第70話名前で呼んで下さらないの?
刹那、麗華の姿が一変する。
彼女の頭には銀のティアラが飾られ、純白の王衣を纏っていた。
そして、晃から授かった鉄の剣は白銀の鞭に変貌している。
変化したのは麗華だけではない。
ウルフキングもまた、その姿を変えていた。
グレーの毛並みは漆黒に染まり、身体も一回り巨大化している。
ウルフキングは成長し、上位種であるブラックウルフキングに進化したのだ。
変わったのは姿だけではなく、能力も格段に上昇している。
「ガルァ!」
「ゲァァ!?」
ブラックウルフキングがギガンテスの巨体を駆け上り、鋭爪で首筋を切り裂く。ギガンテスも負けじと拳を振るうが、黒狼王は既にその場から離脱していた。
だが、空中に逃げたブラックウルフキングは逃げ場がない。ならば、この一撃で粉砕してやろう。
ギガンテスは右腕に力を込め、渾身の拳打を撃ち放った。
「ガルァ!!」
「ゲァ!?」
しかし拳打は空振りに終わってしまう。
ブラックウルフキングの身体から伸びた影が地面に付着し、伸縮移動によって回避したのだ。
「今の……」
『アア、アキラの蜘蛛糸に似ているな』
ブラックウルフキングが見せた動作は、晃の蜘蛛糸と似ていた。
いや、蜘蛛糸だけではない。
「ガルァアアアア!!」
「ゲ……ァァアアアアッ」
堪らず、ギガンテスが悲鳴を上げた。
雄叫びを上げる黒狼王は、風の如く地を駆け抜けながら前足に漆黒のオーラを纏い、ギガンテスの強靭な肉体に斬傷を刻んでいく。
更に身体から幾多もの影を伸ばし、打撃を繰り出していた。それはまるで、晃の
晃が力を欲した時、ウルフキングのようになりたいと願った。その深層心理が、スキル解放時の姿に現れている。
そしてウルフキングもまた、晃の強さを欲した。千変万化な闘い方を、格上の相手に足を震わせながらも死にもの狂いで向かっていく勇気ある姿を。
隣でずっと見てきた狼王は、心の奥底で彼のように強くなりたいと願ったのだ。
「わたくしを忘れてますわよ」
「ぐ……ァ」
純白の鞭がギガンテスの首を締め、動きを止める。ギガンテスは振り解こうと踠くが、ビクともしない。巨体である己が、矮小な存在に抗えない事に困惑した。
決して麗華の膂力がギガンテスを上回った訳ではない。
支配者としての威光が鞭を通してギガンテスの本能を刺激し、動きを鈍らせているのだ。
が、彼女の成長はそれだけではない。
(今です!)
「ガルァア!」
配下との意思疎通。
今の麗華は言葉を交わさずとも、配下に命令を下せるのだ。
主人から命令を頂いたブラックウルフキングは、エネルギーを牙に充填し、跳躍。
「ガルルァァアアアア!!」
「ゲ、ァァアアア■■■■!!」
漆黒のオーラを纏った牙で、ギガンテスの頭部を喰い千切った。
頭を喰われて力を失った身体は、静かに倒れる。徐々に黒い粒子となって肉体が消滅すると、『ギガンテスの角』がドロップした。
「はぁ……はぁ……やりましたわ。うぐッ」
「ガル!」
「平気ですわ……少し疲れただけですから」
スキル解放が解除された麗華は元の姿に戻り、全身に疲労感が襲いかかる。地面に手を付いて息を荒くしている主人が心配になったブラックウルフキングが寄り添うと、麗華は朗らかな笑みを浮かべて頭を優しくを撫でた。
「やるじゃねーか、西園寺」
戦いを見守っていた晃が、麗華を労う。膝をつく彼女に手を差し伸べると、麗華は手を取りながら勝気な表情で、
「麗華と……名前で呼んで下さらないの?」
「えっ、何で?」
「さっきは名前で呼んで下さりましたわよ」
「あ、あれはつい……その場の勢いで……」
後頭部をガシガシと掻きながら照れる晃。
「ん、んん!」と喉の調子を確かめた彼は、真剣な表情で勝利を讃える。
「おめでとう、麗華」
「ありがとうございます、晃」
麗華は試練を乗り越えた。
死線を潜り抜け、配下と共に強くなった。
その成長を、大切な仲間に褒められて嬉しさが込み上げ。
彼女が浮かべる笑顔は、最高に美しかったのだった。
◇
(何だ……これは……)
晃が麗華を立ち上がらせている光景を眺めながら、剣凪 郁乃は酷く狼狽していた。
初めて遭遇する、中ボスのギガンテス。
それ程の強敵に一人で戦いたいと告げた麗華。無謀だと言えるのに、晃は許可した。
戦いは劣勢だった。
一つでも間違えたら、いつ死んでもおかしくない状況。なのに、それでも隣にいる晃は動こうとしない。仲間である麗華を助けようとしなかった。
『行かねーよ。これは西園寺の戦いだ』
『そんな……』
郁乃は我慢出来ず、晃に強く意見した。
だが、彼は全く聞く耳持たない。それどころか、郁乃が助けに向かおうとしたら止めてきたのだ。
(普通助けに行くだろう。死んでしまうかもしれないんだぞッ。何故黙っていられんだ!?)
そしてついに、麗華が諦めてしまう。
彼女の心は折れ、座して死を待つのみ。
だがそんな麗華を叱咤したのが、今まで沈黙していた晃だったのだ。
『自分の力で戦え。俺はお前にそう教えた筈だ。その為の武器を、お前はもう持っている』
彼の言葉で彼女は立ち上がり、新しい力を開花させて配下と共にギガンテスを下した。
晃は麗華の手を取り、勝利を讃える。
それはまるで英雄譚に出てくるワンシーンのようで……。
(影山は最後まで西園寺が勝つのを信じていた)
手を取り合う二人には、確かな信頼があった。強い絆があった。
あそこまで誰かに信頼して貰える事が、羨ましいとさえ思える。
(羨ましい?……何を馬鹿なことを……私だって勇人に信頼されている!)
――だが。
『俺が前に出る、郁乃は下がっていてくれ』
『大丈夫か、郁乃!?』
『郁乃は俺が守るよ』
神崎 勇人は優しい。
誰よりも優しく、仲間思いで、強い。
だからこそ、剣凪 郁乃は一つの疑問を抱いてしまった。
(私がギガンテスと一人で戦いたいと願った時……)
果たして神崎 勇人は、影山 晃のように自分を信じて最後まで戦わせてくれるだろうか?
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