第77話絶対許さねぇ

 




「はぁ……はぁ……」

「はぁ……はぁ……やったな、影山」

「そうだな」


 拳の代わりに、俺達は刀とナイフをカチンとぶつけ合う。

 それにしても剣凪の奴、爽やかな汗かいてんなー。晴れやかな表情も浮かべてるよ。こっちは息を整えるのにも大変だってのに。


「……ッ」


 何だ、この違和感は。

 胸の奥を騒つかせていた嫌な予感がまだ消えていない。俺は慌ててアシュラが倒れていた場所を一瞥する。


(――アイテムがドロップしてない?!)


 今までは階層主を倒したら必ずアイテムがドロップしていた。なのに今確認したら、どこにもアイテムが落ちていなかった。


 ――ドサッ……。


 驚愕していると、背後から物音が聞こえてくる。俺が慌てて身体を向けたら、麗華が地面に倒れ伏していた。ブラックウルフキングや配下のモンスターも反応が無い。


「麗華!」

「うっ……」

「剣凪!?」


 麗華だけではない。勝利の余韻を味わっていた剣凪も、呻き声を漏らしながら突然気絶してしまう。

 不可解な事態に困惑していると、俺も急に意識が遠くなってきた。


(何だ……これはッ!?)


 首を絞められるような、強制的に意識を失うような感覚に抗えず、俺も二人と同じように気を失ったのだった。




 ◇




『麗華』


 見たことの無い、父の優しい笑顔だった。


『麗華ちゃん』


 会ったことの無い、母の声が聞こえた。


『お父様?……お母様?』


『麗華、昨日のテニス大会優勝おめでとう。格好良かったぞ』


『麗華ちゃんの頑張ってる姿見たら、私も元気が出ちゃった』


 父が喜んでくれる。

 母が笑ってくれる。

 ……ああ。


『ありがとうございます、お父様!お母様!』


 なんて幸せな世界だろうか。



 ◇



『ごめんなさい剣凪さん……私達、もう貴女についていけない』


『練習量がキツ過ぎるっていうか……』


『正直、もう無理なの』


『待ってくれ皆!?約束したじゃないか、団体戦で日本一になろうって!!』


 部活の仲間が、冷めた眼差しを向けてくる。

 ここにいる全員で日本一になると誓い合ったはずなのに、彼女達は防具を捨て背中を向けて去ってしまう。


『まっ、待ってくれ!もう少しだけ頑張れば!』


『貴女は一人で勝てばいいじゃない』


『待っ――』


『郁乃』


『ゆ、勇人……』


『俺、実は前からお前のことが嫌いだったんだ。悪いけど、もうお前の隣にはいられない』


『そんな……嘘だ、嘘だ!』


 仲間には見捨てられ、好きな男からは信じられないような言葉を吐かれる。

 ……ああ。


『待ってくれ……私を置いてかないでくれッ』


 なんて残酷な世界だろうか。



 ◇



『晃、こっちにおいで!アンタの好きな耳掻きしてあげる』


『母さん』


『晃、久々にキャッチボールしようか』


『父さん』





『――おい、俺の記憶を勝手に捏造すんじゃねえよ、ぶっ殺すぞ」





 ◇




 目が覚めると、地面に倒れていた俺はゆっくり起き上がった。


『気分はどうだ、アキラ』

「最悪に決まってんだろ」


 腹が立つ夢を見せられて怒りが湧いてくる。

 母さんはあんなに優しくないし、仕事が恋人のクソったれな親父が俺を遊びに誘う訳がない。

 本当に最悪な気分だ。

 というかベルゼブブ、お前なら起こせただろ。何で起こしてくれなかったんだよ。


『ヒハハ、最悪なのは気分だけじゃないぜ、アキラ』


 あっ、こいつ今誤魔化しやがったな。


「それってどういう――ッ!?」


 話している最中、俺は酷く驚愕した。

 何故なら、目の前に居るはずのないモンスターが浮遊していたからだ。


「何だあいつ、いつから居たんだッ!?」


 突如現れたモンスターの外見は、骸骨が外套を纏った姿だった。

 ただ3メートル以上はある巨体で、右手には宝飾が飾られている杖を携えている。そして頭の上には王冠が飾られていた。

 それだけではない。

 骸骨の色は白いはずなのに、そいつは外套からはみ出ている部分が全て“黒”だったのだ。


『アレは亡者の王、ワイトキングだな。それも上位種ブラックだ』


 ブラックワイトキング?

 何でそんなヤバそうな奴が急に現れたんだよ、おかしいだろ。

 階層主はアシュラだけじゃなかったのか。そもそも階層主が2体いるなんて聞いてねーぞ。


 困惑していると、ベルゼブブが説明してくる。


『アシュラは只の操り人形、真の階層主はアイツだったって訳さ』

「どうしてそんな反則行為してんだよ。ルールは守れよな」

『前に言っただろ、ダンジョンは嘘をつくってよ。気紛れか悪戯か知らねーが、ダンジョンは安心している攻略者を喰っちまうンだ』


 あー……前に言ってたな、そんなこと。

 2階層なのにゴブリンが8体出現した時もそうだった。

 でもよりにもよって、このタイミングでやるか普通?それも階層主倒して真の階層主が出てくるとかふざけんじゃねーよ、鬼畜ゲーじゃねえか。

 クソったれ……嫌な予感の正体はこいつだったのか。


『女共がぶっ倒れているのもアイツの仕業だろう。さてどうするアキラ、状況は絶望的だ。逃げるのも一手だぜ』

「ふざけるな、戦うに決まってんだろ」

『ヒハハ!それでそこそアキラだ!!』


 間髪入れずに答える。

 俺が麗華と剣凪を置いて逃げる訳ねーだろうが。

 まぁそれもあるけど、理由はもう一つ。


「よくも人の記憶を土足で踏み躙りやがったな。絶対許さねぇ、ぶっ殺してやる」


 こっちはハラワタが煮えくり返ってんだよ。胸糞悪いモン見せやがって!一瞬で目が覚めたわ。

 様子見もしない。最初っから全力で戦ってやる。

 俺は身体の内側から力を引っ張り出し、絶叫を上げた。


「スキル解放・モード【Beelzebub】!!」

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