第88話気持ち悪ぃ奴等だ
「また貴様の尋問をする事になるとはな……。なぁ、カゲヤマアキラ」
「……」
アウローラ王国王宮内・牢獄。
松明が一つだけ用意された薄暗い空間には重苦しい雰囲気が漂っている。鉄格子の中には、両手足を鉄の鎖で縛られ、壁面に縫い付けられた影山晃の姿があった。
彼は上着を何も着ておらず上裸で、ずっと項垂れている。
そんな晃の眼前にいるのは、特別法務官のロウリーだった。【嘘を見抜く】スキル者の彼女は、以前と同じく晃の尋問役に選ばれている。
ロウリーが話しかけるが、晃は口を閉ざしたままで全く反応が無い。質問にはハッキリ答える彼らしくないと疑問を抱いた彼女は、続けて自分から口を開いた。
「大体の事情はジャンヌ殿から聞き及んでいる。だが、私は貴様本人からも聞かなければならない。同郷の者を失って悲しいのは分かるが、話してくれないか」
「…………一つだけ聞かせてくれないか」
初めて口を開いた。
だがその声音は疲れ切っていて、聞き取れないほど酷く枯れていた。
ロウリーが「何だ」と先を促すと、晃は項垂れたまま問いかける。
「……この国の騎士は、罪の無い人間を殺してもいいのか?」
「…………」
ロウリーは何も答えない。いや――答えられなかった。
「何も悪いことをしていない俺が、何で命を狙われなければならない。関係無い委員長が、何で殺されなきゃならねぇんだ。なぁおい……ロウリーさんよ」
顔を上げる。
その表情は、その目は、狂気に満ちていた。
「それが許されんなら、俺もあの糞野郎を殺してもいいんだよな?」
「――ッ!!?」
ロウリーの背筋に悪寒が走った。
晃の瞳と目が合った瞬間全身が硬直し、鳥肌が立つのが分かった。
怒り。哀しみ。憎悪。怨嗟。
全ての負の感情が混じり合い、闇よりも深く濃く濁った黒。その黒が、晃の瞳の奥で激しく渦巻いていた。
(このガキ……何て目をしているッ)
息を呑む。
仕事柄、ロウリーは様々な人間を“見てきた”。その中には勿論、悪に身を落とした者も多くいる。その者達の目は、決まって悪意を抱いていた。
が、そんな者達が可愛く思えるほど、晃の瞳は狂気に染まっていたのだ。これほど強大で吐き気を催すほどの狂気を目の当たりするのは、ロウリーでさえ初めての事だった。
(ヘルヴェール殿の懸念は、
第六騎士団団長であるヘルヴェールの右目は、その者に潜んでいる心の闇を見抜く神眼である。その神眼が勝手に発動し、晃を王国を揺るがす程の闇が潜んでいると断言したのならば、きっと嘘ではないのだろう。
その後の迂闊な行動は決して擁護出来ないが……。
ロウリーはゴクリと唾を飲み込むと、慎重に言葉を放った。
「法律上……この国で殺人は許されない。例えそれが、国を守る騎士団の団長でもだ」
「……」
「しかし以前にも言ったように、どこの国家にも闇は存在する。その闇が、結果的にも国家を救ってきた。恐らくヘルヴェール殿も、そう判断しての今回の行動だったのだろう」
「……そうか」
小さく呟いただけで、晃はそれ以上何も言い返して来ない。再び頭を下げて黙り込んでしまう。もっと罵詈雑言を覚悟していただけに些か拍子抜けてしまった。
――きっと、この時だったのだろう。
晃が決定的に、アウローラ王国を見限ってしまったのは。
そんな彼の心情を知らぬまま、ロウリーは険しい顔付きで晃に詰問する。
「第一騎士団並びに第二騎士団団長達の話によると、貴様は漆黒の化物に変身したそうだが、それはスキルの力か?」
「ああ」
「貴様……何故今……嘘を吐いた」
「あっ?……ああ、厳密に言うと違うのか。まぁ、同じようなもんだ。スキルを介した力だ」
「……そういう事か」
ロウリーの【嘘を見抜く】スキルが発動したが、次の言葉は反応しなかった。という事は、ニュアンスの捉え方が微妙に間違っていたのだろう。
晃が嘘を吐かなかった事に、内心で安堵する。
(ホッとする?私が?ガキ相手に何を期待しているんだ、私はッ)
己に喝を入れると、ロウリーは続けて、
「貴様はその力を己の意思で行使しているか?」
「そうだけど、それの何が悪い。俺はこの力を悪いことに使ったことは一切ねえぞ」
「だが暴走はしているそうだな」
「……」
「扱え切れない力は己の身を滅ぼす。他者もな。それは覚えておけ」
「……」
「……今はこのくらいにしといてやる。また来るからな」
そう言って、踵を返すロウリー。
遠くなっていく靴音を聞きながら、晃はクツクツと小さく嗤った。
「気持ち悪ぃ奴等だ」
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