第64話蠢動
「おい黒沢、お前等影山なんかに媚びてんだって?」
「別に、媚びてねーし」
一室に、十人の男女が集まっていた。
そのメンバーは全員2年E組で、
九頭原は黒沢に迫ると、自信気に口を開く。
「あんな糞野郎に媚びねーで、俺達と一緒に来ないか?」
「はっ?ふざけんなっつの。アンタのパーティーには入らないって前に話したっしょ!」
「そうだそうだ!」
「どうせ身体目当てなんだろ!?」
黒沢がはっきり断ると、彼女の仲間も次々と怒りを露わにする。
しかし九頭原は余裕の笑みを浮かべており、不良グループもニヤニヤと嘲笑していた。
「なに笑ってんのよ」
「パーティーなんてどうでもいいんだよ。俺達と一緒に、“この国を出ないか”って言ってんだ」
「は、はぁ?馬鹿じゃんそんなの」
九頭原の言っている事は、アウローラ王国を出るという事だ。
ここまで衣食住などの援助を十分して貰ってるのに、わざわざ王国を出ていく理由が思い当たらない。
何より、外の世界に出て自分達だけで生きていける気が全くしなかった。
たが、九頭原はそう思っていなかった。
「俺達は特別なんだ。スキルっていう
「それは……だって、国の人達が助けてくれてるからで」
「奴等は俺達を道具としか思ってねーよ。そもそもおかしーと思わねぇか?奴等が欲していた若い魂ってのが、都合良く手に入ることがよ」
「国が私達を殺したって言いたいの!?そんな事出来る訳ないじゃん!」
自分達は飛行機の墜落事故で死んだ。
その魂を、アウローラ王国が転生させてくれて肉体まで復活させてくれたのだ。感謝はあれど疑うなんて以ての外だ。
「どうだかな。ここは魔法やスキルっていう未知の力がある世界だ。他の世界に干渉する事だって出来んじゃねーか。っていうかよ、王様が本当の事を言ってる確証はどこにもねーじゃねーかよ」
「……それはッ」
言葉が詰まる。
九頭原の話に納得出来る部分はあった。
多くの若い魂を、それも他世界から転生させるなんて果たして偶然なのだろうか。
迷いもある。
ダンジョンを制覇した後、お役目御免になった自分達はどうなるのだろうか。ずっと、死ぬまで戦わせられるのだろうか。
「自由に生きようぜ」
「自由に……」
「ああ、俺達にはそれが可能なんだ。なぁそうだろ、秋津」
「そうだね、九頭原君」
「ッ!?」
黒沢は驚愕し、信じられないといった表情で一人の少年に視線を向ける。
そこには、この場に一番相応しくない少年がいた。
「秋津……何でアンタが九頭原なんかと……」
「やだなー黒沢さん、僕と九頭原君は友達だよ」
小柄で、大人しい性格のクラスメイト。
九頭原率いる不良グループからイジメられパシリにされていたが、影山の介入によりイジメは無くなった。
イジメられていた秋津が、イジメていた九頭原の隣に平然と立っている。
そんな不自然な光景に、黒沢達は言葉が出て来なかった。
「異世界転生モノはね、王国から出ることがスタートなんだ」
「な……に、言ってんのアンタ」
「俺達は秋津の言う通りに従っていたら強くなったんだ。今のリーダーは秋津だぜ」
「嘘……でしょ」
イジメられていた秋津が、九頭原達のリーダー?
そんな馬鹿な話がある訳がない。何かの冗談だ。そう思っていると、秋津はニコッと柔和な笑みを浮かべて、
「黒沢さん、“力が有れば何だって出来るんだ”」
「……」
「僕達と一緒に来ないかい?」
秋津の誘いに、黒沢達が出した答えとは……。
◇
「ユウト殿、話しを聞いた所、其方は既に40階層を制覇したらしいの」
「はい。今は45階層を攻略しています」
「ほっほ、それは頼もしいのぉ!」
アウローラ王国【玉座の間】にて、二人の男性が会合していた。
一人は玉座に座っているアウローラ王国の現王であり、もう一人は現王の眼前で跪いている2年A組の神崎 勇人だった。
初老で、優しそうな顔付きの現王は、穏やかな声音で神崎に尋ねる。
「してユウト殿、此度にここへ訪れて貰ったのは其方に話しがあっての」
「話し……ですか?」
「そうじゃ。お願いと言ってもええの」
「王様が俺に?どんなお願いでしょうか」
神崎が疑問気に質問すると、現王は自身の立派な顎髭を摩りながら、
「ダンジョンを制覇した後も、ユウト殿には是非この国の力になって欲しいのじゃ」
「それは……帝国や魔族と、戦争しろという事でしょうか」
「そうなるの」
現王の申し出に、神崎は即座に返事をする事が叶わなかった。
死んだ自分達を転生させてくれて、何も分からない無知な子供に衣食住を与えてくれた。
それ以外にも、この世界で生きていく上で多大なサポートを受けている。その代わり、突如発生したダンジョンを制覇して欲しいと頼まれているが、それくらいの頼みなら了承するのが当たり前だ。
ダンジョンのモンスターは驚異だが、幸い転生者はスキルといった人知を超えた力を与えられている。
しかも、モンスターを倒す事にスキルも肉体も急速に成長するのだ。神崎達は、とっくに人間を遥かに超越した力を手に入れていた。
だが、だ、
モンスターとは戦える。戦ってる時はゲーム感覚なので恐怖心も薄れるし、
しかし戦う相手が同じ人間になると話が違ってくる。それも、人と人が殺し合う戦争だ。
そんな過酷な場所で、人間を殺し続けて果たして精神が保つだろうか。
つい数ヶ月前まで、平和な世界で普通の学生を過ごしていた自分達が。
アウローラ王国は現在、大きく分けて『帝国』と『魔族』と戦争をしている。
いつ終わるか不明な戦争に、神崎は二つ返事を出来ずに迷っていた。
そんな彼の心情を汲み取ったのか、現王は穏やかな表情で話しかける。
「悩むのも無理はあるまい。ダンジョン制覇の後、答えを聞かせてくれればよいぞ」
「……ありがとうございます。ただ、この国や王様には沢山の恩があります。その恩は、返したいと思っています」
「ほっほ、前向きな言葉を聞けただけでも良しとしよう。では、下がってよいぞ。ダンジョン制覇、期待しておる」
「はい」
立ち上がった神崎は、踵を返して玉座の間を後にした。
◇
神崎が去った玉座の間。
しかしこの部屋にいるのは、現王だけではなかった。
『ゲヘヘ、アイツ首を縦に振らなかったな』
「仕方なかろう、彼はこの国の人間ではない。愛国心も忠誠心もないのだからな」
『そりゃそうか。そう言えば、お前がやった転生魔術は偶然でアイツ等を呼んだのか?』
「ああ、“偶然だ”。いくら私でも、あれだけの魂を選ぶ事は出来ん。“多くの若い魂”という条件でも苦労したぞ」
『ゲヘヘ、じゃあ偶然で“二人”も引き当てたのか』
そこに、先程まで神崎と話していた優し気な初老の王様はどこにも居なかった。
荘厳な顔付きに、重厚な声色。
肘掛けに肘をつき、拳に顎を乗せる風貌は正しく王たる姿であった。
そして、玉座の背に乗る一つの影。
現王の首から伸びた黒線の先で、醜い猫が悍ましい笑みを浮かべている。
「偶然か、はたまた運命か。【勇者】のカンザキ ユウト、それに【共存】のカゲヤマ アキラが手の中にある。特にカンザキ ユウトは、古代に神から与えられた勇者のスキルに選ばれている。この先の戦いに勝つ為にも、彼だけは必ず手に入れなければならない」
『ゲヘヘ、思い出すだけでも嫌になるぜ。オイラ達大罪スキルが一堂に目覚めた最悪の時代に、奴は現れたんだからな。武闘派じゃないオイラなんか、騙そうとする前に勇者に瞬殺されちまったぜ。そんなアホ強ぇ勇者が有していた【勇者】のスキルが、カンザキ ユウトにはあるんだよな?』
「そう言っているだろう」
『だけどよ、いいのか?カンザキは過保護なまで大切にしてるのに、カゲヤマは放ったらかしじゃねえか』
醜い猫の質問に、現王は「フンッ」と鼻で笑うと、
「私もそうだが、【共存】スキル者は過酷な試練を与えられ、乗り越えなければならない。甘やかしては意味がないのだ」
『お前も王になるまで苦労したしな』
「それに、【共存】スキル者はすぐに死んでしまうケースが多い」
『その点、カゲヤマ アキラはしぶとく生きてるな。それも寄生している魔王があの……』
「ああ……蝿の王だ」
一人と一匹は、深くため息をつく。
どちらも、難しい顔を浮かべていた。
その理由は、影山に寄生した魔王の存在である。
「暴食の魔王ベルゼブブ。全てを喰らい尽くす蝿の王。気性が荒く、気に食わない者は宿主ですら喰い殺してしまう」
『武闘派のサタン、ルシファー、ベルゼブブの中でも、オイラは蝿の野郎が一番不気味で苦手だぜ。何度か会ったことも戦った事もあるが、あの野郎は何を考えているのかサッパリ分からねーしな』
「蝿の王を手中に収めるかはこの先次第だ。最悪、【勇者】だけでもお釣りが来るからな」
『ゲヘヘ、そうだな』
一人と一匹は不気味に微笑む。
アウローラ王国現王、ユーロッド・アウローラ。
世界に7人しか存在しない【共存】スキル者の一人。数多の試練と困難を乗り越え、王に上り詰めた男。
そして【共存】スキル者の王に寄生するのは、七つの大罪である『強欲』のマモンであった。
「魔王が目覚め、王候補も定められつつある。古代の歴史に記されていた、“選定の時代”がついに訪れたのだ。この時代に生まれ落ちた事を感謝し、この世の全てを手に入れよう」
『ゲヘヘ、それでこそ『強欲』の
ユーロッドは口角を上げると、愉しげに口を開いた。
「神王になるのは、この私だ」
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