第78話絶望を

 



 40階層の真の階層主、亡者ブラック黒王ワイトキングは、己の掛けた術中に嵌る冒険者を上から眺め愉しんでいた。


 操り人形であるアシュラと激闘を繰り広げ、勝利し安心した所で魔術をかける。疲労に加え、精神的にも警戒していない人間に魔術をかけるのは容易かった。


 まずは後方にいる、狼王を侍らせている女を眠らせ、次に剣士の女、最後に男を眠らせた。


 生命吸収エナジードレイン

 ブラックワイトキングが最も得意とする技であり、そして最も愉しめる技だ。


 敵を眠らせ、夢を見させる。

 不幸な者には幸福を、幸福な者には不幸な夢を。術者が見ている夢をツマミにして、徐々に徐々に生命を奪っていく。

 正に至高な一時であった。


 ――しかし、そんな愉しい時間をぶち壊した者がいた。


「おい、俺の記憶を勝手に捏造すんじゃねえよ、ぶっ殺すぞ」

「――ッ!?」


 最後に眠らせた冒険者が、自力で覚醒したのだ。

 そんな馬鹿な……と亡者の黒王を驚愕する。

 己の術が一度掛かってしまえば、抗える者は存在しない。今まで誰も、打ち破ることは叶わなかった。

 その筈なのに、あの冒険者は一瞬で術を解いて覚醒してしまった。それも幸福な夢を自ら拒絶したのだ。ブラックワイトキングにとって、信じられない事実だった。


「スキル解放・モード【Beelzebub】!!」


 絶叫を上げた刹那、冒険者の姿が一変する。

 狼の鎧を纏い、ヘルメットの隙間から紅い眼光が煌めいていた。

 アシュラと戦って尚、それ程の余力を残していたのか。


「ファッファッファ」


 ブラックワイトキングは嗤った。

 いいだろう、自ら直接死を与えてやろうではないか。

 幸福な夢を見ながら死ねなかったことを、後悔させてやる。


「ぶっ殺してやる」

「ファッファッ!」


 真の階層主との闘いが、今始まったのだった。




 ◇




「ォォオオオッ!!」

「フォフォフォフォ」


 先手を打ったのは影山晃だった。

 彼は雄叫びを上げながら、地面を強く蹴ってブラックワイトキングに飛び掛かる。しかし、攻撃する寸前に透明な壁に阻まれてしまった。


「何だこの壁!?」

『魔法障壁だ。防御力も高いンじゃねえか』

「魔法障壁……?バリアみたいなもんか」

『そうだな、さてどうするアキラ』

「喰ってやる」


 壁の正体を暴食の魔王ベルゼゼブブから教えられた晃は“暴食”に相応しい攻略手段を選んだ。あぎとを目一杯開け、魔力で構成された障壁にガツガツと喰いつく。


「――ッ!?」


 これには亡者の黒王も意表を突かれた。

 どんな打撃・斬撃・魔法をも防いできた自慢の魔法障壁が、まさか喰い破られるとは予想だにしなかっただろう。


 障壁を喰い尽くした晃は、隙だらけのブラックワイトキングに4本の尻尾で刺突した。

 煩わしい、そう言わんばかりに階層主が骨の手を振り払う。

 刹那、空中にいた晃は地面に叩きつけられてしまった。


「あがッ……身体が重いぞ!?今度は何しやがった!!」

『重力魔法だ』

「クソったれがぁ……面倒臭ぇ真似しやがって!」


 罵倒を吐く晃は「根性ーー!」と叫んで重力魔法から抜け出す。

 また魔法を破られてしまった……とブラックワイトキングは首を捻る。数多の冒険者達を封じてきた重力魔法が、こうも容易く振り解かれるなんて。

 幻惑魔法もそうだが、何故この冒険者には己の攻撃が通用しないのか。


「……?」

「どこ見てんだよ」

「フォォォッ!?」


 不可解な現象に困惑していると、晃の姿を見失ってしまう。気配を探ろうとした刹那、後頭部に強い衝撃が走った。

 殴られた……?いや蹴られたのか?


「オラオラオラァァァァァ!!」

「ファァァァァァ!?」


 晃の連撃が続く。

 獣のように四足で動き回り、ブラックワイトキングを翻弄する。自分の回りをチョロチョロ動き回る晃を、階層主は捉え切る事が出来ないでいた。


「フォフォ!!」

「ぐっ……!!」


 ブラックワイトキングは、自分の周囲に重力魔法による範囲攻撃を放った。これには晃も回避できず、膝をつかされてしまう。

 だが彼はぺっと血を吐き出すと、突然大きく息を吸い出した。



 ――ゴオォォォォオオオオオオオオッ!!



 と、大気が唸り声を上げる。

 吸い込まれるように晃の口に吸収されるが、吸収されたのは大気だけではなかった。彼はブラックワイトキングが発動している重力魔法ごと喰らっていたのだ。


「…………ッ」

「いいじゃねえかその面。臆病なテメェにはお似合いだぜ」


 魔法を喰うという晃の離れ業にブラックワイトキングが呆然としていると、彼はニヤリと口角を上げた。

 だがその直後、晃は怒り狂った表情で口を開く。


「ブラックオークキング、キラーアントクイーン、アースドラゴン、そして最後のアシュラ。俺が今まで戦ってきた階層主達には、主としてのプライドりがあった。そして自らの命を賭して挑戦者おれと戦った。そんな奴等だから俺は恐れたし、対峙するだけで足が震えたんだ」


 ――だがお前はどうだ。

 そう告げると、彼は紅に光る眼光でブラックワイトキングを睥睨した。


「アシュラを操り人形にし、自分は高みの見物。人の記憶を土足で踏み荒らしては、それを勝手に覗いて嗤っている。そんなクソったれな野郎に脅える訳がない。お前からは威厳も何も感じられない。上位種ブラック?笑わせんなよ、ゴブリンの方がよっぽど恐いぜ」

「……ッ!!」

「馬鹿にされてキレたか?こっちはとっくにブチ切れてんだよ。テメェがアシュラを操っていた所為で戦いの邪魔をされちまったし」


 アシュラは操られていた。

 4本の腕を斬られ、ようやく最後にブラックワイトキングの術から抜け出せたのだろう。自我を取り戻して晃と剣凪と死闘を繰り広げた後は、『ミゴト』と挑戦者を褒め称えた。

 そんな誇り高き階層主と、初めから真剣勝負がしたかった。


「俺達の記憶を好き勝手覗き、自分が愉しめるように無断で漁りやがった。絶対に許さねえぞ……覚悟しろ骸骨野郎」


 底冷える声音で、晃は亡者の黒王に宣言する。


「お前に絶望を味あわせてやる」

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