第86話殺してやる
「何を……しているのだ!ヘルヴェェェェル!?」
「これは第二騎士団団長ジャンヌ殿。こんな場所に何かご用ですか?」
「それはこちらの台詞だ、ヘルヴェール!」
一年に一度開かれる“団長会議”の為に、各国の偵察から帰還した王国第二騎士団団長ジャンヌは、上空から発せられた衝撃波に何事かと様子を確認しに市場へやって来た。
そこで彼女が目にした光景とは、
――戦闘の余波で荒れ果てた市場。
――恐怖に脅える市民。
――絶望の表情を浮かべる少年。
――そして、少女を斬り殺した第六騎士団団長ヘルヴェール。
一体全体何がどうなっている。
訳が分からない惨状だが、セレシアは落ち着いて対応するべく冷静にヘルヴェールに問うた。
「事情を説明してくれるのだな、ヘルヴェールよ」
「事情と申されましても、私の右目があの少年に反応したのですよ、それも自動でね。こんな事は今まであり得なかったことだ。あの少年は、恐ろしいまでの狂気を孕んでいる。この国に
「だから始末しようとしたというのか、聖剣を解放してまで」
「ええ、あの少年はやはり悪魔のような強大な力を使っていたので、止むを得ず解放しました」
「では、そこに倒れている少女は何だ」
「斬りました。私の正義の邪魔をするので」
「――!?」
ヘルヴェールの話に驚愕する。
この男がこういう人間だとはセレシアも前々から知っていた。
彼は己の正義の為なら、それが人道に反することだって何でもする。その暴走が許されてきたのは、彼が王国騎士団団長という方書きが大きいのだが、その暴走が王直々に認められているからだ。
だが、それでも――罪のない少年少女に刃を向けていい筈がない。
「い、委員長……ぉ」
少年――影山晃が、必死に手を伸ばす。地面を這い蹲りながら、血を流して倒れている寺部静香の元へと向かっていく。
その光景を瞳に映したジャンヌの顔が憤怒に染まった。
「悪魔め、今殺してやる」
害虫を見る眼差しで少年を睥睨するヘルヴェールが忽然と姿を消す。
地を付す晃の喉元を確実に狙った刺突は、横から迫る剣によって弾かれた。
「……これはどういう事ですか、セレシア殿」
「貴様の神眼の力は知っている。だが私は、人々を守る騎士として貴様の行いをこれ以上見過ごす事は出来ん」
晃を庇いヘルヴェールの眼前に立ち塞がったのはジャンヌだった。彼女が鬼気迫る表情で剣を構えると、ヘルヴェールは忌々しそうに口を開く。
「そうですか。ではこの際ですし、貴女も始末してしまいましょう。ジャンヌ殿には辟易していたのですよ。毎度毎度私の邪魔をしてくるのでね」
「お前の暴走を止めてやっていただけだ」
「失敬な、正義を執行していただけです」
「本気で戦うつもりか?私に敵うとでも思っているのか」
「いつまでも上から目線で来られるのも困るので、力の差を思い知らせてやりますよ」
「「…………」」
一瞬の静寂後、空気が爆ぜた。
ジャンヌとヘルヴェールが激しい剣戟を繰り広げる中、地を這う晃がようやく静香の元に辿り着く。
「委員長……委員長ぉぉぉ!!」
身体を揺すって必死に呼び覚まそうとするが、彼女の目が開かれる事はない。ただただ、胸から臍辺りまでバッサリ斬り裂かれた傷痕から赤い血が流れるだけだ。
見て分かるように、彼女――寺部静香は死んでいた。
「ベルゼゼブブ、どうにかならないのか!?」
『諦めろアキラ、この女は死ンだんだ。死ンだ生物が生き返ることは無え』
「そんな……こんなのってッ」
自身の【共存】スキルに宿る『暴食』の魔王ベルゼゼブブに懇願するも、魔王はバッサリ切り捨てる。
魔法、スキルといったファンタジーが当然のこの異世界ならば、蘇生魔法やアイテムが存在すると思っていた。だがその望みは、魔王の一言によって打ち砕かれてしまったのだ。
――死んだ人間は生き返らない――
当たり前だ。
だが、今だけはその当たり前を受け入れられない。受け入れたくなかった。
「俺のせいだッ。俺が委員長を巻き込んじまった!!」
静香の頭を抱きかかえながら懺悔する。
【共存】スキル者は試練に巡り合う運命にある。そんな晃と一緒にいてしまったからこそ、静香は死んでしまった。
今まで晃の周りにいる人間が無事だったのは、単なる偶然に過ぎなかったのかもしれない。
「頼む……頼むから目を開けてくれ……」
溢れ落ちた涙が静香の頬にぽつぽつと降り落ちる。悲しみに打ちひしがれる宿主に、突然魔王が提案した。
『アキラ、この女を喰え』
「……糞蝿、冗談抜かしてんじゃねえ、ぶっ殺すぞ」
『テメェはこの女をこのまま放置しておくのか?あのクソったれ共に適当に葬られてもいいってのか、ァアッ?』
「…………」
ベルゼゼブブの話は、考えてみれば間違ってなかった。
静香を殺したアウローラ王国の人間に、これ以上彼女の尊厳を踏み
例え彼女に呪われてでも、静香の魂は離さない。
覚悟は決まった。
「委員長」
身体から黒スライムを溢れさせ、優しく丁寧に、静香の全身を自分ごと包み込んでいく。
静香の全身を強く抱き締めながら、晃は柔らかい声音で呟いた。
「ごめんな、俺の所為で。それと、守ってくれてありがとう。お前を一人にはさせないから。こんなクソったれな世界に一人置いていかないから。だから……俺と一緒にいてくれ」
――そう言って、影山晃は寺部静香を喰らったのだった。
◇
アウローラ王国第二騎士団団長ジャンヌと第六騎士団団長ヘルヴェールの戦いは、終始ヘルヴェールが有利に進んでいた。
「私のスピードに付いて来れるとは、流石はジャンヌ殿といった所ですか。ですが……」
「ふぅ……ふぅ……」
「聖剣は解放されないのですか?ああそういえば……“使えないんでしたね”」
「くっ」
余裕の表情を浮かべるヘルヴェールに対し、ジャンヌは既に息も絶え絶えになっていた。
騎士団の団長達にしか扱えない奥義『聖剣解放』は、聖剣の眠っている本来の力を呼び覚ます強化方法だ。
解放をしているかしていないかで、能力の差は大きく離れてしまう。
そして、ジャンヌの聖剣には解放する条件があり、条件を満たさなければ解放することが不可能だった。
「そろそろあの男も出てきそうなので、終わらせましょう」
そう宣言し、ヘルヴェールがジャンヌに向かって地面を踏み込む――その時だった。
「「――――ッ!?」」
強烈な殺意を向けられたヘルヴェールは、反射的に身構えてしまう。それはジャンヌも同様で、彼等は殺意の根本に視線を向けた。
そこには――、
「馬鹿な……何故立っている」
「……」
死体同然だった筈の影山晃が、五体満足になって立ち竦んでいた。
「これは復讐なんかじゃねえぞ。委員長が死んだのは俺の所為だ。俺が弱いから死んだんだ」
一歩踏み出す。
その一歩は、世界を震撼させる一歩だった。少なくとも、ここにいるヘルヴェールとジャンヌは本能でそう感じ取ってしまった。
「だからこれは、俺の個人的な、醜い怒りだ」
全身が黒に包まれていく。
肉体が膨張し、肥大化する。鋼のような筋肉の塊、そして手足の先には尖る爪。
虫の顔で、大きく裂けた口からは鋭い牙が見え、長い舌を垂らしていた。
その外見は醜い化物で、唯一人間の姿を残している左眼からは、赤い血の涙が流れていたのだった。
「殺してやる」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます