりも痛かった。キツかった。

 だけど俺は、絶対に表情を崩さない。崩す訳にはいかない。


「委員長はね、アンタの事が好きだったのよ」

「……は?」


 告げられた事実に驚愕する。

 委員長が俺を好きだって?

 流石にそれは無いだろ。そんな素振りは一度も無かったぞ。


「委員長、よく影山の話を私達にしてたの。『影山君は頼れる』、『影山君には何度も助けられたって』。それもね、自分の事のように嬉しそうに話してた。あんなの、影山が好きだって言ってるようなもんじゃん」


 あぁやめろ、やめてくれ。


「でもね……聞いても絶対に否定するんだ。委員長は気を使うから、多分色々と遠慮したんだと思う。あの娘は自分より他人を優先するから」


 歯を食い縛れ、絶対に泣くんじゃねえぞ。

 お前だけは涙を流しちゃいけない。


「あーあ、好きな人を守って死ぬとか……馬鹿だけど委員長らしいや」

「……これ、使ってくれ」


 目の前にいる女子生徒に、俺は持っているアイテムポーチを渡した。


「金は結構溜まってる。アイテムは使ってもいいし、売ってもいい」

「何でくれんのよ、それはアンタのでしょ」

「俺の勝手で醜い罪滅ぼしだ。いらなかったら捨ててもいい。じゃあ俺は、もう行くから」

「こんな物渡して、アンタはこれからどうすんのよ」


 という彼女の問いかけに、俺はこう言った。


「ケジメをつけてくる」





「影山……影山ぁ!」

「悪い、心配かけた」


 ダンジョンを目指して歩いていると、俺に気付いた佐倉がタタタッと走って勢いよく抱きついて来た。

 俺は彼女の肩に手を置き謝罪する。


「二日もどこに行ってたんだ!探したんだぞ、馬鹿野郎……余り心配を掛けさせないでくれ」

「すまない」

「本当に良かっ――影山、また何かあったのかい?」


 密着していた身体を離し、俺を見上げた瞬間佐倉が心配そうな表情で聞いてくる。察しが良すぎるだろう、何で分かんだよ。

 浮かんだ疑問を、そのまま口に出す。


「どうして分かんだよ……」

「怒って、泣きそうで、ぐちゃぐちゃになってるよ。他人からすればいつもと変わらない無表情だけど、いつも君を見ているボクには分かるよ」

「……なるほどな」

「で、何があったんだい」

「事情はダンジョンの中で話す。だから早く行こう」

「その事なんだが影山――」

「晃!」


 俺が再びダンジョンに足を進めた時、前方から麗華が血相を変えてやって来た。

 いや、いるのは麗華だけではなくもう一人――、


「影山、無事だったか!」


 何故か、神崎がいた。


「心配しましたわ。ですがわたくしは信じていましたよ、必ず戻ってくると」

「ああ、すまない。事情は後で説明する。で、何でここに神崎がいるんだ」


 俺は麗華の隣にいる神崎を一瞥する。

 すると麗華が口を開く前に、神崎が自分から説明してきた。


「影山、君に……君のパーティーに頼みがあるんだ」


 あの神崎が俺に頼みだって?

 今はそれどころじゃねぇんだよな。

 無視してさっさとダンジョンに向かいたいが、取り敢えず話だけでも聞いてみるか。長くなりそうだったら置いて行っちまおう。


「実は――」


 神崎が語った内容は俺にとっても気になるものだった。


 神崎のパーティーは50階層に挑戦し階層主と戦った。

 だが階層主の能力は想像以上に厄介で強く、パーティーの二人が昏睡状態に陥ってしまう。

 神崎と剣凪はパーティーメンバーを背負い50階層から離脱し、王宮に帰還した。

 だが幾ら待っても治療してもパーティーの二人が目を覚まさない。生徒のスキルでも、王宮にいる治療術師でもお手上げ。

 治療術師が言うには二人は呪いのような力で眠らされて、根本の階層主を倒さなければ一生目覚めない。

 剣凪も疲労困憊で、とても戦える状態ではないそうだ。


 彼の話は、大体こんな感じだった。


「明日香と理花を助けたい。でも、俺一人では奴には勝てないんだ。だから影山、頼む!俺に力を貸してくれないか!!」

「……」

「わたくしからもお願いします。彼女達は、大切な友達なんです」


 深く頭を下げ、神崎が必死に頼んで来る。

 要は一緒に戦う仲間が欲しいって事だろう。俺は少し考えると、彼が欲っしている言葉を送った。


「ああ、いいぜ」

「本当か!?ありがとう、影山!!」

「ありがとうございます!」


 喜びを露わにして握手を求めてくる神崎を手で制してやんわりと拒否すると、佐倉が疑問気に尋ねてきた。


「良かったのかい?彼は以前、影山を……」

「別に構わない。あの時の神崎が取った行動は間違えじゃないしな。俺は何とも思っちゃいねぇよ」


 あの件はとっくに終わった話だ。

 それに、神崎が加わってくれたら戦力が大幅に上昇する。

 さっさとダンジョンを制覇したい俺としては、実に好都合な事だった。


「じゃあ行くか」

「えっ、大丈夫なのか?装備とかしていないように見えるが……」

「問題ない」


 神崎の懸念を一言で切り伏せる。

 俺は歩き出すと、三人が後ろに続いた。


(これで終わりだ)


 アウローラ王国には恩がある。

 死んだと思ったのに生き返らせてくれ、保護に衣食住を与えてくれた。

 ならば、その恩は返さなければならない。

 王国が要求する、ダンジョン制覇を成し遂げる形で。


 それが終わったら、ケジメをつけたならば、こんなクソったれな国。




「出て行ってやる」

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