第79話君の隣に

 




 ――先手を打ったのは晃だった。

 彼は凄まじい速度で怯んでいるブラックワイトキングに肉薄し、ヒット&アウェイを繰り返す。小さくないダメージを受ける階層主は再び重力魔法を放とうとするのだが、晃が反撃を許させない。


「いつまでも見下ろしてんじゃねえよ。這い蹲れ」

「……ファガッ」


 4本の尻尾でブラックワイトキングの片脚を拘束し、地面におもいっきり叩きつける。全身に衝撃が襲う階層主の視界が一瞬真っ白に染まった。


 ドン、ドンッ、ドンッ!ドンッ!!

 晃はブラックワイトキングの身体を何度も何度も地面に叩きつけた。


「ファァァアアアアア!!」


 ブラックワイトキングが怒りの絶叫を上げる。

 屈辱だ……弄ぶ側が、弄ばれている。

 こんな屈辱があってたまるか。だがどうすればいい、どうすれば奴に有効打を与えられる。

 掛かれば必勝の幻惑魔法を打ち破られ、ドラゴンブレスをも耐える魔法障壁に、雑魚共を無理矢理這い蹲らせる重力魔法が喰われてしまう。

 そんな規格外な敵だなんて思いもしなかった。


「まだ終わらねぇぞ」

「グ……アガァァァァァ!!」


 晃はブラックワイトキングの頭部を鷲掴み、壁に押し込めながら移動する。

 ガガガガガガッ!と壁が砕け散り、ブラックワイトキングの頭部がつけた傷跡が壁に残った。


「はは、ハハハハハ!!」

「アガ、ァァァァァアアアアア!!?」


 それからも晃による蹂躙が続いた。

 ブラックワイトキングが苦しむように、だが決して死なないように力加減を加えた攻撃。

 頭部を蹴られ、手足を引き千切られ、幾度も殴られ、蹴っ飛ばされた。


「…………ッ」


 イヤダ……もうやめてくれ……。


 亡者の黒王は、生まれて初めて恐怖という感情を抱く。

 たかが人間に、モンスターの上位種である己が手も足も出ないなんて……。

 いや、待て……。あの人間は本当に人間なのか?


「ヒハハ、ハハハハハハハハハハッ!!』


 人間の姿はさらに変貌していた。

 右半身の肉体が肥大化し、背が2メートル超まで伸びている。狼の顔を模したヘルムは、半分が醜い虫の顔になっていた。

 高笑いを上げながら己の顔面を殴り続けるその姿はまるで、モンスターを飛び越えて化物バケモノのようだった。


「ヒハハハハ。どうしたオイ、もう終わりか?』

「――ッ……」


 頭を踏み付けられながら、虫の顔と紅き瞳に睨まれたブラックワイトキングは息を飲んだ。

 ああ、これか。これが“絶望”というやつなのか。


「楽になれると思うなよ。これからが本番だ』


 晃が蹂躙を再開しようとした刹那、


「もうやめて下さい、晃!」


 西園寺 麗華の叫びが、この場に響き渡った。


「…………』


 晃が声のした方へ顔を向ける。

 するとそこには麗華が今にも泣きそうな表情で立っていた。晃が亡者の黒王を半殺しにしたおかけで、恐らく魔術が解けて意識を取り戻したのだろう。

 ブラックワイトキングの頭を踏み付けている彼に、麗華が懇願するように言葉を放った。


「もうやめて下さい、晃」

「やめる理由がどこにある。このクソったれは人の心を弄んだんだ。そんな糞野郎には同じ以上の恐怖を与えないと気が済まねぇ』

「……晃の怒りは分かります。ですけど、今の貴方は力に飲み込まれてます。【支配者】スキルを暴走させてしまった時のわたくしのように」

「力に飲み込まれている?“そんな事はとっくに分かっている”。分かった上で俺はこの力を使っているんだ』

「ッ……!?」


 麗華の顔が驚愕に染まる。

 まさか、己が暴走していると承知の上で力を振るっているとは思いもよらなかった。

 自分が暴走してしまった時のように、無意識の上で力を使っていると思っていたのだ。


 だが違った。

 彼は力を暴走している事を承知の上で扱っている。その先の果てに破滅が待っていようとも。


 ……狂ってる。

 半身狼鎧、半身化物の禍々しい姿を見つめて、麗華は吐き気を催すほどの畏れを抱いた。


(でも……)


 それでも止めなければならない。

 彼が自分を助けてくれたように、自分も彼を助けせたい。このまま最悪の結末なんて絶対にさせてなるものか。


「晃がやめないのなら、わたくしが貴方を止めます。例え晃と戦うことになろうとも、わたくしは貴方を止めます」

「…………』


 麗華の本気の眼差しを受けた晃はブラックワイトキングから静かに離れる。

 そして、スキルを解除して元の姿に戻った。やけにアッサリ言う事を聞いてくれた晃に麗華が呆然としていると、


「何だその顔。お前がやめろって言うからやめたのに」

「いえ……すんなり聞いてくれるとは思わなかったので」

「お前と殺し合うほど俺は亡者黒王いつに執着してないだけだ」


 晃は冷や汗をかいている麗華に近寄ると、コツンと頭にチョップする。


「痛っ……な、なにするんですの」

「お前、本当に死ぬ気だったろ。ったく、俺が麗華と戦う訳が無いだろうが」

「…………!」


 ため息を吐く晃を見て、麗華は嬉しさが込み上げる。怒りと自分を秤にかけて、自分の方が重かったのだから。

 心の中でそう喜んでいる時だった――、



「甘いよ影山、そんなんじゃダンジョン攻略なんて無理じゃないのか」



 氷よりも冷たい声が響き渡った。

 刹那、ブラックワイトキングの身体が降り落ちる氷柱によって押し潰される。


「何だ……!?」

「ッ!?」


 土煙が晴れる。

 そこにいた人物を視界に捉えた晃は、目を見開いて口を開いた。


「何でここにお前がいるんだ……佐倉ッ」


 頭にはトンガリ帽子。黒だった長髪は銀色に染まり、端正でメガネが似合う知的な顔は邪悪な笑みを浮かべている。戦隊物の女幹部が着てそうな肌の露出が多い服を身に纏い、漆黒のマントを羽織った姿は正に魔女であった。


 銀髪の魔女――佐倉 詩織は驚愕する晃を艶やかな瞳で見つめてこう言った。



「やっと君の隣に立てるよ、影山」

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