第71話迷惑だ

 





 ――ダンジョン30階層。


「わたくしなら平気ですのに」

「元々30階層には戻るつもりだったんだ、気にするな」


 西園寺……じゃなくて麗華がスキルを解放させ、中ボスのギガンテスを進化したブラックウルフキングと共に倒した後。

 俺達は一旦セーフティーエリアである30階層へ戻ってきていた。


 理由は単純、休息の為だ。

 30階層まで来るのにはかなりの時間が掛かってしまう。地球で例えると、体感的には午後7時を上回っているぐらい。疲労している状態でこれ以上戦うのは身体的にも精神的にも無理があるだろう。

 なのでモンスターが現れないボス階層で、ゆっくり休息を取る事にしたのだ。


「ほいほい、ほい」

「準備がよろしいですわね……」

「まぁな」


 アイテムポーチから大量の食料や調理器具、食器に寝具をポンポンと取り出していく。

 そう言えば麗華に聞くことがあったんだ。

 俺は呆れてる表情を浮かべている彼女に尋ねる。


「麗華って料理とか作れる?」

「プロ並ではないですが、一通りは出来ますわよ」

「マジか!じゃあ頼んでもいいか?俺は料理とか駄目なんだ」

「ふふ、いいですわよ」


 クスリと麗華が微笑む。

 何で笑ったんだ、おかしな事を言ったつもりはないんだが……。


「申し訳ありません、晃にも苦手な事があるとは思わなかったので」

「いやお前……俺を何だと思ってたんだよ」


 ガキの俺なんか、出来ない事や苦手な事の方が多いぞ。

 俺より麗華の方が何でもやれてしまうイメージがあるんだけどな。


「では、期待に応えて料理に取り掛かりますわ。少し時間が掛かりますので、ゆっくりしていて下さい」

「おう、頼んだ」


 料理は麗華に任せるとして。

 問題はもう一人の方だな。

 俺は身体の向きを変えて、視線をそいつに注いで問いかける。


「……で、お前はいつまでここにいるんだ」

「……」


 ……無視かよ。邪魔だから早く帰ってくれねえかな。


 俺達と30階層に戻った剣凪は、そのまま王国に戻ると思いきや何故かその場に留まっている。それに加えて、あれだけ決闘だ決闘だと騒いでいたのに今は水を打ったように静かにしていた。

 なんつーか、逆に不気味なんだよな。

 はぁ……と深くため息を吐いた俺は、改めて剣凪に尋ねる。


「なぁ剣凪、今すぐ帰れとは言わねーよ。折角西園寺が料理を作ってくれるんだ、飯ぐらい食っていけばいい」


 本音を言えば今すぐ帰って欲しいし、食料は俺のなんだけど。


「ただ、飯食ったら帰れよ。お前がどういう意図でここにいるのかは知らない。でも俺達は休憩してから40階層を目指す。恐らく命懸けの戦いになるだろう。その時、パーティーじゃないお前が居たら戦いの邪魔になるんだ」

「……私はこれでも45階層まで到達していて、力もそれなりにあるんだ。それでも同行するのは迷惑になると言っているのか」

「ああ、迷惑だ」


 はっきりと即答する。

 剣凪の実力を疑う訳じゃない。もしかしたら俺よりも強いのかもしれない。

 でも……俺は剣凪の命の保証が出来ないし、彼女の存在が戦いの足枷になるかもしれない。

 端的に言えば、剣凪には背中を預けられないんだ。


「……」

「……」


 静寂が場を包む。

 彼女は頭を伏して、口を閉ざしたままだ。

 西園寺の料理を眺めながら待っていると、ようやく剣凪が顔を上げた。


「39階層まででいい。私も共に戦わせてくれ」

「いやいや、お前俺の話ちゃんと聞い――」

「もし39階層まで行って、それでも駄目なら大人しく帰る。頼む影山、私に機会をくれないか」

「……」


 真剣な表情で、真っ直ぐな眼差しで俺に訴えてくる剣凪。

 どうしても納得出来ず、俺は再び質問した。


「決闘しろって言ってきた最初から意味が分からないんだけどよ、剣凪がそこまで頑固になる理由は何なんだ?俺はお前と接点なんか一つも覚えがねーぞ」

「……自分でも分からない」

「分からない?」

「初めは……西園寺が惹かれた影山という男がどんな人間なのか知りたかった。私は、遠藤という生徒を殺したお前しか知らないからな」


 まあ……あの場面を目にしたら誰でも「何だこのヤベェ奴」ってなるよな。その気持ちは分からなくもない。

 あと麗華が俺に惹かれたってどういう事?

 少し気になったが、話の腰を折るのも無粋なので黙って耳を傾ける。


「上手く説明し辛いのだが、西園寺とお前の戦う姿を見て……居ても立ってもいられないというか……このままノコノコと一人で帰りたくないというか……」


 しどろもどろになりながらも話しを続ける剣凪。恐らく彼女の頭の中でも考えが纏まっていないのだろう。困惑しているのが伝わってくる。


『イイじゃねーか、アキラ。取り敢えず39階層まで一緒に行ってみろよ』


 さてどうしたもんかと悩んでいると突然ベルゼブブが助言してきた。

 俺は脳内でベルゼブブと会話を行う。


(何でそう思ったんだ?)

『面白そうだからってのもあるが、お前の成長を促す為ってのもある』

(俺の成長……?)

『オレ様の予想だとこの女は相当剣を振ってやがる。アキラは剣術がヘタクソだからな、この女の戦いを見て上達しろって言ってンだ』


 ベルゼブブの意見に納得出来る所はある。

 だが、解せないというか、変というか、違和感というか、怪しいというか……。

 なーんか別の意図がある気がするんだよな。


(もういいや……考えるのも面倒臭くなってきた)


 取り敢えず本人が39階層までって言ってるんだ。後々絡まれるのも面倒だし、今回は彼女の気持ちを汲んでやろう。

 それで後腐れなくバイバイして貰うんだ。

 うん、そうしよう。


「分かった、39階層までな」

「いいのか!?」


 パァーー!!と表情を明るくさせた剣凪に、俺はしっかりと忠告しておく。


「さ、39階層までだからな。そこまで行ったらちゃんと帰れよ!」

「分かった分かった!ありがとう、影山!」


 コイツ本当に分かってんのか……?


 バシバシと背中を叩いてくる剣凪に怪訝な視線を送っていると、麗華が俺達を呼んでくる。


「料理が出来ましたので、話しが終わりましたなら食事にしましょう」

「おう、今行く。ああそうだ、39階層まで剣凪を同行させるけど、お前はいいか?」


 パーティーである麗華に一応聞くと、彼女は迷いもせず「いいですわよ」と返してきた。

 なんかヤケにアッサリだな。


「頑固になった剣凪さんはシツコイですからね。この結末になると想像してました」

「ああ、周知済みなのね……」


 経験があるのだろう。呆れた風に告げる麗華に同情してしまう。

 というか、こんな面倒な奴等に好かれる神崎にも同情しちゃうわ。


「おー!めっちゃ美味ぇ!!少なくともこの世界の店の料理より麗華の方が断然美味いぞ!!」

「ありがとうございます。お世辞でも嬉しいですわ」

「モグモグ……お前、俺がお世辞なんか言わないの知ってんだろ」

「そ、そうですわね……」


 珍しく麗華が照れていると、何故か剣凪が俺のことをドン引きの眼差しで見ていた。


「話しには聞いていたが……凄まじい食べっぷりだな」

「……ゴクン。食っても食っても腹一杯にならねーんだから仕方ねーだろ」

「どんな胃袋をしているのだ……お前は」


 麗華が作ってくれた料理を全て平らげた俺達は、仮眠を取った後に新階層に足を踏み入れた。

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