第82話凄かったな

 



(凄かったな……)


 ダンジョンから王都に帰還した剣凪郁乃は、心身共に闘いの熱が冷めないでいた。


『これだ、これだったのだ!私が求めていたものは!!血が沸騰するような熱き闘い。一つのミスで首を取られる緊張感!地球では味わえなかった本当の死闘!これこそが私が求めていた戦いだ!!』


 アシュラとの死闘を思い出す度に、自分はこんな醜い人間だったのかと自覚する。


 闘いを楽しんでいた。


 殺すか殺されるか。生と死の境界線に立ちながら刀を振るうのは、今まで感じた事のない強烈な感覚。本能のままに動き、無我夢中で戦った。


 だが何より、この感覚は一人では絶対に味わえなかっただろう。


『うるさい!“私達”ならやれる!!』

『その根拠はどこから来るんだ!?』


 影山晃の存在なくしては、極限まで集中出来なかった。本当の自分を知る事は叶わなかった。

 そして一緒に戦う一体感。

 “隣で戦う”。この言葉の意味を初めて体感した気がする。影山だからこそ、この境地に達っせたと思うから。


(もう一度したい……影山と。今日のような、心が燃え滾るような闘いをッ!)


 あの感覚をもう一度。

 そう郁乃が願った時だった――。


「郁乃!」

「……勇人」


 郁乃の目の前に、神崎勇人が現れた。


「この二日どこに行ってたんだ?心配したんだぞ」

「でも、無事で良かったよ」

「だから言ったんですぅ。剣凪さんなら大丈夫って!」


 神崎だけではなかった。

 彼の側には二人の女子生徒が付き添ってる。


 結城明日香ゆうきあすか

 神崎の幼馴染みであり、学校内でも一番可愛いと噂されている美少女。誰にでも優しく、笑顔が素敵な所から男子生徒からの人気は断トツであった。


 綾小路あやのこうじ理花。

 全国トップの頭脳を持つ才女。小柄だが、それが逆に小動物を思わせる。基本神崎意外の男子が嫌いなのでツンケンしているが、一部の男子には人気があるらしい。


 この二人は郁乃にとって、同じ男を好くライバルであり、大切な友である。


【勇者】スキルの神崎勇人。

【聖女】スキルの結城明日香。

【賢者】スキルの綾小路理花。

【剣姫】スキルの剣凪郁乃。


 この四人が、ダンジョンの最先端を進むパーティーである。今は抜けてしまった【支配者】スキルの西園寺麗華がいたら盤石だったのだが、彼女は自分達が追い出してしまった形になるのでこちらから戻ってくれとは言えない。


「心配かけてすまない、一人でダンジョンに行っていたんだ」


 俯きながら申し訳なさそうに郁乃が謝ると、神崎は彼女に近寄って肩に手を置く。


「いや、無事だったならいいんだ。でも、あんまり無茶しないでくれよ」

「――ッ!!」


 刹那、郁乃の身体が跳ねた。


『俺、実は前からお前のことが嫌いだったんだ。悪いけど、もうお前の隣にはいられない』


 40階層の真の階層主であるブラックワイトキングに見せられた幻術が脳裏を過ぎる。

 あの映像はただの幻だと頭では理解していても、身体が無意識に拒否反応を起こしていた。神崎の冷たい視線が、未だに頭から離れないでいるのだ。


「郁乃……どうしたんだ?」

「大丈夫?」


 様子がおかしい郁乃を心配した神崎と結城が声をかけると、彼女はハッとして、


「……大丈夫、少し疲れたみたいだ」

「そうか、なら良かった」


 安堵するように息を吐いた神崎は真剣な表情を作ると、郁乃にこう告げる。


「そろそろ50階層に挑戦しようと思うんだ。いけるか、郁乃」

「ああ……任せろ」

「良かった、郁乃ならそう言ってくれると思ったよ。じゃあ、今日はゆっくり身体を休めてくれ」

「ああ、おやすみ」


 踵を返し、逃げるように郁乃は自分の部屋に向かう。彼女の後ろ姿を眺めながら、結城が心配そうな表情を浮かべて呟いた。


「大丈夫かな……郁乃ちゃん」

「大丈夫ですぅ。剣凪さんは柔じゃないですから。ねっ、神崎さん」

「そうだな……もし何かあったら俺達がちゃんと支えてやろう」

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