第81話姉妹
(影山の部屋……イイ匂い)
(前に来た時と余り変わってないみたい)
(男子の部屋……意外と殺風景ですわね)
(なんか見られてる気がする!じっくり観察されてる気がする!変なモノ置いてないよな!?)
俺の部屋に入ると、女子の視線が部屋中を行き交い、冷や汗が背中を伝う。
幸いなのかどうかは分からないが、部屋にはベッドしかないから物が散乱しているという事は無い。あれ、これじゃあ皆が座る場所無えーじゃねーか。どうしよう……。
「はぁ……人を呼んだ時の為にテーブルと椅子くらいは用意しておいた方がいいですわよ」
途方に暮れていたら、呆れた風にため息をついた麗華がアイテムポーチから豪奢なテーブルと椅子を四つ取り出した。さらにカップを四つと、紅茶を取り出す。
一気に女子会みないな空間に様変わりしたぞ。
「ありがとう麗華、助かった」
「どういたしまして」
俺達はそれぞれ椅子に座ると、佐倉が口を開くのを待った。彼女は指の腹で眼鏡の位置を調整した後、真剣な声音で話し出す。
「単刀直入に言うと、ボクと西園寺 麗華は血の繋がった姉妹だ」
「「「…………」」」
『ヒハハ、そうキタか』
一瞬で部屋の空気が凍り付いた。皆の息を呑む音が聞こえる程に、佐倉の口から出た内容は、特大の爆弾だった。
姉妹……?血が繋がっている?麗華と佐倉が……?
俺は横目で麗華を見やる。この驚きよう……彼女は事実を知らないようだ。
本当なのだろうか……麗華と佐倉の顔は全然似ていないけど……。
俺と麗華が動揺して言葉を発せない中、一早く回復した委員長が佐倉に質問する。
「血が繋がってる姉妹という事は、親も同じということ?」
「最低最悪な“父親”だけね。母は別だよ」
「じゃあ異母姉妹……ということ?」
「そうなるね」
父親が一緒で母親が違うってことか。
……ん?それっていわゆる、不倫って奴じゃ……。
――ダンッと、麗華が立ち上がりながらテーブルを強く叩き、険しい表情で佐倉に抗議した。
「信じられませんわ!お父様の肩を持つ訳ではありませんが、あの厳格なお父様がそんな不貞を犯すなんて考えられません!!」
「西園寺財閥の社長も、所詮は人の子だったって訳さ」
「そんな……」
打ちひしがれる麗華。
どうやら真相は佐倉だけが知っているみたいだ。その真相を聞いてみない事には本当か嘘か判断出来ない。
「内容を教えて貰ってもいいか。佐倉が話しても
「構わないよ。ただそんな難しい話じゃない。どこにでもある、クズ男の不倫話さ」
忌々しそうにそう告げると、佐倉は紅茶を一口飲んで口の中を潤してから語り出した。
「君とボクの父親、西園寺修造は君の母親、西園寺メアリーと結婚し幸せな日々を送っていた。だがメアリーには子供が恵まれなかった」
「夫婦は苦しんだ。特に苦しんでいたのはメアリーで、彼女は自分に子供が出来ないことに哀しみ、苦しみ、心が
「修造も必死にメアリーを支えようとしたが、彼には西園寺財閥社長という立場があり、仕事を放っておく事も出来なかったんだ。精神が不安定になっていくメアリーは、夫である修造にも辛く厳しく当たってしまう。夫婦の関係は破滅し、修造もみるみる内に疲弊していったそうだ」
「そんな彼を支えたのは、ボクの母である佐倉香織だった」
「社長秘書の母は、日に日にやつれていく修造を何とかしようと献身的に支えた。そんな中、やがて二人は深い関係性になってしまう」
「そんな時だった、吉報が届いたのは。西園寺メアリーに子供ができた」
「だが子供を生むのにも問題があった。メアリーの身体は元々弱く、その上疲弊している状態で生むのは母体が危険だったんだ。けどメアリーは修造の反対を聞かず生むことを選んだ」
「そして子供は無事に生まれた。変わりに、メアリーは死んでしまったけどね」
「だが問題なのは、同じ時期にボクの母もボクを身篭ってしまっていたんだ」
「修造を愛していた母は、社長秘書を辞めてまで彼との子供を生む決意をした。だが修造は反対した。そりゃそうだよ、西園寺財閥の社長が、不倫して子供を孕ませるなんて世間が知ったらどうなる。西園寺の名は一瞬で地に落ちるだろう」
「しかし修造の反対を振り切り、母はボクを生んだ。修造は母に口止め料と手切れ金を渡し、一切の関係を絶ったんだ」
「だが母は今でも修造を愛している。全く理解出来ないけどね。この話を聞いた時はボクは怒りでどうにかなりそうになったけど、母はこう言っていたよ」
「『修造さんは悪くないの』ってね」
「何が悪くないだ、悪いに決まってるだろ。ボクが西園寺麗華を嫌う理由?それはあのクソったれな男の血を引いているからだ。勿論、ボクはボク自身も大嫌いだけどね」
………………。
佐倉の話は終わった。話を聞いていた俺達は、誰もが口を開けないでいた。
不倫話って……。
なんか、本当に昼ドラみたいな話だったな……。
まぁ確かに、不倫相手の子供である佐倉としては父親……というよりも西園寺に嫌悪するのも仕方ないかもしれない。けど彼女は、自分自身をも嫌っていると言った。
なんかそれって……辛くないか。
「……」
「……そんな、お父様が」
チラリと麗華を確認すると、放心している彼女は小さい声で何かを呟いている。顔色も悪く、真っ青になっていた。
っていうか、麗華は母親を亡くしていたんだな。
(はぁ……辛ぇな)
内心でため息を吐く。
本人達の気持ちを考えると、第三者である俺が口を挟むのもどうかと思うし。それにしても麗華と佐倉の父親、なんて事してくれてんだよ。
『ヒハハ、女を作るのに何が悪いンだ。多くの女を侍らせるのは強い男の特権だろ』
(この世界では良いのかもしれないけど、地球では許されてないんだよ)
『つまンねー世界だな。ヒハハ、なら“この世界では”アキラは多くの女を作ってもいいンだぜ』
(いやいや、そんなハーレムは嫌だよ)
たった今きっつい話を聞いてんのにハーレムなんてやりたくねーよ。まぁそもそも出来ねーけど。
「ボクは子供だから、大人の恋愛事情についてとやかく言うつもりはない。母を失ってしまった君に同情する部分もある。ただボクは母を捨てた西園寺修造を許さないし、これからも許すつもりもない」
「……」
「ボクはこれで失礼するよ」
佐倉は静かに席を立つと、部屋を出て行こうとする。その時一度振り返って、
「影山、パーティーの件、ボクは本気だからね」
最後にそう告げて、佐倉は立ち去ってしまった。
「私も失礼するね」
「ああ」
委員長は部屋を出る前に俺の耳に唇を近づけ、小声でこう頼んでくる。
「西園寺さんのフォロー、お願いね」
「……ああ」
委員長も俺の部屋を出て行った。彼女はきっと、空気を読んで俺と麗華を二人きりにしてくれたのだろう。本当に気が効く人だ。
「……」
「……麗華」
「彼女……佐倉さんの話は俄かに信じられませんが、本当なのでしょう。だって、あんな嘘を吐く理由がありませんもの」
同感だ。
そもそも、話をしている最中の佐倉は怒りに満ち溢れていた。あれは冗談や嘘を言う顔じゃない。
俺は俯く麗華に向かって、自分の考えを真剣に伝える。
「麗華、これだけは言わせてくれ」
「……」
「クソったれなのはオヤジであって、お前が責任を感じる必要はない。佐倉には同情しちまうが、麗華は堂々としてりゃいいんだ」
「……そう、ですわね」
麗華は深くため息を吐き出すと、「
「佐倉さんをパーティーに入れましょう、晃」
「俺は構わないけどよ、お前は平気なのか?」
「正直に言えば嫌ですわよ。でも、佐倉さんとは向き合わなければなりません。逃げる訳にはいかないのです。だってわたくしは、“西園寺”麗華ですから」
彼女は「それに……」と続けて、
「実はわたくし、子供の頃から兄弟が欲しいと思ってましたの」
と、照れ臭そうな笑みを浮かべた。
……たく、麗華は強いな。
彼女の顔を見て安心した俺は、強く言い放つ。
「よし、このまま一気にダンジョン制覇するぞ」
「望むところですわ」
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