第89話団長会議

 




 ――アウローラ王国宮殿内【正義の間】。

 白一色で統一されたこの部屋には今、王国を守護する9人の強者つわものが集結していた。


「おいおい、始まる時間なのに何でヘルヴェールの野郎がいねぇんだよ」


 アウローラ王国第十騎士団団長・ガオウが両手を頭の後ろで組みながら悪態を吐く。


「へ……へへ……皆の顔、久しぶりに見た気がする」


 第九騎士団団長・カプルが周りを見渡して小さく笑みを溢す。


「そうですね、こうして集まるのは一年前の会議以来ですか。一人二人は死んでると思ってましたが意外でしたね。一つ空席ですが……」


 第八騎士団団長・レオパルドが中指の腹で眼鏡の位置を調整しながら、一つだけある空席に視線を送った。


「ホッホ、早く始めんかの。ずっと座ってるのも年寄りには厳しいのでな」


 第七騎士団団長・ジョセフが長く立派な顎髭を摩りながら提案する。


「   」


 第六騎士団団長・ヘルヴェールの姿は無い。

 そこにはただ、豪奢な空席があるだけであった。


「俺も爺さんに賛成だぜ。大切な部下を置いてきたんだ。さっさと終わらせて帰りたいんだよ」


 第5騎士団団長・オーウェンが、拳を作った右手で円卓を強く叩いた。


「そう急くなオーウェンよ。一年振りに我ら騎士団長が集ったのだ、積もる話もあるのではないか?私は沢山あるぞ、ガッハッハ!」


 第四騎士団団長・ガッツは、腕を組みながら盛大に高笑いする。


「…………」


 第三騎士団団長・アレクサンダーは、目を瞑り口を閉ざし、沈黙していた。


「オジ様……そろそろ……」


 第二騎士団団長・ジャンヌが、円卓の上座に座する精悍な男に窺う。


「そうだな、始めちまうか」


 第一騎士団団長・ブラッドが、開幕の合図を告げた。


「まずは全員の無事の帰還にお疲れさんと言わせて貰うぜ。誰一人欠けなくて良かった。ではこれより、団長会議を始める」


 ブラッドの宣言により会議が始まる――瞬間、ガオウが苛ついた表情で口を開く。


「ちょっと待てよ。ヘルヴェールの野郎が居ねぇっつってんだろーが。奴は何で来てねぇんだ」


 第六の空席に指差しながら告げると、ブラッドが淡々とした声音で理由を教えた。


「あの馬鹿は意識不明の重体で会議には出られん」

「はぁ……!?おいオッサン、それは本当の話か!?あの野郎はクズでどうしようもねー奴だが、実力は確かだ。一体誰にやられやがった、魔王軍の幹部か?」

「王が召喚した、例の転生者だ」

「……おいおい、転生者って何の力も無ぇーガキの事だろ?そんな奴に負けたのかよ……」


 信じられないと驚愕するガオウ。が、他の団長達も少なからず同じような反応をしている。

 ブラッドは短いため息を吐くと、


「ヘルヴェールはいつもの暴走だ、自業自得だから余り気にせんでいい。事の詳細は追って連絡する。俺も全て把握してる訳じゃねえからな」


 そう言うと、ガオウは口を閉じて黙り込む。これ以上聞いても無駄だと悟ったのだろう。

 そんな彼の気持ちを察したブラッドは、本題の話を進めた。


「じゃあまず、第十騎士団ガオウ、第六騎士団ヘルヴェール……は居ないから後で聞くとして、第三騎士団アレクサンダー、魔王軍の情勢を話してくれ」


 ブラッドが促すと、呼ばれた団長達は姿勢を正す。緊張感のある雰囲気が漂う中、ガオウから口を開いた。


「今までと余り変わらねぇよ。領土を攻められたら防衛してるって現状だ。まぁ、一年前よりかは戦いの数が減ってるぜ。理由は知らねーけどよ。幹部も出張って来なかったから退屈だったぜ」

「他に何かあるか」

「ヘルヴェールのいつもの暴走ぐらいか。それ以外は特に大きな動きは無かったぜ」


 ガオウの話が終わると、ブラッドは次にアレクサンダーに視線を向けた。彼は閉じていた瞼を静かに開けると、


「……ガオウと特に変わらん。それよりもブラッド、貴様……」


 アレクサンダーの眼差しが、ブラッドを強く射抜いた。


「魔王を王都に侵入させたようだな。貴様は一体何をしていた」

「「――ッ!?」」


 驚愕の事実に、団長達は息を呑んだ。

 敵の本丸が、まさか王都しんぞうに攻めているなんて知らなかった。もしそれが本当なら前代未聞である。一歩間違えていたら国が滅んでしまっていたのだ。

 彼等は、王国を守護する最強の男の言葉を待った。


「すまん、全くの想定外だった」

「「…………」」


 彼がしたのは謝罪。

 という事は、アレクサンダーの話は事実という事になる。


「いやーだってよ、魔王自ら来るとか考えつかねーじゃん?俺も驚いたぜ」


 軽い口調で語るブラッドに、アレクサンダーの額に青筋が浮かぶ。

 キレられる前に、ブラッドは必死に弁明した。


「怒るなよアレク。勿論だが、ちゃんと見張ってたぜ。奴は人間の奴隷商から奪われた同胞を救う為に一人で乗り込んで来やがったんだよ。そうだよな、ガッツ」

「ああ、私達第四騎士団が捜査した結果、奴隷商のゴルドは拉致した魔族を奴隷にするという違法を犯していた。そして、魔王らしきドラゴンが空へ飛び立ったという報告もある」

「俺は魔王と一度戦ったこともあるけどよ、あのドラゴンは間違いなく奴だったぜ。それに、魔王は一人で潜入して国を取るような卑怯な奴じゃねぇしな」


 ブラッドとガッツの話に、アレクサンダーは疑問を浮かべた。


「……奴隷商が、魔族を?」

「という事は、人間が魔族の領土に勝手に踏み入って村を壊滅させたって事になる。おいアレクサンダー、王国と魔族との領土を管理するテメェは、“一体何をしてたんだ?”」

「ッ!?」


 ブラッドの追及に何も言い返せない。

 何故ならアレクサンダーは、奴隷商が魔族領土に勝手に踏み入り、蹂躙し、拉致した情報を把握していなかったのだ。


 ――魔王が単騎で王都に侵入したそもそもの原因はお前だ。


 ブラッドの言葉をそう解釈し、己の失態に気付いたアレクサンダーは唇を噛み締めた。


「まぁいいさ。やっちまったもんはしょうがねぇ、お互いにな。次から気をつけようぜ」

「……」

「よし、じゃあ次の話に移ろうか」


 ブラッドは次に三名の団長の名を挙げる。


「第九騎士団カプル、第八騎士団レオパルド、第五騎士団オーウェン、帝国側の情勢を頼む」

「こちらも魔王軍と同様で、この一年間大きな戦はありませんでした。多少の小競り合いはありましたが、牽制のようなものです」


 まず発言したのはレオパルドだった。

 彼は眼鏡の位置を調整しながら、淡々とした声音で説明する。

 続いて口を開いたのは、オーウェンであった。


「俺は帝国軍銀狼騎士団隊長ヴォルフと戦り合ったぐらいか、あのオッサン中々強かったぜ。引き分けちまったがな」


 悔しそうに告げるオーウェンに、ブラッドが「あの野郎はしぶてぇからな」と笑いかけた。


「へ、へへ……わたしの情報部隊が手に入れた情報なんだけど、近々帝国軍が魔王軍に本格的に攻め入るみたい」

「なに!?それは実か!?」


 小さい声で話すカプルの情報に、ガッツが大仰に驚いた。が、知らなかったのは彼だけで他の団長等は見当がついていたようだ。


「ガッツ……お前はもう少し頭を鍛えろと言ってるだろ。考えてみろ、魔王軍と帝国軍が牽制程度の戦しかしてないんだぞ。大きな戦の前に余力を溜め込んでるんだろうが」

「なぬ……そういう事だったのか」


 ブラッドが呆れた風に言うと、ガッツは納得した表情で首肯した。


「ガオウ、カプル、レオパルド、オーウェン、アレクサンダーは二国の動向に注意してくれ。何か異変があったらすぐに連絡しろ。では次、国内の情報を頼む。爺さん、ガッツ」


 第七騎士団団長ジョセフは、長い顎髭を摩りながら柔らかい声音で話し始める。


「ホッホ。この一年、大きな諍いは無かったの。珍しく貴族連中も大人しくしてたわい。じゃが一番の問題は王宮付近にダンジョンが出現した事よの」

「ダンジョンの話は聞きました。して、どうやら攻略は異世界の転生者達に一任してるとか」


 ジョセフの説明に補足するようにレオパルドが告げると、ブラッドが更に細かく皆に伝える。


「転生者は王自ら呼び出され、王の命令によって攻略している最中だ。が、驚きなのが転生者は十五、六のガキで全員がスキルを与えられてやがる」

「マジかよ……神に見初められた者にしか与えられないスキルを、転生者のガキは全員有しているのか!」

「それもかなり強ぇスキルをな。聞く所によると既に攻略目前らしい。全く、スキルの力ってのは末恐ろしいな。まぁ、そのお陰で騎士団の力を割かなくていいのは助かるけどよ」


 戯けるようにブラッドが言うが、団長達は誰一人として笑えなかった。

 神に与えられたスキルの力は絶大だ。たった一人の力で、戦況をひっくり返す化け物が歴史の中にどれほどいたか。


 その力を知ってるからこそ恐怖する。

 もし大勢の転生者が王国に牙を向けば、今度は内側から食い尽くされてしまう。

 この場にいる全員がその懸念を抱いていた。


「まぁ転生者の事は王様に任せておこう。というか、転生者には介入するなって俺達も命令されてるしな。ガッツ、お前は何かあるか」


 ブラッドに促されると、ガッツは手元にある紙を見ながら話す。


「奴隷商が活発になっているな。その影響もありゴルドのようなグレーではなくブラックに手を突っ込む商人も多くなってきた。なので特別法務官のロウリー殿に助力して貰っている」

「あのいけ好かねー女か」

「分かった。ジャンヌは何かあるか?」

「……」


 問われたジャンヌだが、彼女は顔を伏せたままだ。

 やがて顔を上げると、団長全員を見渡して尋ねる。


「“正義”とは一体、何なのでしょうか」


 彼女の発言に一瞬空白の時間が起きるが、すぐにガオウが苦虫を噛むような顔をして、


「そういう哲学は自分で考えてくれよ。そんなもん、人によって違うに決まってんだからよ」

「ガオウの言う通りです。そもそも団長会議の場で私事を持ち込まないで頂きたい」


 ガオウの意見にすかさずレオパルドが賛成するが、ジョセフは優しい声音でジャンヌに尋ねる。


「ジャンヌ殿は、何故急にそう思ったのかの」

「……ヘルヴェールは、正義の為にと罪の無い少女を殺し、少年を瀕死に追い込みました。私にはその行いが、とても正義には思えないのです」


 悔しそうに唇を噛み締める彼女は続けて、


「ですが彼の行いは許されます、許されてしまいます。これまでも、そしてこれからも!正義を掲げれば、何をしてもいいのでしょうか!!?」


 それは慟哭に近かった。

 少女が泣きながら訴えているように見えた。


 ジャンヌは今、迷っている。

 正義とは何か。悪とは何か。


 罪の無い少女を殺したヘルヴェールが許され、亡き少女の為に戦った少年が牢獄に監禁されている。


 これの何処に、正義があるというのか。


 皆が口黙る中、ブラッドが静かに口を開いた。


「正義とは何か……その問いに答えは無ぇな。ガオウが言った通り、一人一人それぞれの正義がある。ただな……俺も昔、同じ質問をした事がある。んで、そいつの言葉に俺は納得しちまった部分もある」

「……」

「“勝った方が正義だ”。ムカつく言葉だが、意外と真理でもあるんじゃねえかと俺は思ってる。歴史の中でも、今回ヘルヴェールがしたような外道な行いが繰り返されていただろう。だけどよ、歴史上ではそれが清く正しく記されてやがる」

「……」

「ジャンヌよ、常識を変えたければ力を付けろ。お前の正義が勝てるようにな」

「…………」


 考え込んでいるジャンヌを見てため息を吐くと、ブラッドは周りを見渡して、


「んじゃ、もう少し会議を続けるか」


 団長会議は、夜遅くまで続くのだった。


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