第69話行け
麗華の戦いをずっと見守っていた晃と郁乃。だがついに、我慢の限界を越えた郁乃が凄まじい剣幕で晃に尋ねる。
「おい影山、このままでいいのか……」
「何が」
「何がって……西園寺がやられているんだぞ!?助けに行かなくていいのかと聞いているんだ!!」
「行かねーよ。これは西園寺の戦いだ」
「そんな……」
意味がわからなかった。
仲間が殺されそうになっているのを黙って見てると言っているのか、こいつは。
そもそも、最初の時点で納得出来なかったのだ。
中ボスというモンスター相手に、麗華一人で戦わせることが。その上、今にも殺されそうになっているのに未だに助けに行かないのが郁乃には一ミリも信じられなかった。
今この場に神崎 勇人がいれば、麗華を一人で戦わせるなんて無謀は決してさせなかっただろう。そして彼は、仲間が傷つけられていたら必ず助けに向かう。
そんな仲間想いの神崎を側で見てきた郁乃だからこそ、無表情で棒立ちの晃の考えが分からず、怒りと恐怖をを抱いた。
『いいのか、アキラ』
(何が)
暴食の魔王、ベルゼブブが宿主の晃に脳内で問いかける。
『本当は今すぐに助けに行きてーンだろ?』
(当たり前だろ)
即答で返事をする晃は、間髪入れず続けて、
(仲間が苦しんでいて平気な奴がどこにいる。今すぐにでも飛び出してあのクソッタレをぶち殺してやりてーよ)
『なら、どうしてそうしねーンだ?』
(西園寺が一人で戦うと言ったからだ。壁を越えたいと決心したからだ。なら俺は……あいつの覚悟を無碍には出来ないし、したくない。例えそれで西園寺が死ぬとしても、あいつが助けを求めて来ない限り俺は一歩もここから動く気はない)
『ヒハハ、やっぱりお前は面白いぜ、アキラ』
魔王は嗤った。愉しそうに嗤った。
普通の人間ならば、麗華を助けに向かう場面だろう。晃も心ではそうしたい筈なのに、決して動かない。
善人でありながら、狂人でもある。
そんなどこか壊れた宿主といるのが、ベルゼブブは心底愉しかった。
「ゲハハハハ!」
「ウ、ウー……」
ギガンテスの拳打を盾で必死に防御していたキラーアーマーだったが、ついに耐えきれず盾ごと総身を打ち砕かれてしまった。
これで西園寺の配下は、ウルフキングのみとなってしまう。
「ガルル……」
「……ここまでですわね」
小さくため息を零す麗華は、ウルフキングの頭を撫でながら諦めの言葉を溢す。
デススパイダーとキラーアーマーは消滅し、残った配下はウルフキングだけ。だがウルフキングの攻撃力では、ギガンテスの鋼の如く強靭な肉体には歯が立たない。
そして麗華自身は、最早逃げることすらままならないだろう。
「貴方は逃げなさい」
「ガルッ!?」
「こんなわたくしに付いてきてくれて感謝しますわ。ですけど、もういいのです。貴方は今すぐこの場から離れなさい」
麗華は死ぬ覚悟を決めていた。
中ボス程度を一人で倒せなければこの先、彼アキラの隣を歩く事は不可能だろう。
晃は茨の道を歩む運命にある男だ。こんな所で躓つまずく自分が、彼の隣に立つ資格は無い。無理矢理付いて行っても、足手纏いになって呆気なく死んでしまうのは目に見えている。
彼の足枷だけにはなりたくない。
――ならば、ここで潔く死ぬのも一興ではないか。
そんな腑抜けた事を考えている主人の頬を、ウルフキングは尻尾で叩いた。
「……」
「貴方、どうして……」
「ガルァ!!」
放心する麗華を置いて、ウルフキングが雄叫びを上げながらギガンテスに立ち向かっていく。その姿を茫然と眺めていると、今まで黙っていた晃が言葉を放つ。
「戦え、西園寺」
「影山さん……」
「
「ですが、アレに勝てる力がウルフキングには無いのです」
「誰がウルフキングに戦えと言った。俺はお前に戦えと言ったんだ」
突然の言葉に「えっ?」と思考が停止すると、晃は西園寺の瞳を真っ直ぐ射抜いて、
「自分の力で戦え。俺はお前にそう教えた筈だ。その為の武器を、お前はもう持っている」
「……ッ!!」
その瞬間、麗華は晃との出逢いが脳裏に過ぎる。
『戦えよ』
『スキルも使わないでさ、自分の力だけで、命懸けで戦ってみろよ。ゴブリンでもウルフでもいいからさ、この剣で実際に肉を裂いて自分の手で生き物を殺してみろよ。それだけで、随分違うから』
『わたくしが……ですか?』
『当たり前じゃん……お前の問題だろ?』
『やりますわ……貴方なんかに言われずとも、やってやりますわよ』
『そうこなくっちゃ』
【支配者】スキルの暴走で何もかも絶望した時、晃は助けてくれなかった。
でも……自分で戦う術を、【支配者】スキルに打ち克つ心の強さを教わった。
今もそうだ。
彼は決して手を貸してくれない。助けてくれない。
(本当に、貴方って人は……)
影山 晃は優しくない。
神崎 勇人のように、励ましてはくれない。
でも、戦う
最後まで自分を信じてくれる。見守ってくれている。それが、それだけの事がどれだけ嬉しいか。
彼の期待を、裏切りたくない。
「……」
麗華はアイテムポーチから鉄の剣を取り出す。その剣は晃から借り、この手でゴブリンを殺した剣で、御守りとして大切に保管していた剣だった。
鉄の剣を見つめる西園寺は、心に熱い炎が燃え上がるのを感じた。
「う……ぐ!」
「そうだ、立て。立って戦え」
もう立てない?
何を腑抜けた事を抜かしていたのだ、自分は。甘ったれるな。立てないのであれば、死ぬ気で立てばいいだけだろう。
生まれたての子鹿のように震えながらも、麗華は立ち上がる。剣の柄を、強く握り締めながら。
「行け、麗華」
「ぁぁぁあああああアアアアアアアア!!」
絶叫を上げながらギガンテスへ駆ける麗華の背中を晃が眺めていると、ベルゼブブが嗤いながら尋ねる。
『手は出さないンじゃなかったのか?』
(“手は”出してないだろ?)
『……ヒハハ!確かにその通りだ。お前は手を出していないし、一歩も動いていないな!』
宿主の面白い言い訳に、ベルゼブブは嗤い声を上げる。
すると、突然麗華とウルフキングの身体が閃光を放ち出した。その輝きは、進化の兆し。
『人間が壁を越える光景は、何度見ても飽きねぇな』
眩い光を放つ麗華達を眺めながら、ベルゼブブはポツリと呟いた。
「行きますわよ!」
「ガル!」
麗華は胸の奥から湧き上がる力を感じながら、衝動のままに言葉を放つ。
「スキル解放・モード【Princess】」
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